第4話「親衛隊」
洞窟内を進むこと約5分。
そこには入口付近とは比べものにならないほど広い空間が広がっていた。
天井や壁にはいくつもの照明が設置されており、洞窟の内部とは思えないほど明るい。
「正式には、ここがB拠点だね」
ギャッツが言った。
「これだけの空間があれば、拠点として申し分ないですね」
閃は感心したように周囲を見回した。
「でも、人が見当たりませんね?」
外にはそれなりに人の姿があったが、ここには今のところ閃とギャッツしかいない。
「この時間帯は、兵士たちは巡回や索敵に出ているからね」
ギャッツが答えた。
「少し待っていてくれ」
そう言い残し、ギャッツは奥へと姿を消した。
◆
閃は1人になり、改めて周囲を見渡した。
広さだけでなく、設備も予想以上に整っている。
(バサラヲ……ここにあるのかな?)
そんなことを考えていると、洞窟の奥から人影が近づいてくるのが見えた。
(ハッ!エレシャ姫!?)
閃は思わず身構える。
人影は3人。
1人はギャッツだった。
だが、残る2人のうち1人が異様に大きい。
やがて、その姿が明かりの下に現れた。
閃は思わず息を飲む。
目の前に現れたのは、2メートルを優に超える巨漢だった。
隆々とした筋肉に覆われた体に、剃り上げられたスキンヘッド。
そして岩のように厳つい顔つき。
いかにも寡黙な戦士といった風貌だった。
(で、でっかぁ~……)
これまで出会った誰よりも大きい。
閃は思わず見上げた。
その隣を歩く女性もまた長身だった。
閃より頭一つ分以上高く、引き締まった体つきをしている。
こちらもまた、歴戦の戦士を思わせる雰囲気をまとっていた。
◆
「……俺は、カカロ」
スキンヘッドの大柄な男性が口を開いた。
見た目の印象そのままの、低く重みのある声だった。
「あ、オルフェの上矢閃です……」
閃は思わず見上げながら名乗った。
近くで見ると、その大きさはさらに際立っている。
「……救援、感謝する」
カカロは短くそう言った。
「カカロ様は、エレシャ親衛隊の隊長なんだ」
ギャッツが補足する。
なるほど、と閃は納得した。
その威圧感と存在感は、まさに親衛隊長と呼ぶに相応しかった。
次に、隣に立つ女性が一歩前へ出る。
「私はリビア。親衛隊副隊長を務めている。よろしく頼む」
凛とした声だった。
鋭い眼差しと引き締まった立ち姿からも、強い意志が感じられる。
「よろしくお願いします」
閃は丁寧に頭を下げた。
◆
「ギャッツ、ご苦労だったな」
リビアが言った。
「とんでもございません。リビア様」
ギャッツは少し照れたように笑う。
「では、私はこれで失礼するよ」
ギャッツはそう言うと、閃の方へ向き直った。
「閃くん。どうかエレシャ姫をよろしく頼む」
「はい!」
閃は力強く頷いた。
「ギャッツさんも、ここまでありがとうございました」
そう言って深く頭を下げる。
「ははは。気にしないでくれ」
ギャッツは軽く手を振った。
そして、そのまま来た道を戻るように洞窟の奥へと去っていった。
◆
「さて、改めて——今回の協力、心から感謝する」
リビアは穏やかな笑みを浮かべながら言った。
閃は少し意外に思った。
もっと厳格で近寄りがたい人物を想像していたからだ。
「いえ、とんでもございません」
「エレシャ姫もこちらにいらっしゃるとお聞きしていたのですが……」
閃はできるだけ丁寧な言葉遣いを心がけながら答えた。
「……普通に喋っていいぞ?」
リビアはそんな閃の様子を見抜いたように言った。
「え?」
閃が目を瞬かせる。
「そんなに肩肘張らなくていい」
「私たちは王族じゃないからな」
閃も少しだけ肩の力を抜く。
「エレシャ姫は、今お清め中だ」
リビアが続けた。
「お清め……?」
閃は首を傾げる。
「風呂ってことさ」
リビアは少し笑いながら答えた。
「あ、なるほど」
閃は納得した。
確かに王族ともなれば、そういう言い回しをするのかもしれない。
しかし、それ以上に——
(エレシャ姫が……お風呂……)
何やら違うことを考えていた。
◆
「我々は閃と呼ぶ。閃はこちらを好きに呼ぶがいい」
カカロが低い声で言った。
「わかりました。カカロさん」
閃は素直に頷いた。
「来い」
そう言うと、カカロは歩き出した。
閃はその後を追う。
しばらく進むと、視界が大きく開けた。
そこには巨大な騎士型SD——「ナック」がずらりと並んでいた。
ナックはソランティス王国が独自に開発したSDである。
整然と並ぶその姿は圧巻だった。
(あれがソランティス王国のSD……でっか!!)
