交渉
「俺は…」
答えに、淀む。断れば、良い。
何故、自分が命を賭けなければならない……? 何故、自分だけがそんな想いをしなければならない……?
何故、何故、何故……?
それに、自分が行ったら……残された家族はどうなる?
そんな、感情が彼の心を駆け巡った。
「……ルーク。そなたに酷な頼みをしておるのは、分かっておる。じゃが、そなたしかおらぬのじゃ……」
「……なんでだよ? どうして、俺が……」
「そなたも、気づいておるのじゃろ? 先の魔物騒ぎの時に帝国軍、我が国の騎士と魔法師団がこれを討とうと総出で戦った。じゃが……あまりにも呆気なく敗れた」
数万人という人間が、抗ったであろう。けれども、結果は……全滅。
「どんなに人を派遣しようが、何の意味もない。犬死じゃ。だからこそそなたに、頼みたい。そなたなら成し遂げることができる」
重い沈黙が、流れた。彼の頭の中は混乱でイッパイで、そんな彼を姫は観察するように眺めている。
「俺は……」
「私が行きます」
彼の言葉を遮るように、シスターが言った。
「……シスター?」
「そなたには、無理じゃ。分かっておろう?」
「ですがどこの世界に、可愛い息子を危険な旅に好き好んで送り出す母がいますでしょうか? それに、私は先の龍という魔物の攻撃を防ぎ切ることができました。姫様も、見ておいででしたでしょう?」
「そんな言で、妾を誤魔化せると思うたか? そなたがアレを防ぐことができたのは、符の補助があってこそ。ここアルケディアを離れれば、そなたも魔法師団と同じ道を辿るであろう」
「ですが……っ」
シスターは、必死に言葉を紡ごうと口を開く。
「頭を冷やせ。そなたでは、無理なのじゃ」
けれどもそれを遮る姫の声は、険を帯びていた。言葉も、鋭く冷たい。その響きこそが真剣さを伝えていた。
「それでも、私は……守りたいのです。子供達を」
「シスター……」
「誰かがしなければ……最悪、世界が滅び皆が死ぬ。私の大切な子供たちを含めて。けれども、世界が救われたとして……私の子供が死んだら、それは何の意味もありません。だから、私に行かせて下さい」
シスターの両頬には、彼女の瞳から溢れた涙が伝う。
…その様を見て。また、シスターの言葉を聞いて。ルークの気持ちが、決まった。
「シスターは、行かなくて良い。俺が、行く」
「ルーク…っ?!」
そうと決めれば、彼の心は落ち着いていた。
シスターの言う通り、仮にこの騒ぎで世界が滅べば……家族は死ぬ。
そして、何もしなかった自分を自分は許さないだろう。あの、龍の騒ぎの時のように。
だからこそ、行かなければならない……そんな、覚悟が定まった。
「……良いのか?」
「あんたが提案してきたことだろ?」
「そうじゃな……」
申し訳なさそうに、姫は呟く。けれども、その表情に彼の目がキラリと光った。
「但し、条件がある」
「なんじゃ……申してみよ」
「まず、俺への支援。俺は金がねえから、旅費やら生活費やら必要な物を揃える金はそっちに持ってもらうぞ」
「それは当たり前のことじゃ。言われずとも、やるぞ」
そこまでは、彼の最低条件。そして、そこから彼の本当の要求が始まる。
「それと、俺が行っている間の教会への支援。食事代とか、生活費、後学費も支援してもらう。勿論、全員分のな」
「る、ルーク……」
思ってもみなかった要求に、 シスターは驚きを隠せない。
「俺から家族を離させるんだ。俺のいない間、支援してもらうのは当たり前だろ」
さも当然といった態度に、姫は思いっきり笑い始めた。
「ククク…そうじゃの。当然じゃ。そなたを危険な旅路に行かせるのじゃ。そなたの憂いが1つでもなくなるよう、妾の名に賭けて誓おう。そなたの家族らを、国を以って支援することを」
「…なら良い。決まりだ」




