第12話「謎の敵」
夜明けとともに、バサラヲは再び移動を開始した。
朝日に照らされた砂漠を進んでいく。
しばらく沈黙が続いた後、閃は静かに口を開いた。
「あの……エレシャ姫」
「ギシャ王子のことで、少し聞きたいことがあるんです」
「……ええ」
エレシャは静かに頷いた。
閃は、あの時の光景を思い返していた。
「僕がスキルを使った瞬間、ギシャ王子の反応に少し違和感があって……」
あの時、ギシャは明らかに目を輝かせていた。
その反応が、閃にはずっと引っかかっていた。
反オルフェ派の中には、エーテルそのものを危険視し、強く嫌悪する者も少なくない。
だが、ギシャの反応は明らかに違っていた。
「あの人は、エーテルに対して強い興味と執着心を持っています」
エレシャはゆっくりと語り始めた。
「兄上は幼い頃から、エーテルに強い関心を抱いていました」
自ら進んで書物を読み漁り、エーテルに関する知識や研究資料を集めていた。
その熱意は、周囲が驚くほどだったという。
「でも……」
エレシャは少しだけ表情を曇らせた。
「私が神血として生まれたことで、兄上は変わってしまいました」
「どうして自分ではなく、エレシャなのか——」
その思いは、やがて強い劣等感と嫉妬心へと変わっていった。
そして時が流れ、エレシャが神術者として覚醒する。
国民からは“アガンニーヤの生まれ変わり”と称えられ、多くの人々の信仰を集めるようになった。
「兄上は、とても敬虔なアガンニーヤ信奉者でした」
「だからこそ……」
エレシャは小さく目を伏せる。
「自分ではなく、私がその存在になぞらえられることは——到底許せなかったんだと思います」
その現実は、ギシャの心に深い劣等感と強い執着を植え付けることになった。
それがギシャという人物を形作る、大きな要因の一つだった。
◆
「今お話ししたことは、私が兄上本人から直接聞いた話ではありません」
エレシャは静かに続けた。
「兄上を昔からよく知る方々から聞いたお話です」
「ギシャ王子がどんな人なのか、少し分かった気がします」
閃は小さく頷き、少し考え込むように視線を落とした。
「反オルフェ派になった理由も……」
閃は、おそらくエーテルの研究を巡って何らかの衝突があったのだろうと推測していた。
ギシャほどの執着心を持つ人物なら、過去に何か決定的な出来事があったとしても不思議ではない。
しばらく沈黙が流れる。
やがてエレシャがぽつりと口を開いた。
「実は……私は兄上と直接お話ししたことは、あまりないんです」
「昔から兄上は、私を避けていました」
エレシャは寂しそうに微笑んだ。
「同じ王宮で暮らしていても、顔を合わせる機会はほとんどありませんでした」
「会ったとしても、兄上はすぐにその場を離れてしまうんです」
その声には、どこか諦めにも似た悲しみが滲んでいた。
血の繋がった兄妹でありながら、まともに言葉を交わすことさえできなかった。
それが2人の関係だった。
「エレシャ姫……」
閃は小さく呟くことしかできなかった。
◆
A拠点まで、あとわずか。
その時だった。
「……ん?何か見えますね」
閃は遠方に小さな影を見つけた。
モニターの一部を拡大し、その姿を確認する。
「あれは……ビックフットキャメル……!」
ビックフットキャメル。
ソランティス王国周辺の砂漠地帯に生息する、大型ラクダの一種。
その名の通り、通常のラクダをはるかに上回る巨大な足を持ち、砂地でも沈むことなく長距離を移動できる。
閃がいたB拠点にはいなかったが、ソランティス王国では重要な輸送手段の一つだった。
「……野生じゃないですね」
閃が呟く。
モニターには、背中に鞍を載せたビックフットキャメルが一頭だけ映っていた。
「ええ」
エレシャも頷く。
その周囲には人影がない。
群れでもない。
ぽつんと一頭だけが、砂漠の真ん中に取り残されていた。
閃の表情が引き締まる。
「……A拠点へ急ぎましょう」
嫌な予感がした。
「……ええ」
エレシャも同じことを感じていた。
2人はそれ以上言葉を交わさなかった。
バサラヲは出力を上げ、一気にA拠点へ向かって駆け出した。
◆
A拠点へ到着した。
しかし——
そこに広がっていたのは、徹底的に荒らされた拠点だった。
建物は崩れ、至る所に破壊の痕が残っていた。
そして、エレシャ派の兵士や協力者たちの亡骸が、あちこちに横たわっていた。
その姿は、あまりにも凄惨だった。
まるで人の仕業とは思えない。
(やっぱり、か……)
閃は静かに目を細める。
胸騒ぎは、最悪の形で的中してしまった。
先ほど見つけたビックフットキャメルも、おそらくこの拠点のものだったのだろう。
主人を失い、一頭だけ砂漠をさまよっていたのだ。
「閃……下ろしてください」
エレシャは悲しみを押し殺した声で言った。
亡くなった人々のもとへ向かいたかったのだ。
だが——
「……待ってください」
閃は即座に制止する。
その視線は周囲を鋭く警戒していた。
「……妙です」
「妙……?」
エレシャが聞き返す。
「遺体の損傷です」
閃はモニター越しに現場を見つめながら言った。
「まるで……獣に襲われたような傷」
剣や槍による斬撃ではない。
肉は引き裂かれ、噛み砕かれたような傷跡。
人間同士の戦いでは、まずできない損傷だった。
(獣……いや——まさか、魔獣……?)