閃は思わず目を見開く。
ナックの全高は12.5メートル。
平均的なSDが7.5メートル前後であることを考えれば、その大きさは際立っていた。
まさに王国の騎士そのものだった。
そして、その列の端に1機だけ見慣れた機体があった。
「あ!あれは!」
閃は思わず声を上げる。
バサラヲだった。
バサラヲは、ブロックスとして偽装され輸送されていた。
機体全体にブロックスの外装が取り付けられ、他の機体と比べて一回り以上大きかった。
さらに、バサラヲ最大の特徴である長い一本角は隠しきれず、そのまま露出していた。
輸送前にオルフェでその姿を見た時は、本当に誤魔化せるのかと不安だった。
ギャッツから無事到着したと聞いてはいたものの、実際にこの目で確認すると安心感がまるで違う。
(よかった……)
閃は胸をなで下ろした。
異国の地にあっても、見慣れた愛機の姿はどこか心強く感じられた。
◆
ソランティス王国の内戦には、古くから受け継がれてきた“聖闘”と呼ばれるルールが存在する。
聖闘では、銃火器や近代兵器の使用が固く禁じられており、戦いに用いられる武器は剣などの伝統的なものに限られる。
この掟を破った者には厳しい処罰が下され、その立場や身分に関係なく例外は認められない。
また、聖闘に参加する者は全員がその規則に従わなければならなかった。
ただし、近代兵器の中で唯一例外として認められているものがある。
それがSDだった。
SDは兵器でありながら、“鎧の延長線上にあるもの”として扱われているためである。
もちろん、鎧として扱われる以上、無人機は認められていない。
使用できるのは有人機のみ。
そのため、ソランティス王国が独自開発したナックも、聖闘において正式な戦力として運用されている。
そして、それはバサラヲも同じだった。
閃は聖闘について、事前にオルフェで説明を受けている。
任務を受けてからも自分なりに調べていたため、その内容は把握していた。
◆
「珍しいだろうな」
ナックを興味深そうに眺めていた閃に、リビアが声を掛けた。
「えぇ。このSDは初めて見ました……」
閃は答えた。
「私からしてみれば、閃の鎧機兵の方がよほど珍しいがな」
リビアは言う。
「鎧機兵?」
閃は首を傾げた。
「あぁ。ソランティスではSDのことをそう呼ぶんだ」
リビアが説明する。
正確にはバサラヲはEDだ。
だが、ソランティスではそうした細かな分類はなく、まとめて鎧機兵と呼ばれているのだろうと閃は理解した。
「へぇー……ちなみに、ハートのことは何て言うんですか?」
閃は興味津々で尋ねた。
「ハート?あぁ、パイロットのことか。こちらでは機兵士と呼ぶ」
「鎧機兵に機兵士って言うんですね」
閃は感心したように頷いた。
SDではハート、EDではファクター、そしてソランティスでは機兵士。
同じものでも地域によって呼び方は違う。
文化の違いが感じられた。
ふと、閃はあることが気になった。
「カカロさんも乗るんですか?」
「……乗るが」
カカロは短く答える。
「入るんですか?」
閃は率直に聞いた。
ナックはソランティス人の体格に合わせて大型化されているとはいえ、カカロは2メートルを優に超えている。
どう考えてもコクピットに収まるようには見えなかった。
「……入る」
カカロは静かに答えた。
(入るんだ……)
閃は、狭いコクピットにぎゅうぎゅう詰めになって座るカカロの姿を想像した。
「……カカロ隊長のナックは、他の機体より操縦席を広く設計してあるんだ」
リビアが少し笑いながら補足した。
「あ、なるほど!」
閃は納得したように頷く。
さすがに専用仕様だったらしい。
◆
すると、洞窟の奥から複数の足音が聞こえてきた。
エレシャ親衛隊の兵士たちが、続々と拠点へ戻ってきたのだ。
「カカロ隊長!リビア副隊長!ただいま戻りました!」
「周辺に異常ありません!」
兵士たちは2人の前に整列すると、自らの右胸に手のひらを当てて報告した。
「ご苦労。ちょうど良かったな」
リビアは頷いた。
そして閃の方へ視線を向ける。
「こちらは以前から話していた——オルフェから救援に来てくれた閃だ」
「今後、エレシャ姫の護衛を担当してもらう」
リビアが紹介した。
兵士たちの視線が一斉に閃へ集まる。
そして、その表情は次第に不安げなものへと変わっていった。
ソランティス人と比べればかなり小柄で体つきも細い。
顔立ちも穏やかで、とても歴戦の戦士には見えない。
本当にこの少年が護衛なのか——そんな疑問が表情にありありと浮かんでいた。
だが、閃は特に気にしていなかった。
こうした反応には慣れている。
むしろ見慣れた光景だった。
「前にも言ったが——閃は“神術者”だ」
リビアが静かに口を開く。
「恐らく、この場の誰よりも力がある」
「見た目だけで判断しないことだ」
その声には兵士たちを諭すような響きがあった。
「ハッ!失礼しました!」
兵士たちは即座に姿勢を正した。
そして今度は閃に向き直ると、右胸に手を当てて敬礼する。
ソランティス王国における正式な敬礼だった。
閃も軽く頭を下げた。
◆
「すまなかったな。気を悪くしたか?」
リビアは少し申し訳なさそうに言った。
「全然ですよ。慣れてますし」
閃は笑いながら答えた。
「さっき言っていた神術者って、エーテルファクターのことですか?」
閃は尋ねた。
「その通りだ」
リビアは頷く。
鎧機兵同様、どうやら呼び名が違うだけで、意味するところはエーテルファクターと同じらしい。
「……閃」
その時、カカロが口を開いた。
「武器を選べ」
そう言って指を向ける。
視線の先には、様々な武器が整然と並べられていた。
剣、槍、斧、槌。
どれも聖闘で用いられる伝統的な武器ばかりだ。
「わかりました」
閃は武器棚へ近づいた。
(色々あるなぁ……)
どれも立派な作りだったが、慣れない武器を選ぶ意味はない。
(まぁ、無難にこれかな)
閃が手に取ったのは、シンプルな片手剣だった。
派手さはないが、扱いやすそうだ。
鞘付きのベルトを腰に巻き、軽く重さを確かめる。
「そろそろ夕食だ。行こう」
リビアが言った。
カカロも無言で歩き出す。
閃は2人の後を追った。
こうして3人は洞窟を後にした。




