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エーテルコード:ヴァリアスワールド  作者: エトコッコ
エジプト篇

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第11話「非常食」


ふと、閃は目を覚ました。


ぼんやりとした意識の中で感じたのは、柔らかく温かな感触だった。


(あぁ……気持ちいい……)


心地よさに身を委ねながら、閃は再び目を閉じる。


だが次の瞬間、違和感に気づいた。


(ん……?)


ゆっくりと目を開く。


そして、自分の状況を理解した。


閃の頭は、エレシャの胸元を枕にするような形になっていた。


さらにエレシャは、優しい手つきで閃の頭をゆっくりと撫でている。


閃はゆっくりと顔を上げた。


「……エレシャ姫、起きてます?」


なるべく小さな声で尋ねる。


「ええ」


エレシャも同じように小声で答えた。


閃はリスバで時刻を確認する。


本来なら起きる予定の時間まで、まだ1時間ほど残っていた。


「眠れませんでした?」


閃が聞く。


「いいえ、ちゃんと休めたわ」


エレシャは微笑みながら答えた。


「神術者に目覚めてから、体力の回復が早くなったの」


その言葉に閃は納得する。


ファクターへ覚醒すると、差こそあれ身体機能そのものが変化する。


エレシャの場合、その変化は回復力の向上という形で最も現れていたのだろう。


「それなら良かった……」


閃はほっと息をついた。


エレシャが少しでも休めていたことに安心する。


するとエレシャは、どこか楽しそうに微笑んだ。


「それに——閃の寝顔を見ていたら、なんだか癒されるの」


「えっ?」


思わぬ言葉に閃は目を瞬かせる。


「ふふっ。本当よ」


エレシャは小さく笑った。


その瞬間、閃の脳裏に昔の記憶がよみがえる。


“閃の寝顔……なんか癒される”——怜にそう言われたことがあった。


(そんなこともあったなー……)


懐かしさと気恥ずかしさが同時に込み上げる。


閃は少しだけ視線を逸らした。



「そういえば、ごめんなさい。エレシャ姫を枕代わりにしちゃって……」


閃は申し訳なさそうに頭をかいた。


「全然、構いませんよ」


エレシャはあっけらかんと答える。


(さすが姫様……器が広い)


