第16話「残された希望」
バサラヲは、ついにC拠点へ到着した。
機体が姿を現すと、拠点にいた兵士や協力者たちが次々と集まってくる。
閃はバサラヲをゆっくりとしゃがませ、コクピットハッチを開いた。
「つかまって」
「うん!」
閃は優しくエレシャを抱き上げる。
エレシャも自然と閃の首へ腕を回した。
一刻も早く、自分が無事であることを皆に知らせたい。
その想いは、閃も同じだった。
2人はコクピットから地上へ降り立つ。
その瞬間——
「エレシャ様!!」
「エレシャ様だ!」
「姫様はご無事だー!!」
歓喜の声が一斉に上がった。
「良かった……!皆、無事で……!」
閃の腕の中からゆっくりと降りたエレシャは、安堵の表情でそう言った。
すると、1人の兵士が笑いながら答える。
「それは、こちらの台詞ですよ!」
その一言に、その場の緊張が一気にほどけた。
周囲から笑い声が広がる。
閃も思わず笑みを浮かべ、エレシャも嬉しそうに微笑んだ。
ようやく、心から安堵できる時間が訪れたのだった。
◆
「姫様ぁぁぁ!!」
白髪の老人が、人混みをかき分けるように駆け寄ってきた。
「ベセル!」
エレシャは思わずその名を呼ぶ。
ベセルは民間協力者の一人であり、このC拠点をまとめるリーダーでもあった。
「よ、良かった……本当にご無事で……」
ベセルはエレシャの姿を目にした瞬間、安堵のあまり涙をこぼした。
「皆、心配をかけてごめんなさい……」
エレシャは申し訳なさそうに頭を下げる。
ベセルは涙を拭いながら、いつもの調子で笑った。
「このジジイめは、寿命が20年は縮まりましたぞ」
次の瞬間、大きな笑い声が広がった。
悲しい出来事が続いていた。
それでも今だけは、エレシャの無事を皆で喜び合う温かな時間が流れていた。
◆
「あなたが、オルフェの閃様ですね?」
ベセルは閃へ向き直り、穏やかな表情で尋ねた。
「はい」
閃は軽く頷く。
するとベセルは深々と頭を下げた。
「姫様を……本当にありがとうございました」
それに続くように、周囲にいた兵士や協力者たちも一斉に頭を下げる。
「えっ!?い、いや、そんな……!」
閃は慌てて両手を振った。
突然のことに、すっかり戸惑ってしまう。
そんな閃を見て、エレシャはくすりと笑った。
「閃が照れてるから、もう頭を上げて?」
人々も笑顔になり、ゆっくりと顔を上げた。
すると近くにいた女性が、優しく声をかける。
「お2人とも、お疲れでしょう?」
「色々お話しする前に、まずはゆっくりお休みください」
「ありがとう。お清めをしてもいいかしら?」
エレシャは微笑んだ。
「もちろんです」
「お着替えもご用意しております」
女性たちはすぐにエレシャのもとへ集まり、案内を始める。
「閃、ちょっと待っててね」
エレシャは振り返り、優しく微笑んだ。
「うん……あ、はい!」
思わず普段どおり返事をしてしまった閃は、慌てて言い直す。
2人きりの時だけは砕けた口調で話す。
それが2人だけの約束だった。
そんな閃の様子に、エレシャは小さく笑って女性たちと共に歩いていった。
「閃様も、お疲れでしょう」
ベセルが改めて声をかける。
「はい……疲れました」
閃は苦笑した。
1秒でも早くC拠点へ到着するため、長時間にわたってエーテル推力を使用し続けていた。
その疲労は、さすがの閃にも表れていた。
「さあ、こちらへ」
ベセルが案内しようとしたその時、
「あっ!バサラヲを置ける場所はありますか?」
閃はバサラヲを振り返る。
「ご案内します」
近くにいた兵士がすぐに答えた。
「お願いします」
閃はバサラヲをオートモードへ切り替える。
そして兵士の誘導に従い、機体の格納場所まで移動させることにした。
◆
(ふぅ……)
閃もシャワーを浴びていた。
「閃様、体を拭くタオルとお着替えを置いておきます」
外から男性の声が聞こえる。
「ありがとうございます!」
閃はシャワーを浴びながら返事をした。
ソランティスへ持ってきていた私物は、すべてB拠点に置いたままだ。
とはいえ、中身は着替えやBWくらいしか入っていないため、見られて困るものは特になかった。
やがてシャワーを終えた閃は、身体を拭き、用意されていた着替えに袖を通す。
それはソランティスで一般的に着用されている衣服だった。
だが、閃には少し大きい。
裾を上げ、軽く絞って結ぶと、何とか動きやすい状態に整えた。
◆
閃は拠点のテント内で横になりながら、用意されたナッツをつまんでいた。
すると、お清めを終えたエレシャがテントの入口を開ける。
「あ、エレシャ」
「お待たせしました、閃」
エレシャは微笑みながらテントの中へ入ってきた。
小さなテントの中には、閃とエレシャ以外、誰もいない。
「その服、似合ってるわ」
エレシャは、ソランティスの衣装を身にまとった閃を見て微笑んだ。
「そうかなー?結構ブカブカだけど」
これでも、用意できた中では最も小さいサイズだった。
