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エーテルコード:ヴァリアスワールド  作者: エトコッコ
エジプト篇

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第13話「D-セラム」


時は少し遡る。


ソランティス王宮。


そこには、ギシャ、ラ・オーマ、ギシャ親衛隊隊長ガラガ、そして親衛隊の兵士たちが集まっていた。


「いよいよ今夜、エレシャ派との決着をつける」


ギシャは静かに告げる。


その声には、確かな自信が滲んでいた。


実は、エレシャ派の拠点の位置は、かなり前から把握していた。


それでも、すぐに攻撃は仕掛けなかった。


あえて偵察だけを繰り返していたのである。


目的は一つ。


拠点周辺に配置された見張りの位置を、完全に把握するためだった。


ラ・オーマのスキル《インビジブル》は、広範囲の対象を不可視化できる。


それを利用し、敵に一切気づかれることなく接近する。


ギシャの作戦は極めて単純だった。


まず、《インビジブル》で姿を消したまま見張りを始末する。


そのままB拠点まで侵入し、エレシャ派の協力者たちも物音一つ立てず暗殺する。


最後に、洞窟の入口を完全に塞ぐ。


そうすれば、中にいるエレシャたちは外の異変に気づくことすらできない。


逃げ場を失った状態で包囲すれば、勝敗は決まったも同然だった。


「一応、説得は試みる」


ギシャは淡々と言う。


「もっとも、エレシャは応じないだろう」


その口調には確信があった。


「……だが、それでいい」


ギシャは静かに笑みを浮かべる。


「説得をしたという事実だけ残れば、それで十分だ」


後に語られるのは結果だけ。


自分は最後まで平和的な解決を望んだ。


その体裁さえ整えば、あとはどうでもよかった。



この作戦は、一朝一夕で立てられたものではなかった。


準備には、半年以上もの時間が費やされている。


エレシャ派の拠点を一つひとつ突き止めるだけでも容易ではなかったが、それ以上に重要だったのが、ラ・オーマの存在だった。


彼の《インビジブル》は、この作戦の要だった。


より広範囲を、より長時間、より精度高く隠蔽するため、ラ・オーマは長い時間をかけてスキルを鍛え続けてきた。


そして今では、一個小隊を丸ごと不可視化できるほどの領域にまで、その力は成長していた。


「こちらには、このラ・オーマがいる」


ギシャは隣に立つラ・オーマへ視線を向ける。


「そして、お前たちがいる」


「決して負けはしない」


その言葉には、絶対的な自信が込められていた。


「ハッ!!」


ガラガをはじめ、兵士たちは一斉にソランティス式の敬礼を行う。


誰一人として、その勝利を疑ってはいなかった。


「出発まで、好きに過ごせ」


ギシャはそう言い残すと、踵を返す。


ラ・オーマも無言のまま、その後ろへ続いた。


静まり返った広間には、出陣を待つ兵士たちだけが残される。


決戦の時は、刻一刻と近づいていた。



ギシャとラ・オーマは、地下深くにある一室へと足を運んでいた。


そこは、死体安置所だった。


冷たい空気が漂う室内には、白い布に覆われた遺体が静かに並んでいる。


ラ・オーマは手にしていた小型のジェラルミンケースを机の上へ置いた。


中には、5本の注射器が整然と収められていた。


中身は、不気味な黒紫色の液体だった。


「……これが“D-セラム”か」


ギシャは一本を手に取り、静かに見つめる。


「まだ初期型ですので、精度は決して高くありません」


「ですが、それでも強力であることに変わりはありません」


ラ・オーマは淡々と答えた。


ギシャは小さく頷くと、近くの死体袋へ歩み寄った。


袋を開き、横たわる遺体の首元へ躊躇なく注射器を突き立てる。


黒紫色の液体が、ゆっくりと体内へ注入されていった。


空になった注射器をケースに戻し、ギシャは静かに口を開く。


「……2時間後だな」


「その頃には結果が分かるでしょう」


ラ・オーマも静かに応じた。


2人は何事もなかったかのように死体安置所を後にする。


再び静寂が訪れた。



2時間後。


ギシャとラ・オーマは再び死体安置所を訪れていた。


そして——


先ほどまで人間だった遺体は、獣人型の魔獣へと姿を変えていた。


「おぉ……!」


ギシャは思わず目を見開く。


「さすがはイシュタールの技術……」


ラ・オーマも静かに呟いた。


D-セラムとは——

D細胞を生物に投与することで、人造魔獣へと変異させる薬剤。


開発したのは、イシュタール財団。


ラ・オーマは昔からヨハンと繋がりを持っており、その経路で試作品を入手していた。


目の前に立つ獣人型の魔獣——人造魔獣は、自然発生した魔獣とは根本的に異なる存在だった。


もっとも、死者を蘇生させる薬ではない。


姿こそ魔獣へと変わっているが、その肉体に命が戻ったわけではなかった。


ラ・オーマは人造魔獣の前まで歩み寄る。


そして静かに手をかざした。


淡いエーテルが人造魔獣を包み込む。


すると、微動だにしなかった人造魔獣が、ゆっくりと動き始めた。


それはラ・オーマのスキル《ネクロマンス》。


死体を自在に操る能力だった。


「予定通り、A拠点へ向かわせます」


ラ・オーマは淡々と言う。


「ああ」


ギシャは静かに頷いた。


人造魔獣はA拠点を襲撃し、拠点を壊滅させた後、その場で待ち伏せを行う。


すべては、エレシャたちを追い詰めるための布石だった。


しばらく人造魔獣を見つめていたギシャが、ふと思い出したように口を開く。


「……そういえば、名前はないのか?」


ラ・オーマは少し考えた後、答えた。


「薬剤の試験番号がDA-01ですので……」


「それを名称として使えばよいのではないでしょうか」


「……それは名前と言えるのか?」


ギシャは呆れたように返す。


ラ・オーマは首を傾げるだけだった。


これは、B拠点襲撃が始まる2時間前の出来事である。

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