その瞬間——
バサラヲの頭上から、巨大な影が一直線に飛びかかってきた。
◆
閃は咄嗟に機体をひねり、その一撃を回避する。
同時に、背中に装備していた刀を引き抜いた。
「きゃっ!」
エレシャは小さく悲鳴を上げる。
そして反射的に、閃の腹へ両腕を回してしがみついた。
「やっぱり魔獣か……!」
閃は目の前に現れた存在を睨みつける。
だが、すぐに違和感を覚えた。
(いや……でも、なんだアレ)
目の前にいるのは、およそ4.5メートル級の獣人型。
しかし、その姿は閃がこれまで見てきたどの魔獣とも一致しない。
(まさか……新種!?)
獣人型の魔獣は、一直線にバサラヲへ突進してくる。
閃も刀を構え、真正面から迎え撃った。
両者は一瞬ですれ違う。
次の瞬間——
斬撃が走り、魔獣の胴体は真っ二つになった。
上半身と下半身が地面へ転がる。
その時だった。
分断された上半身と下半身が、それぞれ独立して動き始める。
まるで意思を持っているかのように互いへ近づき、ぴたりと接合した瞬間、傷口が一瞬で塞がった。
「さ……再生した!?」
閃は目を見開く。
確かに魔獣細胞は驚異的な再生能力を持っている。
だが、それでも再生には時間が必要なはずだ。
こんな一瞬で完全修復するなど、聞いたことがない。
再生を終えた魔獣は、何事もなかったかのように再び襲いかかってきた。
「!」
閃は再び機体を翻す。
すれ違いざまに、首、胴体、左脚をほぼ同時に斬り飛ばした。
(これならどうだ!?)
だが、切り離された首も、胴体も、脚も、それぞれが生き物のように動き始める。
そして互いに引き寄せられ、瞬く間に元の姿へと戻ってしまった。
「……っ!」
閃の表情が険しくなる。
新種の魔獣なのか。
それとも——魔獣に似た、まったく別の生物なのか。
そんな考えが頭をよぎる。
(……いや、今は考えてる場合じゃない)
はっきりしていることは、ただ一つ。
A拠点を、この惨状に変えたのは——間違いなく、目の前のこいつだ。
◆
「……閃!」
エレシャは不安そうな声を漏らした。
「大丈夫です。エレシャ姫」
閃は落ち着いた声で応える。
その瞳に迷いはなかった。
「——《化身鳴》」
バサラヲが雷のエーテルを全身に纏う。
次の瞬間には、バサラヲの姿は消えていた。
圧倒的な加速。
一瞬で魔獣との間合いを詰め、刀を振るう。
斬撃が幾重にも走り、魔獣の身体は細切れになる。
頭部、胴体、四肢。
すべてが細かく切り刻まれ、空中へ散らばった。
しかし、閃は止まらない。
「《雷衝》!!」
至近距離から放たれた《雷衝》が、無数の肉片を一瞬で飲み込む。
魔獣の身体は跡形もなく消し飛んだ。
静寂——
バサラヲはゆっくりと刀を背中に戻す。
(……ここまでやれば、さすがに再生はできないだろ)
そう思いながら、《化身鳴》を解除する。
バサラヲを包んでいた雷が静かに消えていった。




