第14話「砂嵐」
閃は周囲の安全を確認するため、エレシャと共にコクピットを降りた。
周囲に敵影はない。
だが、警戒だけは解かない。
拠点にはすでに腐敗臭が漂い始めていた。
襲撃からある程度の時間が経過していることを物語っている。
エレシャは亡くなった人々の前へ静かに歩み寄ると、ソランティス式の祈りを捧げ始めた。
両手を胸の前で重ね、静かに目を閉じる。
その姿には、深い悲しみと哀悼の念が込められていた。
閃は少し離れた場所から、その様子を見守る。
そして同時に、先ほど遭遇した人造魔獣のことを考えていた。
(……あの魔獣)
(もし、人の手によって生み出されたものだとしたら……)
(新たな生物兵器ということになる)
(世界の脅威が、また一つ増えてしまう……)
閃の表情が険しくなる。
もし予想が正しければ、その危険性は計り知れない。
本来なら、この情報は一刻も早くオルフェへ報告すべき案件だった。
しかし、今はそれどころではない。
エレシャの護衛が最優先。
あの、ラ・オーマの存在もある。
閃は雑念を振り払うように小さく息を吐く。
(今は目の前の任務に集中しよう)
それが、この状況で自分にできる最善の判断だった。
◆
「閃……」
祈りを終えたエレシャは静かに振り返り、閃へ声をかけた。
「エレシャ姫……」
閃も小さく応じる。
その表情は晴れなかった。
「先ほどの魔獣のことですね?」
エレシャは閃の様子を見て察したように言った。
「……ええ」
「もしかすると、あれは人間が作り出した存在かもしれません」
その言葉に、エレシャは目を見開いた。
「魔獣の研究は、法律で禁止されているはず……!」
「本来はそうなんです」
「ですが、その法律を破って研究を続けている連中もいます」
閃は静かに答える。
脳裏に浮かぶのは、イシュタール財団。
もちろん、現時点で断定することはできない。
だが、何らかの関係があると考えるのが自然だった。
閃は周囲の惨状へ視線を向ける。
「それに、一つ気になることがあります」
「魔獣は本来、他の生物を捕食します」
倒れている人々の遺体は無惨な状態だった。
しかし——
食べられた形跡はほとんどない。
「さっき見かけたビックフットキャメルも無事でした」
もし自然の魔獣が襲ったのなら、人間だけを狙う理由はない。
ビックフットキャメルも襲われ、食い尽くされていたはずだ。
「それに、魔獣の大部分は夜行性……」
「つまり……あれは魔獣とは別の存在である可能性が高いんです」
その結論に至った瞬間、エレシャは言葉を失った。
「そんな……」
人が、人ならざる怪物を生み出したかもしれない。
その事実は、彼女にとってあまりにも衝撃的だった。
◆
「もしかして……兄上……?」
エレシャは小さく呟いた。
「えっ?」
閃は思わず聞き返す。
エレシャは真剣な表情のまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「もし、先ほどの魔獣が人間の手で作られたものだとして……」
「そして、この拠点を意図的に襲ったのだとしたら……?」
閃は目を見開いた。
エレシャの言葉で、一つの線として繋がった。
もし人造魔獣なら、命令や制御装置によって、特定の場所を襲撃させることも不可能ではないかもしれない。
そう考えれば、A拠点だけが狙われた理由にも説明がつく。
(ギシャ王子……それとも、ラ・オーマ……)
どちらが関与していても不思議ではない。
嫌な予感が胸をよぎった。
「……閃!」
エレシャは閃をまっすぐ見つめる。
「ここからC拠点までは、どれくらいで着きますか?」
「順調に進めば……7時間ほどです」
B拠点からA拠点までとは比べものにならないほど距離がある。
決して近くはない。
エレシャは強く拳を握り締めた。
「向かいましょう!」
その声には焦りが滲んでいた。
最後に残るC拠点が、まだ無事だという保証はどこにもない。
一刻も早く向かわなければならない。
「はい!」
閃は力強く頷く。
2人はすぐにバサラヲへ乗り込んだ。
コクピットハッチが閉まり、機体が立ち上がる。
バサラヲは再び砂漠を駆け出した。
◆
A拠点を出発してから、1時間ほどが経った頃だった。
「あれ……」
閃は遥か前方を見つめ、小さく呟く。
遠くの地平線に、わずかな違和感を覚えた。
「……砂嵐ですね」
エレシャも前方へ目を向ける。
「しかも、ここからでも分かるくらいの大規模なものです」
