第9話「意志」
「なぜ、我々がまるで音もなくここへ現れたのか……」
「不思議に思っているだろう?」
ギシャは周囲を見回しながら言った。
「……その者の神術でしょう」
エレシャが静かに答えた。
視線の先にいるのはラ・オーマ。
その言葉を聞いたギシャは、薄く笑みを浮かべた。
この異常事態の原因がラ・オーマにあることを、事実上認めたも同然だった。
そしてギシャの視線が移動する。
「ところで……」
「見慣れない顔がいるな?」
その目が閃を捉えた。
ギシャの後ろにいたラ・オーマが静かに前へ出る。
そしてギシャの隣に並んだ。
ローブの奥から、じっと閃を見つめる。
「……どこかで見たことがあると思ったら」
「オルフェで飼われているファクターか」
ラ・オーマが口を開いた。
低く枯れた男性の声だった。
洞窟内の空気がさらに冷たくなる。
だが、閃は表情一つ変えない。
ただ静かにラ・オーマを見据えている。
「……オルフェの?」
ギシャの目が細くなる。
ギシャは筋金入りの反オルフェ派だ。
オルフェがエレシャ派へ協力していることも当然快く思っていない。
今回の任務そのものが、まさにその対立の延長線上にあった。
◆
ギシャは興味深そうに閃を見つめていた。
まるで珍しい品物でも観察するかのような視線だった。
(めっちゃ見られてる……)
閃は内心でそう思う。
そんな中、ギシャが隣に立つラ・オーマへ小声で話しかける。
「ラ・オーマよ……奴の力が見たい」
その言葉に、ラ・オーマはわずかに頷いた。
「いいですとも」
次の瞬間だった。
ラ・オーマが片手を前へ突き出す。
すると、その掌の前に半透明の球体が現れた。
淡く揺らめくそれは、エーテルによって形成された弾丸だった。
そして——
閃へ向かって一直線に放たれる。
だが、閃も既に反応していた。
閃から放たれた《雷撃》と、半透明の弾丸が空中で激突した。
エーテル同士が弾け、洞窟内に衝撃が響き渡る。
2つの力はその場で相殺された。
(なるほど……念属性か)
閃は冷静に分析する。
形のないエーテルを直接操作する系統。
イノの能力に近いものを感じた。
「ほぅ……」
ラ・オーマが小さく呟く。
ギシャも、その光景を見つめ呟く。
「あれが雷——精霊系の力……」
「素晴らしい……!!」
その表情は閃の予想とは違っていた。
まるで子供のように、目を輝かせている。
(あれ……?)
閃は内心で首を傾げた。
ギシャのイメージは、もっと冷酷で危険な人物。
もちろん、その評価が間違っているとは思わない。
だが今の反応は、閃が想像していたものとは少し違う。
そのギャップに、閃はわずかな戸惑いを覚えるのだった。
◆
「さて……」
ギシャは静かに口を開いた。
先ほどまでの好奇心に満ちた表情は消えている。
その声音は驚くほど落ち着いていた。
「我々は、ただ戦いに来たわけではない」
その言葉に、エレシャは兄を真っ直ぐ見つめる。
「……降伏しろ。そう言いたいんですね?」
冷静な声だった。
「そうだ」
ギシャは迷いなく答えた。
洞窟内は静まり返る。
「——我々は実の兄妹でありながら、長い間争いを強いられてきた」
「王族として生まれた以上、その運命には逆らえない」
「同じ血を持つ者同士で、まさに血を血で洗う争いを続けてきた」
「そして、苦しんできたのは我々だけではない」
「兵士も、国民もだ」
ギシャの視線が周囲へ向けられる。
「そして今——」
「残ったのは我々だけだ」
ギシャは再びエレシャを見る。
「はっきり言おう」
「私は実妹であるお前を殺したくない」
その言葉に、その場の何人かが表情を変えた。
だがギシャは構わず続ける。
「それにカカロも、リビアも、ここにいる兵士たちもだ」
「お前たちに勝ち目はない」
「ここで無駄な争いを続ける必要はないだろう」
ギシャの声は静かだった。
ただ事実を述べるように話している。
「エレシャ——お前が降伏すれば、これ以上誰も死ななずに済む」
「お前も散々苦しんできたのだろう?」
エレシャの瞳がわずかに揺れる。
ギシャはそれを見逃さなかった。
「我々2人で、ソランティス王国を導かないか?」
「確かに我々は正反対だ」
「考え方も、生き方も、理想も——何もかも違う」
「だからこそ、補い合える」
真っ直ぐな視線だった。
そして最後に、静かに言った。
「何より——母上が喜ぶ」
エレシャの表情がわずかに変わった。
◆
「愚問ですね。兄上」
エレシャは即答した。
一切の迷いはない。
その声は、普段の穏やかな彼女からは想像もできないほど冷たかった。
その一言だけで、これまで積み重ねてきた覚悟が伝わってくる。
「もし、兄上が“本当に”そういう人間なら——」
エレシャはギシャを真っ直ぐ見据えた。
「とうの昔に協力しています」
その言葉に、ギシャは微かに目を細める。
「……人は変わるものよ」
ギシャは静かに返した。