そんなことを思う。


普通なら気まずくなってもおかしくない状況だ。


それなのに、エレシャはまったく気にした様子がなかった。


「それより、まだ寝なくても大丈夫?」


エレシャが尋ねる。


「はい。すっかり目が覚めました」


閃は笑顔で答えた。


「そう」


エレシャも微笑む。


「お水、飲む?」


「あ、いただきます」


閃が答えると、エレシャは手のひらを軽く前に向けた。


すると、透明な水の球がふわりと生み出される。


閃は顔を近づけ、その水を飲んだ。


冷たく澄んだ水が喉を潤し、身体の中へ染み渡っていく。


「ぷはぁ……やっぱり美味しい」


「ありがとう」


エレシャは少し嬉しそうに笑った。


静かなコクピットの中に、穏やかな時間が流れていた。



閃はふとモニターを起動した。


外はまだ薄暗い。


移動予定の1時間後になって、ようやく夜明けが始まる頃だろう。


砂漠は静寂に包まれ、果てしなく続く闇と月明かりだけが広がっていた。


「閃……もし良ければ、少し外の空気を吸いたいわ」


エレシャがそう言った。


数時間もの間、狭いコクピットで過ごしていたのだ。


無理もない。


「そうしましょう」


閃は頷いた。


バサラヲをゆっくりと屈ませ、コクピットハッチを開く。


その後、エレシャを抱き上げた。


「すみません。こっちの方が安全なので」


エレシャは素直に身を任せた。


やがてバサラヲの巨大な手がコクピット前まで移動してくる。


閃1人なら飛び降りるところだが、エレシャもいる以上そうはいかない。


エレシャは下を見ないように目を閉じていた。


2人はバサラヲの手のひらに乗り、そのままゆっくりと地上へ降ろされる。


「エレシャ姫、着きました」


閃はそう言うと、エレシャをそっと地面へ下ろした。


「ありがとう」


エレシャは安堵したように息をつく。


2人はその場で軽く身体を伸ばした。


凝り固まっていた身体がほぐれていく。


外はまだ肌寒い。


だが、その冷たい空気がかえって心地よかった。


夜の砂漠は幻想的だった。


月明かりに照らされた砂丘が淡く輝き、風が砂を優しく撫でていく。


どこまでも続く静寂。


まるで世界に2人しかいないかのようだった。


「綺麗……」


閃は思わず呟く。


その視線の先にあったのは、砂漠の景色——そして、その景色の中に立つエレシャだった。


幻想的な風景とエレシャの美しさが不思議なほど調和していた。


「え?」


エレシャが振り返る。


「えっ?」


閃も我に返った。


どうやら無意識に声に出してしまっていたらしい。


「エレシャ姫、綺麗だなぁって……」


素直に答えた閃に、エレシャは小さく笑った。


その笑顔もまた、綺麗だった。



「閃、夜の砂漠はムラサキウロコワニの活動時間でもあります」


エレシャは周囲を見渡しながら言った。


「砂の中に潜みながら獲物を待ち伏せする習性を持っています」


「ただ、こちらから動き回らなければ襲われることはほとんどありません」


「あのワニ、夜行性なんですね」


閃は感心したように頷く。


「そういえば、お腹は空いていませんか?」


閃はエレシャへ尋ねた。


「そうね……少し空いたかも。食料あるの?」


「ありますよ!」


閃は自信満々に答えた。


「ユーティリティスペースに3日分の非常食があります」


「まぁ、便利ね!」


エレシャは目を輝かせた。


非常食や応急用品の搭載は、EDだけでなくSDでも一般的な仕様だ。


決して特別な装備ではない。


「一緒に食べましょう」


「ありがとう」


エレシャは嬉しそうに微笑んだ。


閃は、バサラヲのコクピットへ駆け寄ると、勢いよく乗り込み、シート下のユーティリティスペースを開いた。


数秒後——


「……あ゛!!!」


悲鳴が響く。


「ど、どうしました!?」


エレシャが慌てて声を上げる。


閃が青ざめた顔でコクピットから降りてきた。


その表情は、敵に囲まれた時より深刻そうだった。


「あ、あの……エレシャ姫……」


「はい?」


閃は気まずそうに視線を逸らした。


そして恐る恐る説明を始める。


「非常食が……半日分しか残ってませんでした……」


「え?」


「たぶん、いつかの任務の時につまみ食いしてて……」


「その後、補充するのを完全に忘れてました……」


最後の方は消え入りそうな声だった。


沈黙が流れる。


「あら……」


エレシャはぽつりと言った。


「すみません……」


閃は肩を落とす。


「そこまで落ち込まなくてもいいじゃない」


エレシャは思わず笑ってしまった。


「少なくとも、食料がゼロじゃなくて良かったわ」


そう言われて、閃は少しだけ救われた気分になる。


「それに、本当に困ったら私も協力します」


「だからそんな顔をしないで」


エレシャは優しく微笑んだ。



「あっ!」


何かを思いついたように閃が声を上げた。


「いざとなれば、ワニとっ捕まえて捌きましょう!」


「それは危ないです!」


エレシャは即座に否定した。


あまりにも躊躇のない提案だった。


「大丈夫ですよ。昔、生身で魔獣を倒したことがありますし」


閃はあっさりと言う。


「え、えぇ……?」


エレシャは思わず戸惑った声を漏らした。


到底、一般人がどうこうできる相手ではない。


そんな相手と戦い、しかも勝ったというのだから、確かにムラサキウロコワニ程度は脅威にならないのかもしれない。


「で、でも閃、無理をしては駄目ですよ!」


エレシャは真剣な表情で言った。


「もちろんです。エレシャ姫の護衛が最優先ですから」


閃は笑顔で頷く。


その返答に、エレシャは少し安心したように息を吐いた。


「なら良かったわ……」


「ということで——まずは非常食を食べましょう」


閃は気持ちを切り替えるように言った。


「ええ、そうね。いただこうかしら」


エレシャも微笑む。


バサラヲのそばに腰を下ろした。


2人はエレシャの発生させた水の球に口をつけて飲む。


そして、食事を始めた。


冷たい夜風が吹き抜ける。


静かな砂漠の中で、2人だけの小さな食事の時間が流れていた。

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