砂煙は空高くまで巻き上がり、壁のように横一線へ広がっていた。
その規模は、あまりにも巨大だった。
閃はすぐに状況を確認する。
「カイバさん、砂嵐と接触するまでの時間は?」
『コノママ進メバ、オヨソ20分後ニ接触シマス』
『砂嵐ノ中心地点ヘ到達スルノハ、約1時間後ト予測シマス』
カイバが即座に解析結果を返す。
「閃、砂嵐の中を移動するのは危険です」
「避難できる場所を探しましょう」
視界は奪われ、方向感覚も失われる。
「そうですね」
閃はすぐに頷いた。
「カイバさん、周囲に避難できそうな場所を探して」
『リョウカイシマシタ』
カイバは周辺地形のスキャンを開始する。
モニターには次々と地形データが表示されていく。
2人はカイバの探索結果を待った。
◆
カイバが算出した避難候補地がモニターに表示された。
閃はその中から最も安全性の高い地点を選び、進路を変更する。
砂嵐を避けるように移動すること30分。
やがて、大きな洞窟へとたどり着いた。
バサラヲは姿勢を低くし、慎重に洞窟の奥へ入っていく。
十分な広さを確認すると、その場で膝立ちの姿勢を取った。
コクピットハッチが開き、閃とエレシャは外へ降り立つ。
洞窟の外では、すでに砂嵐の勢いが増していた。
激しい風が砂を巻き上げ、轟音が洞窟の入口まで響いてくる。
視界はほとんど利かず、外へ出るのは危険な状況だった。
「おそらく……半日、もしくはそれ以上は続くでしょう」
エレシャは外の様子を見ながら静かに言う。
「いずれにせよ、砂嵐が止むまではここで待機しましょう」
もちろん、一刻も早くC拠点へ向かいたい。
その気持ちはエレシャも閃も同じだった。
しかし、砂漠で生まれ育ったエレシャは、この自然の脅威を誰よりも理解している。
だからこそ、焦る気持ちを抑え、冷静な判断を下した。
「そうしましょう」
閃も迷わず頷いた。
2人は洞窟の奥へと歩みを進め、砂嵐が過ぎ去るのを静かに待つことにした。
◆
それから4時間が経過した。
しかし、砂嵐は一向に収まる気配を見せない。
洞窟の外では、激しい風が唸り声のような音を響かせ、砂が絶え間なく舞い続けていた。
閃はユーティリティスペースに収納されていたサバイバルキットを取り出し、簡易テントや照明を設営していた。
少しでも快適に過ごせるよう、限られた装備を工夫して居住スペースを整えていく。
もちろん、自分のためでもあるが、何より、エレシャが少しでも安心して過ごせるようにという思いが強かった。
2人はテントの中で静かに過ごしていた。
「……閃」
エレシャが小さく名前を呼ぶ。
「はい?」
閃は優しく振り向いた。
エレシャは少し俯き、ためらうように口を開く。
「今さらなんですが……」
「こんなことに巻き込んでしまって……」
「本当に、ごめんなさい……」
その声には、深い自責の念が滲んでいた。
閃は穏やかに微笑む。
「エレシャ姫、そんなこと言わないでください」
その言葉に、エレシャは顔を上げた。
「むしろ、お役に立てて光栄です」
閃は迷いなく言う。
「僕は、そのためにここへ来たんですから」
「閃……」
エレシャの瞳が揺れる。
「もし、あなたがいなければ……」
「あの時、兄上にやられていたかもしれない……」
「逃げ切れたとしても、A拠点であの魔獣に殺されていたかもしれない……」
エレシャは静かに息を吸った。
「あなたは……私の命の恩人です」
閃はゆっくりと首を横に振る。
「僕たちは、ファクターの力で人々を守ることが使命です」
「だから、当然のことをしただけですよ」
その言葉を聞いたエレシャは、小さく唇を噛んだ。
「でも……」
震える声が漏れる。
「もし、閃を失うことになったら……私は……」
そこまで言って、言葉が途切れた。
瞳には涙が浮かんでいる。
「エレシャ姫……」
閃は静かにエレシャを見つめた。
そして、はっきりとした口調で言う。
「2人で生き残りましょう——必ず」
その力強い言葉に、エレシャの涙が一筋こぼれた。
「閃……ありがとう」
そう呟くと、エレシャはそっと閃を抱きしめる。
閃も優しく抱き返した。
互いの温もりを確かめるように、静かな時間が流れる。
やがてエレシャは、閃の胸元で小さく囁いた。
「……閃、お願いがあるの」
「今だけ——エレシャって呼んで」
突然の願いに、閃は少し目を丸くする。
「……え?」
閃は息を呑む。
エレシャはそっと顔を近づけ——閃に口づけをした。