「信用できません」
エレシャは即座に言い切る。
ギシャの表情から笑みが消える。
「エレシャ……状況を理解できないほど、お前は愚かではないはずだが?」
その言葉も事実だった。
戦力差は圧倒的。
このまま戦えば、エレシャ派に未来はない。
ここにいる誰もがそれを理解している。
「ええ」
エレシャは頷いた。
「それでも言います」
そして、力強く言い放つ。
「決して、降伏などしません!」
その瞬間、兵士たちの表情が引き締まった。
「対話だけでは国は続かない」
「理想だけでは人は守れない」
ギシャは低い声で言った。
エレシャは首を横に振った。
「私は武力そのものを否定しているわけではありません」
「必要な力があることも理解しています」
エレシャの声は冷静だった。
「ですが兄上は違う」
「武力と暴力を履き違えています」
鋭い言葉だった。
ギシャは王族の中でも特に過激な人物として知られている。
そのやり方によって失われた命も少なくない。
だからこそ、エレシャは譲れなかった。
「それに」
エレシャの瞳がさらに鋭くなる。
「こういう時だけ、母上の名を語らないでください」
「必要とあれば、身内であろうと平然と切り捨てる」
「そんな兄上など——信頼に値しません!」
その声は洞窟内に力強く響く。
もはや迷いはない。
そこにいるのは王位継承争いに巻き込まれた少女ではなく、自らの信念を貫こうとする王女の姿だった。
◆
「なら……ここでお別れよ」
ギシャは静かに言った。
その声音に感情は感じられない。
まるで、最初からこうなることが決まっていたかのようだった。
「やれ」
冷徹な命令が下される。
洞窟内の空気が一気に張り詰めた。
エレシャ派の面々は即座に動こうとする。
だが、状況は最悪だった。
ナックは洞窟の入口を塞いでいる。
対してこちらは、まだ誰一人として機体に搭乗していない。
このままでは乗り込む前に制圧される可能性が高かった。
その瞬間だった。
「バサラヲ!!オートモード!!」
閃が叫ぶ。
その声に反応するように、遠くに待機していたバサラヲのカメラアイが光を灯した。
同時に、エレシャ派の面々が一斉に目を伏せる。
まるで事前に知っていたかのような動きだった。
「《雷投》!!」
閃は掌に生成した電気の玉を上空へ放り投げる。
次の瞬間——
それは洞窟の天井付近で炸裂した。
まるでフラッシュグレネードのような強烈な閃光が広がる。
「ぐぉ!!」
「何だ!?」
ギシャ親衛隊の兵士たちが思わず目を覆う。
ギシャも反射的に顔を背けた。
一瞬とはいえ、視界が完全に奪われる。
「行け!!」
リビアが叫ぶ。
その声と同時に全員が動き出した。
それぞれが自分の機体へ向かって駆け出す。
◆
バサラヲはオートモードによって、真っ先に閃の元へ駆け寄り、コクピットハッチを展開する。
「エレシャ姫!」
閃はエレシャを抱きかかえると、そのままコクピットへ飛び乗った。
その頃には、ギシャ親衛隊のナックも徐々に視界を取り戻し始めている。
一方、バサラヲの後方では、エレシャ親衛隊のナックが次々と起動していた。
閃は素早くモニターへ視線を向けた。
出入口付近を確認する。
だが——
先ほどまでそこにいたギシャとラ・オーマの姿は消えていた。
《雷投》が炸裂した瞬間、ラ・オーマが神術を使い、ギシャと共に離脱したのだ。
だが、今はそれを追う時ではない。
最優先事項はただ一つ。
エレシャを安全に脱出させること。
閃は深く息を吸った。
「《刻式》!」
周囲の動きが極端に遅くなる。
まるで時間そのものが引き延ばされたかのように。
《刻式》の持続時間は、閃の体感でおよそ10秒。
洞窟の出口までは徒歩なら約5分。
だが、バサラヲの機動力なら出口まで10秒もかからないだろう。
バサラヲは、出入口を塞ぐナックの隊列を一気に飛び越える。
そして、真っ直ぐに出口へ向かって駆け抜けた。
◆
(!!!)
洞窟の出口を飛び出した瞬間——
閃の目に飛び込んできたのは、無惨な光景だった。
エレシャ派の協力者たちが倒れていた。
誰も動かない。
そこには、つい数時間前まで笑顔で話していた人たちの姿があった。
そして——アミラも。
(そんな……)
閃の胸が締め付けられる。
《刻式》はまだ発動中だ。
周囲の時間は極端に遅く見えている。
その光景は閃の目にのみ焼き付くように映っていた。
(くそぉ!!)
閃は、歯を食いしばる。
様々な感情が胸の中を駆け巡る。
思わずコントローラーを握る手に力が入った。
洞窟の方を振り返りそうになる。
だが——
脳裏に浮かんだのは、カカロの言葉だった。
“たとえ、ここの誰かが目の前で殺されたとしても——迷わず、行け”
「……っ!」
閃は唇を噛んだ。
振り返ってはいけない。
それが自分に託された役目だからだ。
閃は再び前を向く。
そして——
夜の砂漠へ向かって、バサラヲを加速させた。




