誰も二人の主人に仕えることはできない
ルークが王宮に連れて行かれた頃…シスターは教会で、過去に思いを馳せていた。
…昔、昔。彼女は、ある使命を果たす為にこの国にやってきた。
それは聖イスト教国に生まれた者にとって、名誉ある職務であり、誰しもが憧れる役目。
それ故彼女は誇らしげに、この国へと入国を果たした。けれども、意気揚揚と入ったその先で…彼女はまず驚愕することとなった。
アルケディア王国は、大陸最初に興った国として、流石に歴史を感じさせられた。けれどもその歴史感じる街の至る所には、如何にもな浮浪者や孤児たちがいたのだ。
聖教国では、まず見ない存在。
何故なら、イスト教の使徒は神の下皆平等であり、それに則る教国では多少の貧富の差はあれども、誰しもが安全と文化的な生活を約束されているのである。
そんな教国出身の彼女に、その光景はあまりにも衝撃的だった。
…彼女はそれを見なかったことにして、逃げるように足早にその区域を通り越した。
それから、言い渡させられた役目を熟す毎日。彼女の役目とは、陰日向とある人物を守るという、所謂要人警護。自らの自由な時間などあまりなかったが、それに不満など勿論なかったし寧ろやり甲斐すら感じていた。
けれども。ふとした時、初日に見た光景を思い出しては感じる…罪悪感。
何故か。…あの光景を見て、逃げ出すように目を背けてしまったから。
何故か。…あの光景に、恐れを感じてしまったから。
けれども…とその問答を繰り返す度に、自分の役目は、あくまで警護であり、そこまで手を出せば内政干渉となって役目に支障をきたす、だからしょうがない事なのだ…とそんな尤もらしい理由で言い聞かせては見なかったことにしようと、蓋をして忘れようとする。
ただ、それでも時が経つにつれて自分で自分を誤魔化しきれなくなっていた。
…あの時、自分は逃げたのだ、と。何か出来たかもしれないのに。
それは、一般人なら当たり前のことかもしれない。
けれども、彼女は曲がりなりにも聖職者。
そしてイスト教の教義は、【神の下、人は皆全て平等。故に神は全ての人を愛し、全ての者に恵みを授けん】である。
彼女にとって、あの光景から目を反らすということは、その教義からも背を向けているのと同じことだった。
日に日に募っていく、罪悪感。
ついに、それを押し込めるることの出来なくなった彼女は、再びそれと向き合うことを決意した。
僅かばかりの自由な時間を使い、彼女は足早に過ぎた南東区域へと足を運ぶ。初日にほんの少し見て、驚き逃げた場所。…二度目だろうが、驚くことに変わりない。その街に到着した時1番に思ったのは、それだった。
彼女が滞在する北区と違い、そこら一帯は小さな建物が密集して昼間から影を落としていた。更に建築物が歴史がある故に、鬱蒼とした空気を感じさせる。
彼女は辺りをキョロキョロと見回した。
…その時、視界の端に信じられない光景が目に入ってきた。
大の大人が、青年と呼ぶにはまだ幼い子どもに、暴力を奮い続けていたのだ。
「…お辞めなさい!」
気がついたら、思わず彼女は自分の立場を忘れて声を張り上げていた。
子どもは意識を失い、ぐったりとしている。見れば、あちらこちら薄汚れ傷だらけだった。
「何故、このようなことをしているのです か?こんな、小さな子どもに暴力を奮うなんて…」
「そいつが俺のものを盗もうとしたんだ。正当な制裁だろう?」
一瞬、窃盗という言葉に彼女はたじろぐ。窃盗は国の法で処罰対象である上、イスト教の中でも侵してはならない罪として挙げられていたからだ。
けれども、すぐに意識を切り替える。
「だとしても、ここまでやる必要はなかったハズです。これは正当ではなく、過剰というものです」
睨みを効かせながらハッキリそう言うと、その男は面白くない…という表情を浮かべつつも、その場を逃げるように去って行った。




