母の苦悩
そっと、シスター・アンドレスは目を開いた。それと同時に意識が過去の追憶から現実へと、引き戻される。
思い起こせば、この国に来てから随分と沢山の思い出があった。それこそ、人生の大半を過ごしてきた教国よりもずっとずっと、沢山の思い出。
それだけ、濃い日々を送ってきたのだろう。
あのまま教国にいたら、確実に今の彼女はいない。
ルークと同じように、彼女もまた、彼と出会ったことで“変わった”のだ。
その変化が良い方へと転がったかと問われれば…イスト教の信者としては、そうではないのかもしれない。教えを盲信的に信じることが、なくなったのだから。
けれども、彼女に後悔はなかった。それどころか、彼と出会い、変わることができたことに、感謝すらしている。
そっと、彼女は両の手を合わせて再び目を瞑った。
…後悔は、ない。
けれども、ただ1つだけ…彼女の心を惑わせるものがった。
それは、どちらも大切であるが故の迷い。
家族を大切に想う気持ちと、イスト教への忠信が彼女を惑わせていた。それは、先日ルークに教国に逃げることを提案していた時も如実に出ている。
元々、彼女は自身の護衛対象である人物を心より崇拝していた。
それは、彼の人物がイスト教の至宝とも呼べる存在であったが故。そして更に、ルークと共に暮らすにあたっての一連の出来事で、彼女は益々その人物を尊敬していた。
それ故、彼女は自身に誓ったことがあった。
…自分の命に代えても守り、そして彼の人の心に沿い、願いを叶えよう、と。
けれども彼女にとって、子どもたちもまた、この上なく愛しき存在であり守りたい存在。
だからこそ、彼女は子どもらを教国へ逃すことを決めたと同時に、自身は着いて行けない身の上であることを思い出し悩んだ。
何せ、護衛対象であるその人はこの国から出て、別の国に移り住む事はほぼない。あったとしても、子供達と行動を共にするのはこの上なく難しい事だが。
…ならば、自分もこの国に残って最期まで守り通す。
けれども、子ども達をそのまま置いておくことはできない。…子ども達もまた、彼女にとっては守るべき対象であるから。
子ども達を教国へ逃がすというあの提案は、彼女が葛藤し悩み抜いた末でのものだったのだ。
今もまた、その壁にぶつかりつつある。
王国騎士団からの呼び出し…。これが単に王からの招集という“だけ”であったら、彼女に迷いはない。
ルークを迎えにきた騎士団の男たちは勘違いしていたようだが王国に忠誠を誓った覚えはない。それはつまるところ、彼女からしたら王もそこらにいる人物も何ら重みは変わらない。
ならば、家族を取るに決まっている。
けれども、仮に彼女の護衛する人物が噛んでいたとしたら…。
「…やっぱり、行きましょう」
彼女はそう、独り言を呟くと子供たちの様子を見た。
ルークが連れて行かれた不安からか、皆その頬にはうっすらと涙の跡が残っている。…きっと、眠りに落ちるまで泣いていたのだろう。
「せめて、良い夢を」
彼女は教会にとある魔法をかけると、教会を出て行った。




