第3話「拠点」
「すまないね。少し遠回りになってしまって」
ギャッツはそう言った。
「……もしかして、つけられてます?」
閃は視線を外さないまま尋ねた。
「いや、おそらく大丈夫だろう」
「だが——念のためさ」
ギャッツは慎重な口調で答えた。
閃は黙って頷く。
ギャッツのような民間の協力者は決して少なくない。
しかし、エレシャ派の拠点の場所を知る者となると、その数は大きく限られる。
覇権争いにおいて、内通者の存在は珍しいものではない。
むしろ、どの勢力にも潜んでいると考えた方が自然だった。
実際、それが原因で壊滅した派閥も存在する。
だからこそ、ギャッツは慎重だった。
少しでも危険の芽があるなら、徹底的に潰しておく。
それが、生き残るために必要なことだった。
◆
「ギャッツさんは、どうしてエレシャ派に?」
閃は尋ねた。
「早い話が、最も信頼できるお方だからさ」
ギャッツは穏やかに答えた。
「ソランティス王国は、確かにその長い歴史の中で武を重んじてきた国でもある」
「そういう意味では、エレシャ姫よりギシャ王子の方が向いているのかもしれない」
「だが、歴史が変わるように——国も人も変わっていく」
「今の時代に必要なのは、エレシャ姫のように対話を大切にできる存在だと私は考えている」
「将来のソランティスのためにもね」
ギャッツはそう語った。
「……よく分かります」
閃は深く頷いた。
かつてエドワードと対立した際、最後に選んだのは力ではなく対話だった。
だからこそ、その考えには強く共感できた。
◆
「ギシャ王子は?」
今度は閃が尋ねた。
「ギシャ王子か……」
ギャッツはわずかに表情を曇らせた。
「彼は武闘派——というより、過激派だ」
オルフェでも話は聞いていた。
ギシャは反オルフェ派として活動し、過去には襲撃にも関与している。
それを思えば、十分に想像できた。
「ギシャ王子は危険だ……」
「目的のためなら、身内であろうと平然と切り捨てる」
「“手段を選ばない狡猾さ”という意味では、誰よりも優れているだろう」
ギャッツは言った。
「見た目で判断しちゃいけないのは分かってるんですけど……そんな感じはしますね」
閃はオルフェで見たギシャの顔を思い浮かべながら苦笑した。
「ギシャ派の工作によって命を落とした者は数え切れない」
「フェムカルン王子も、そのうちの1人だった……」
フェムカルン王子——かつてエレシャ派、ギシャ派と並び立っていた、もう一つの有力派閥である“フェムカルン派”の長。
そして当時、国内外から最も高い支持を集めていた人物でもあった。
フェムカルン自身もギシャの危険性を理解していた。
しかし、派閥内に潜入していたギシャ派によって命を落としたという。
「国の伝統とはいえ、身内同士で殺し合うなんて……残酷ですね」
閃は複雑そうな表情で言った。
「それは我々国民だって同じさ」
ギャッツは静かに答える。
「こんな争いを……望んでいる者ばかりじゃない」
「もし全員がエレシャ姫のようなお考えだったら——」
「争いも犠牲者も出ずに済んだだろうからね」
そう言うギャッツの声には、国の未来を憂う思いが滲んでいた。
◆
「エレシャ姫……美人な方ですね」
閃はぽつりと呟いた。
「ははは!そうだとも!」
「ソランティス一の、いや——エジプト一の美人だ」
ギャッツは誇らしげに言った。
モニター越しに見ただけでも、その美しさは十分に伝わっていた。
気品と知性を感じさせる佇まいは、とても忘れられるものではない。
「ちなみに、今向かっている拠点には——さすがにいないですよね?」
いるはずがないと思いながらも、閃は一応尋ねてみた。
「いるに決まっているじゃないか」
ギャッツはあっさり答えた。
「ま、ままま、ま……!?」
閃はあまりの衝撃に言葉を失った。
「はっはっは!」
「緊張するのは当然さ。むしろ、エレシャ姫を前にして緊張しない男などいない」
ギャッツは愉快そうに笑った。
「エレシャ姫は、君にとても会いたがっていてね」
「本来なら今日会う予定ではなかったんだが……どうしても会いたいと仰られたんだ」
そう言うと、ギャッツは閃に向かってウインクを飛ばした。
「あ、あい、会いたがって……?」
もちろん、そういう意味ではないことくらい分かっている。
分かっているのだが——
閃の顔は見る見るうちに緩みきっていた。
到着して早々、王女と対面することになる。
予想もしていなかった展開に、心臓の鼓動が一気に速くなる。
◆
エレカは街を離れ、次第に人気のない場所へと進んでいった。
窓の外に広がる景色も、建物の並ぶ街並みから荒々しい大地へと変わっていく。
「もうそろそろだ」
ギャッツがそう言った。
閃は自然と背筋を伸ばした。
やがてエレカは目的地へと到着した。
「着いたよ。ここは3つある拠点のうちの1つ——B拠点と呼ばれている場所だ」
ギャッツが説明する。
周囲にはテントや簡素な建物が点在しており、人々が忙しそうに行き交っていた。
その奥には、大きな洞窟が口を開けている。
ギャッツはライトを手に取ると、迷いなく洞窟の中へと進んでいった。
閃もその後に続く。
ひんやりとした空気が肌を撫で、足音だけが静かに響く。
(いよいよ……エレシャ姫に)
胸の鼓動はますます速くなっていた。
任務で来たはずなのに、今はそれ以上に別の意味で緊張している。
閃は高鳴る胸を抑えながら、洞窟の奥へと歩みを進めた。




