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エーテルコード:ヴァリアスワールド  作者: エトコッコ
エジプト篇

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第10話「静寂」


「……!?」


気づくと、エレシャの目の前には夜の砂漠が広がっていた。


つい先ほどまで洞窟の中にいたはずなのに、まるで瞬間移動でもしたかのようだった。


エレシャはバサラヲのコクピット内で、閃の膝の上に座る形になっていた。


状況を把握した瞬間、エレシャは振り返る。


「閃!アミラたちは——」


言いかけたところで、エレシャは息を呑んだ。


閃の額には冷や汗が滲み、その表情は明らかに強張っている。


その顔を見た瞬間、エレシャは察してしまった。


それでも確認せずにはいられなかった。


「閃、アミラたちは……?」


「……アミラさんたちは……」


閃は言葉を詰まらせた。


何かを言おうとして唇を動かすが、続きが出てこない。


やがて閃は静かに目を閉じ、無言のまま首を横に振った。


その表情には、深い悲しみと、どうすることもできなかった悔しさが滲んでいた。


「……そう、ですか……」


エレシャは小さく呟いた。



エレシャはそっと手のひらを閃の胸に当てた。


そして、水のエーテルを発生させる。


「エレシャ姫……?」


閃は戸惑ったように呟く。


その瞬間だった。


閃の心を覆っていた焦り、怒り、悲しみ——そんな負の感情が、ゆっくりと洗い流されていく。


まるで澄んだ水に身を委ねているような、不思議な心地よさ。


音の《安静のウィンド》にも似た感覚だった。


エレシャは、水のエーテルで閃の心を癒していた。


「閃……ありがとう」


エレシャは静かに言った。


「えっ……」


思わず閃は聞き返す。


「アミラたちのこと、そこまで想ってくれて」


閃がアミラたちと過ごした時間は、ほんの数日ほどに過ぎない。


それでも、その時間は確かにかけがえのないものだった。


エレシャには分かっていた。


閃が彼女たちの死を心から悲しみ、悔しんでくれていることを。


だからこそ、そのまっすぐな優しさが嬉しかった。


閃は胸の奥が締めつけられるのを感じた。


本来なら、一番つらいのはエレシャのはず。


長い時間を共に過ごしてきた仲間を失ったのだから。


それなのに、彼女は自分の悲しみより先に、閃の心を気遣ってくれている。


閃はそっとエレシャの手に、自分の手を重ねた。


「……ありがとうございます。エレシャ姫」


そう答えた閃の声には、先ほどまでの動揺はなかった。


その表情にも、少しずつ冷静さが戻り始めていた。



閃はレーダーへ視線を向けた。


現在地から最も近いのはA拠点。


順調に進めば、3時間ほどで到達できる距離。


だが、一気に向かうのは危険だ。


動きを察知される可能性がある。


なにより、ラ・オーマの存在が気がかりだった。


あの神術がどこまで及ぶのか分からない以上、どこかから監視されているかもしれない。


だからこそ、途中で何度か進路変更や休憩を挟みながら移動することにした。


「狭くてすみません……」


閃はエレシャに声をかけた。


コクピット内は少しでも空間を確保するため、レッグアーマーを収納したレストモードになっている。


それでも2人で乗るには窮屈で、閃とエレシャはほとんど密着した状態だった。


「ううん。それは大丈夫なんだけど……」


エレシャは少し言いにくそうに視線を逸らした。


「どちらかというと……高い場所が少し苦手で……」


「もし良かったら、場所を代わってくれるかしら?」


少し頬を赤らめながらそう言う。


つまり、エレシャが後ろ、閃が前になる形だ。


「エレシャ姫がそれでいいなら」


閃としては、後ろの方が窮屈ではないかと思って前を譲っていた。


だが、そういう理由なら話は別だった。


2人は狭いコクピットの中で身体を寄せ合いながら、何とか位置を入れ替える。


そして、ようやく入れ替えが終わる。


「苦しくないですか?」


閃は真後ろにいるエレシャへ尋ねた。


「だ、大丈夫です」


そう答える声には、どこか無理をしているような響きがあった。


「あっ」


その時、閃は何かを思い出したように声を上げる。


そしてモニターの設定を操作し、表示方式を切り替えた。


閃は普段、周囲の映像をそのまま映し出す全周囲式のパノラマスクリーンを使用している。


しかし、それはまるで空中に剥き出しで浮いているような感覚になるため、高所が苦手な人には恐怖を感じやすい。


そこで表示を分割式のスプリットスクリーンへ変更した。


「どうです?」


閃は振り返らずに尋ねる。


「うん。さっきより怖くないかも!」


エレシャはそう言って微笑んだ。


「……でも、やっぱりここで大丈夫です」


その声には、どこか安心したような響きがあった。


閃も小さく頷く。


「分かりました」


夜風が機体を撫で、月明かりが果てしない砂の海を照らしていた。



「閃、喉は乾いていませんか?」


後ろからエレシャが声をかけた。


「そういえば……乾いてます」


言われて初めて、閃は自分の喉が渇いていることに気づいた。


そんなことを意識する余裕すらなかったのだ。


「どうぞ」


エレシャはそう言うと、閃の顔の前へ手を伸ばした。


その手のひらから透明な水の球が生み出される。


月明かりを受けて淡く輝くそれは、まるで宝石のように美しい。


「いただきます」


閃は顔を近づけ、水の球に口をつける。


そして吸い込むように飲んだ。


(……美味しい!)


思わず目を見開く。


その水は、今まで飲んだどんな水よりも美味しかった。


身体の隅々まで染み渡り、まるで内側から浄化されていくような感覚だった。


疲労まで和らいだような気さえする。


「ありがとうございます、エレシャ姫」


「とても美味しかったです」


閃が素直な感想を口にする。


「ふふっ。良かった」


エレシャは嬉しそうに微笑んだ。


その夜は、移動を中断し、バサラヲの中で一夜を明かすことにしていた。


外は深夜の砂漠。


気温は氷点下近くまで下がり、過酷な環境となる。


だが、EDのコクピット内は常に適温に保たれており、外気の影響を受けない。


さらに、シート下のユーティリティスペースには非常食や救急用品など、有事に備えた装備も揃っている。


水の確保に関してはエレシャの水のエーテルがある。


少なくとも生存という点では、大きな不安はなかった。


もちろん状況そのものは決して良くない。


それでも、不幸中の幸いと言えるだけの条件は揃っていた。



「色々お話ししたいことはありますけど……今は少し休みましょう」


閃はそう言った。


今日だけで起きた出来事は、あまりにも多すぎた。


互いに整理しなければならないことも山ほどある。


だが、今は心も身体も休ませた方がいい。


閃は、そう判断した。


「そうね……」


エレシャも静かに頷く。


その声には若干疲労の色が滲んでいた。


「3時間後に移動を再開しましょう」


「ええ」


エレシャは小さく微笑んだ。


「おやすみ、閃」


優しくそう告げる。


「おやすみなさい、エレシャ姫」


閃も返した。


その後、閃はバサラヲをオートモードへ切り替える。


周囲の警戒を維持しながら、自動で待機を続ける。


コクピット内には静寂が訪れた。


外では冷たい夜風が砂を運び、月明かりが果てしない砂漠を照らしている。


閃は、ゆっくりと目を閉じた。


背中越しに感じるエレシャの温もりが、不思議と心を落ち着かせてくれる。


こうして2人は、束の間の休息を取るのだった。

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