すべての道で主を認めよ
「……もう少しだけ、お付き合いください。ルークの答えた通り、神は地上に暴虐が満ち溢れていた時に、巫女に鍵を授けました」
教典には、こう記されている。
…時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。人は争い、騙し合い、奪い合う。国が興り、そして滅び続けた。
そこで神は、時の巫女に言われた。
“わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう”
巫女は神に許しを乞うた。されど神の決心は固く、ついに世界は滅びの道を辿る。全てが水に飲み込まれ、地は抉られ罪と共に人も水に流れた。残されたのは、巫女と僅かな人々のみ。
そして神は最期に、慈悲をお見せになられた。
“人の子らよ、最後に一度だけ機会を与えよう。行いを良くし、地を和で満たせ。巫女に鍵を託し、私は眠ろう。もしも再び地が負で満たされた時には、求めよ。そうすれば、与えられるだろう。捜せ、そうすれば、見い出せるだろう。鍵をもち、門を叩け、そうすれば、開けてもらえるだろう”
シスターの口から紡がれるそれは、ルークがかつて読んだ教典そのままだった。彼はそれを、苦虫を潰したかのように顔を顰めている。
教典を読むには読んだが、話が抽象的過ぎて理解し難い。何より、初めてこの話を読んだ時には、カミサマが何で人を助けるだけでなく鍵を与えたのだとか、何故眠りについたのかだとか…ツッコミどころが満載で、負に落ちなかったのだ。
「……因みに、当時神より与えられた門と鍵は今尚信仰の拠り所として、人々に大切に受け継がれています」
「シスターは、見た事があるのか?」
「……ええ。教国の中心地にあるバルバロイ聖堂に門があるのは有名な事ですし」
「ふーん……教国に、ね。で、つまりシスターは、あれか?魔法の素が存在するから…門や鍵が存在するのだから、カミサマは存在するって言いたいのか?」
「ええ。魔法が存在し、門と鍵は確かにある…だから教典に記されていることは真実であり、神も確かにいらっしゃる。だから日々悔い改め、神への感謝と共に暮らしていこう…と。“かつて”の私はそう言っていました」
シスターは途中から、苦笑いを浮かべていた。
「ですが、貴方はそれでも納得できないでしょう?」
ルークもまた、笑った。
「そりゃそうだな。魔法のそれは辻褄を合わせただけだろうし。門と鍵があろうが、それは教典に合わせて、人が作ったものでしかないかもしれない。そもそも、教典も人が作り出した夢物語でしかない、なんて俺は思っちまうな」
「そうでしょうね。ですから私は最近…こう思うのですよ。【神は、信じなければ存在しないと】」
「ワケわかんねえ。あんたは、俺にカミサマを信じせる為に長々と話したんじゃねえのか?」
「いいえ。百の言葉を並べても、貴方が信じないと言えばそれは存在しないことになります。百の証拠を見せても、貴方が信じなければそれは偽物に成り果てます」
「…だから、信じてる者には存在し、信じていないものにとっては存在しないもの。そう言いたいのか」
「ええ。信じる、信じないはその人の自由ですから」
……ですが、とシスターはその言葉に更に言葉を続ける。
「長々とお話した話は、遥昔に書かれたお話。それが今尚残り、昔から語り継がれていたこと…それは、“事実”なのです」
そっと再び像の方に目を向けた。そして、目を瞑る。
「それは、つまりそれだけの人々が信じてきたからに他なりません。数多の人が、信じ…それを受け継いできたのです。ですから、そこに信じさせるだけの何かが神にはきっと、あるのでしょう」
反論しかけて…止めた。
神がいることを証明する根拠は、いくらでもある。先ほどからシスターが言う通り、聖書の文言、門や鍵、そして言葉を交わしたという巫女…。けれども、“いない”と証明する根拠はどこにもない。
ルークが会ったことがないから、誰も会ったことがないからといって、どこかにいるという可能性を否定することにはならないのだから。
そこから先は水かけ論であり、シスターの言う通り、信じるか信じないか。その二択を迫られているだけなのだ。
皆が信じているからといって自分が信じる気は更々ないのだが。
「俺に分が悪いな。まあ、あんたが信じてるっていうならそれで良いさ」
「ルーク…」
「俺はあんたが言う通り、百の言葉を聞かされても、百の物を見せられても信じる気はねえ。……俺が信じれるのは、シスター。あんただよ」
彼女は驚いたように目を見開いた。その反応に、彼は少し照れたように笑う。
「あんたが、人としての生き方を示してくれた。あんたが、家族をくれた。夢のような生活を、一つずつ与えてくれた。…だから俺は、あんただけは信じれる」
「私には、過ぎた言葉です」
そう言いつつも、シスターは泣きそうな…そんな笑みを浮かべていた。彼もまた、そんな彼女を見て微笑んだ。
「……だからさ、シスター。いい加減、身体を休めてくれよ。あんたが倒れたら、俺が困る」
「ええ、そうですね……。貴方は、それを言う為にワザワザ探し回って来てくれたのでしょう?」
「ま、まあな…」
ルークはどもりつつも肯定し、立ち上がった。彼女もまた、そんな彼の後ろを追って行った。