それだけソランティスの人々の体格が大きいということだ。
ふと、エレシャは閃との距離を縮める。
「ここじゃ、さすがにまずいよ……んっ」
閃は周囲を気にしながら、小声で囁いたが、エレシャは気にする様子もなく、閃へ熱い口づけをした。
以前、B拠点で兵士たちと話していた時のことを思い出した。
「ソランティスの女性は、性格も男勝りで情熱的なんだ」
「ソランティスの戦士が一番体力使うのは、戦じゃなくてカミさんとの営みなんだぜ」
兵士たちはそんなことを言って笑っていた。
その時は笑い話として聞き流していたが、もしかすると、エレシャにも当てはまるのかもしれない。
閃はそう思った。
◆
「皆の者ー!食事の準備ができたぞー!」
外から朝食の準備を知らせる声が響いた。
「……また後でね」
エレシャは小さく微笑むと、人差し指で閃の顎を優しくなぞる。
「うん」
閃も微笑み返した。
2人はテントを出て、皆と合流する。
朝食を囲む中で、閃は改めてあることに気づいた。
C拠点の規模は、B拠点の半分にも満たない。
配備されているナックも3機だけ。
集まっている兵士や協力者の数も、B拠点と比べて明らかに少なかった。
それだけ、この拠点で戦える戦力は限られている。
閃は朝食を口に運びながら、静かに拠点全体を見渡していた。
◆
食事を終えた後。
閃とエレシャ、そしてベセルや兵士たちは、作戦会議用の大テントへ集まり、それぞれが体験した出来事を報告し合っていた。
ギシャの襲来、ラ・オーマの力、魔獣のような謎の生物——そして、A拠点で目にした凄惨な光景。
「魔獣だって……?」
その報告に、テント内はざわめきに包まれた。
しばらく沈黙が続いた後、ベセルがゆっくりと口を開く。
ギシャの襲撃とA拠点の壊滅については、すでにある程度の情報を把握していた。
まず、B拠点が襲撃された際、エレシャ親衛隊の兵士の異変を知らせるため、特殊な狼煙を打ち上げていた。
その狼煙は遠距離からでも確認できる特殊なもので、離れたA拠点とC拠点にも異変を知らせる役割を持っていた。
狼煙を確認したC拠点では、ただちにナック3機を援軍としてB拠点へ向かわせた。
翌日になると、ギャッツはA拠点へ、オルフェのエージェント2名はB拠点へ、それぞれ状況確認に向かった。
B拠点では、兵士たちの遺体と破壊されたナックの残骸が散乱していた。
しかし、その中に閃、エレシャ、カカロ、リビアの姿はなかった。
そのため、少なくとも4人は生存している可能性が高いと判断された。
一方、A拠点へ到着したギャッツは、虐殺された兵士や協力者たちの遺体を目の当たりにする。
その後、ギャッツとオルフェのエージェントは互いの情報を共有し、すぐにC拠点へ連絡を入れた。
その頃、C拠点に向かった閃たちは砂嵐に足止めされていた。
結果的に、双方はちょうど入れ違いになってしまっていたのである。
また、ギャッツが人造魔獣と遭遇しなかったのも、閃がすでに討伐した後だったためだった。
そしてギャッツも、A拠点の遺体の損傷について“人間の仕業とは思えない”と違和感を抱いていたという。
◆
(オルフェのエージェントか……)
閃はふと、トーマスの言葉を思い出していた。
“エジプトまでの移動ルートには、オルフェのエージェントも複数名、身分を偽装して配置されている”
閃はエージェントたちの顔も名前も知らない。
だが、自分たちの見えないところで同じ組織の仲間が動いている。
その事実だけで、少し心強く感じられた。
「カカロとリビアは……?」
エレシャがベセルへ尋ねる。
「実は、それが分かったのは姫様たちが到着する少し前です」
ベセルは静かに答えた。
「結論から言うと——カカロ様とリビア様は、ご無事です」
「本当に!?」
エレシャと閃は同時に声を上げた。
「はい」
ベセルは頷く。
「これも、オルフェのエージェントからの報告です」
(オルフェのエージェント……凄腕なんだ)
閃は感心した。
しかし、ベセルの表情が曇る。
「ですが……状況は決して良くありません」
場の空気が一気に張り詰めた。
「お2人は現在、王宮の地下牢へ幽閉されています」
「そして……拷問を受けています」
「——!!」
エレシャの表情が強張った。
自分への見せしめなのか——様々な思いが胸をよぎる。
だが、エレシャは深く息を吸うと、すぐに冷静さを取り戻した。
「……大体の状況は分かりました」
そう言って視線を上げる。
「援軍へ向かったナックは?」
「依然として連絡が途絶えています……」
ベセルは静かに首を横へ振った。
「そうですか……」
エレシャは短く呟いた。
現在の戦力は、閃のバサラヲ。
そしてC拠点に残るナック3機。
兵士はわずか10名ほど。
カカロとリビアは王宮に囚われている。
戦力差は、誰の目にも明らかだった。
圧倒的な劣勢。
それでも——
エレシャの瞳には、絶望の色は一切宿っていなかった。




