争いの果て
「……この王都を襲った、魔物。あれが何か知っておるか?」
彼女の問いに、ルークは首を横に振る。視線をズラせば、シスターも同じく首を傾げていた。
「あれはの、この世界の要にして、かつては神獣であったもののなれ果てよ」
「……神獣……」
シスターの動揺は大きかった。それだけのモノが、ヒトに牙を剥いたという事実。そして何より、ルークがそれを滅してしまったという事実に。
対して、ルークは特に動揺を見せなかった。大切なモノを守れたのだから、例え滅したのが神の遣いだろうが何だろうがどうでも良い……と言うのが彼の本音だ。
「これは聖書にも載っておらなんだが……かつて、神は世界を創造された時、力を使い果たし眠る自身の代わりに世界を支えるモノとして、要たるモノを作り出した…それが神獣じゃ。全てで7体……それぞれ火・水・土等々自然の属性を司る」
教会の図書は、ほぼほぞ読破したというのに、彼もそしてシスターも全く初めて聞く内容だった。
「さて、先ほど妾がそなたらに質問した鍵と門の降りのところじゃが……聖書には、争いが地に満ちた時にヒトへの鉄槌を下したとしてあるが……本来は、違う。世界を覆う負のエネルギーを摂り過ぎた神獣が各地で暴れたのじゃ」
「……負のエネルギー、って?」
「嫉妬、憤怒、哀しみ……そう言った、負の感情の事じゃ。それらが満ちると、争いが争いを更に呼び、マナが汚れ、それを取り込む人は更に負の感情に引っ張られ、それと同じく緑が枯れ大地が汚れる。それ故、そう言った負のエネルギーを浄化し、正のマナを循環させ世界を正常に保つのが神獣の役目。じゃが……浄化にも限界がある。聖書に書かれた鉄槌とは、神獣が負のエネルギーによって堕ち、世界を壊さんと動いた事を指すのじゃ。そしてそれを沈め、世界を存続させる為に神は再び目覚め、力を奮ったのがかつての出来事という訳よ」
「つまり、また神獣が堕ちたという訳か……」
今の戦乱のこの世の中で、確かにそう言った感情が何処にでも溢れているだろう。
失う事を恐れるのではなく、失わなかった事に安堵する日々。あまりにも、悲劇がそこら中に転がり過ぎているのだから。
「そういう事じゃ。そして、此度も神獣が堕ちるまでの事態となった。それ故、神を呼び起こし、世界を浄化させる。それが、符を各地に貼る目的じゃ。そしてルーク…その符を貼るのを主にやって貰いたいのじゃ」
「…どうして、俺なんだ?」
「神獣を倒す事ができたのが、主しかおらんからじゃ。妾の知る限り、主が初めての人物。……符を貼る場所は聖域故、神獣が闊歩している可能性が非常に高い。故に、主にしか頼めなんだ」
「だけど……」
「頼む。主しかおらぬ。……このまま神獣が暴れ回れば、主の大切な人にもやがてその牙が剥かれるかも知れぬのじゃ」
そう言いながら、内心酷い選択を強いていると彼女は自らを嘲笑した。
このまま、何もしなければ世界が滅ぶ。大切な人ごと。それを阻止するためには、家族と離れて自ら死地に追いやられるか。
ルークが家族に重きを置いているというのは、彼を迎えに行った騎士団の話を聞いて想像がついた。だからこそ、それを利用せんと言葉を選んだ。
「……どうして、俺なんだよ……」
その呟きは、泣いているようだった。
家族が危険に晒されるかもしれない…そんなの、彼女に言われるまでもなく想像がついていた。あんな化け物が暴れ回ってしまえば、それこそすぐにでも死んでしまうだろう。
けれどもだからと言って、何故自分がと問わずにはいられない。
それこそ、物語の英雄のような人物に頼めば良いのだ。異国の、異世界の、何処の誰とも知らない者を呼び出してでも。
圧倒的なまでに身体能力が高くて、心も強くて、賢い者を。
そこまで考えて、笑えてきた。
自分も、なんて利己的な者なのだろうか……と。
自分が良ければそれで良い? 他の誰かに押し付けて? それで安全圏内から、まるで物語を聞くかのように、あくまで“他人事”として無関心のままで。この世界が危機に晒されている以上、自分も関係者の1人だというのに。
今まで、そうだった。
どんなに戦争が活発化しようとも、それは遠くの物語であり、全くの現実味のない話であった。…正に、商人から王都進撃の話を聞いた時に、絶望した時と同じ感覚だ。
安全圏内から、ああだこうだと言うのはとても楽だった。そこから一歩外に出されて当事者となる事の、何と重いことか。
その一歩が恐ろしくて、怖ろしくて……安全圏にいる者が恨めしくそして妬ましくすら感じる。




