第17話「エレシャの決意」
王宮・地下牢。
薄暗い牢の中には、特殊な拘束具によって身動きを封じられたカカロの姿があった。
全身には拷問の跡が残り、衣服は血に染まっている。
そこへ、重い足音が静かに響いてくる。
やがて、1人の男が牢の前で立ち止まった。
「……相変わらず、しぶといやつだ」
ギシャ親衛隊隊長——ガラガ。
ソランティス王国軍でも屈指の実力者であり、長年にわたって軍を支えてきた中心人物だった。
そして何より——カカロの師匠でもある。
カカロが入隊したばかりの頃から、戦い方を叩き込み、一人前の戦士へと育て上げた人物だった。
だからこそ、今こうして牢の中で傷だらけになっている教え子の姿を見ることは、ガラガにとっても複雑なものだった。
ガラガは無言のままカカロを見つめる。
そして、その光景を前にして、ふとギシャと交わした会話を思い出していた。
◆◆◆
B拠点が襲撃された日。
ギシャ派は圧倒的な兵力でエレシャ派を包囲した。
数の差は歴然だった。
それでも、エレシャ親衛隊は最後まで必死に抗戦する。
想定以上の抵抗に、ギシャ派も決して楽な戦いではなかった。
中でも、カカロとリビアの奮戦は目覚ましかった。
2人は傷を負いながらも最後まで剣を振るい、多くの兵を退け続けた。
しかし、戦力差はあまりにも大きかった。
激戦の末、2人は力尽き、その場で拘束される。
カカロとリビアを生け捕りにしたのは、ギシャ自身の命令だった。
理由は二つある。
一つは、2人がソランティス王国でも屈指の実力者だったこと。
王位継承を果たした後も、軍の中核として迎え入れたいという思惑があった。
そしてもう一つは、エレシャに対する人質として利用するためだった。
◆
翌日。
ギシャはガラガを執務室へ呼び出した。
「気が変わった。カカロとリビアを始末しろ」
ギシャは淡々と言い放つ。
「はっ!ただちに始末いたします!」
ガラガは一切ためらうことなく即答した。
その返事を聞いたギシャは、静かにガラガを見つめる。
「ガラガよ……お前にとって、カカロは兄弟同然の存在だったな?」
「はい」
ガラガは姿勢を崩さず答える。
「ですが、私にとって最優先すべきは、ギシャ王子のご命令です」
「その命令に従うことこそ、親衛隊隊長たる私の使命にございます」
その言葉を聞いたギシャは、口元を手で隠しながら小さく笑った。
「……すまない、ガラガ」
「少し、お前を試しただけだ」
ガラガは何も言わず、その場で頭を下げる。
「あの2人は、今後の軍にも必要な人材だ」
「殺す理由などない」
ギシャは静かに言った。
「はっ!」
ガラガは力強く返事をした。
◆◆◆
「お前たちが、いくらエレシャ王女に忠誠を誓っていようとも——」
「ギシャ王子が王権を握れば、お前たちはギシャ王子の配下につかなければならん」
ガラガは牢の中のカカロを見据えながら言った。
低く響く声が、静かな地下牢にこだまする。
カカロは特殊な拘束具で身動きを封じられ、口も塞がれていた。
それでも、その瞳には一切の動揺がなかった。
ただ静かに、ガラガを見つめ返している。
その態度こそが、何より雄弁な答えだった。
「……この期に及んで、まだその目か」
ガラガは呆れたように息をつく。
そして牢へ背を向けた。
「お前もリビアも……」
「今、生かされているのは、ギシャ王子の意思によるものに過ぎん」
それだけ言い残すと、ガラガは静かに地下牢を後にした。
重い扉が閉まる音だけが、静寂の中に響いた。
◆
王宮。
ギシャとラ・オーマは、静かな一室で向かい合っていた。
「人造魔獣——“DA-01”ですが、どうやら討伐されたようですな」
ラ・オーマが静かに報告する。
「……“雷小僧”の仕業か?」
ギシャは腕を組んだまま尋ねた。
「それ以外は考えられません」
ラ・オーマは淡々と答える。
「まったく……厄介な存在だ」
ギシャは小さく息を吐いた。
そして、B拠点で閃が雷を纏い、圧倒的な力を見せた姿を思い出す。
「あの力は実に魅力的だ……」
「殺すには惜しい」
その言葉には、純粋な興味と執着が滲んでいた。
ラ・オーマは静かにギシャを見る。
「お気持ちは分かりますが……」
「分かっている」
ギシャは苦笑混じりに言葉を遮った。
「生け捕りは難しい、ということだろう」
「はい」
ラ・オーマは迷いなく頷く。
「相手は相当な手練です」
「手加減をしながら制圧できる相手ではありません」
その評価に誇張はない。
ラ・オーマ自身も、閃という存在を明確な脅威として認識していた。
だからこそ——
次に相対する時は、確実に仕留める覚悟で臨まなければならないと考えていた。
◆
C拠点。
エレシャは集まった兵士や協力者たちの顔を見渡した。
そして、大きく息を吸い、力強く宣言する。
「私、エレシャは——」
「ギシャの首を討ち取ります」
その言葉が響いた瞬間、テントの中の空気が一変した。
誰もがその意味を理解する。
それは、ギシャ派との決戦を挑むという宣言だった。
そして何より——
エレシャ自身が、最前線に立つという覚悟の表れでもあった。
しばしの沈黙。
やがて、1人の兵士が静かに口を開く。
「……よくぞ、おっしゃってくださいました」
その声をきっかけに、次々と声が上がる。
「我々は最後まで、姫様についていきます!!」
「私たちも戦います!」
戦力差は圧倒的だった。
それは誰もが理解している。
それでも、この場で弱音を吐く者は誰もいなかった。
「みんな……ありがとう」
エレシャは胸の前で手を握り、深く頭を下げる。
すると、ベセルが穏やかに笑みを浮かべた。
「決して無謀ではありません」
「こちらには、閃様もおられます」
「任せてください!」
閃は迷いなく答えた。
その一言だけで、兵士たちの表情にさらに力が宿る。
「では——」
エレシャは皆を見渡しながら言った。
「作戦を立てましょう」
力強い返事がテント中に響き渡る。
C拠点は今、これまでにないほど強い士気に包まれていた。




