自分自身の感情を赦すな
…その日も、ルークは帰宅した筈の彼女がいなくて探し回っていた。
「シスター、どこにいるんだ…って、またこんなところにいたのか」
彼は少しばかり呆れたように、言った。彼女は組んでいた手を解き、立ち上がる。
「こんなところ、とは何ですか。ここは神聖なる礼拝堂ですよ」
「俺にとっちゃ、堅苦しいだけの場所だよ。あんたもあっちこっち飛び回ってるんだから、そんなことしてないで休めば良いのに」
それは偽りのない、彼の本心だった。丁度、その時は乾季から雨季へと移り変わる肌寒い時期。
礼拝堂は石造りの上、彼女は直に床の上に膝立ちして祈る為、身体が冷えやすい。連日働く彼女の体調を、彼なりに気を使っていたのだ。
「ルーク。気持ちはありがたいのですが・・・それ以上はいけませんよ」
彼女は、彼の言葉の裏にある意味を汲み取って、困ったように笑っていた。
「わりいな。俺はどうも、カミサマっつうやつを信じれねんだよ」
「ルーク……」
ルークは顔を歪めてそう言った。その表情は、皮肉めいた歪んだどす黒い感情を如実に表している。
「もっとも、信じてたところで俺は救われねえだろうな。俺はカミサマからみたら、立派な罪人らしいしな」
シスターは、否定をしようとして…けれども口を閉ざした。
確かに、教義に則れば彼は立派な罪人だ。教典で戒めるべきものとして定められているもの…それは十の行為。
【わたしのほかに神があってはならない】
【あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない】
【主の日を心にとどめ、これを聖とせよ】
【あなたの父母を敬え】
【殺してはならない】
【姦淫してはならない】
【盗んではならない】
【隣人に関して偽証してはならない】
【隣人の妻を欲してはならない】
【隣人の財産を欲してはならない】
この内、破っていないものといえば姦淫や妻を欲するということぐらいか。
「そんな顔をするなよ。俺はカミサマなんか信じてねえんだ。だから、関係ねえ」
シスターの暗い表情を見て、ルークは微笑んだ。
それでも、シスターの顔色は晴れない。彼は軽くため息を吐くと、数ある長椅子の中で1番前の椅子に腰掛けた。
そして手を組み、彼女・・・シスターのように祈ってみた。ただし、彼のはあくまで“真似事”だが。
こうしてみれば、多忙の中それでもここに来る彼女の気持ちが少しは共感できるかと思ったが・・・やはり、何も感じることはなかった。
「…。なあ、シスター。カミサマって、本当にいるのか?」
「ええ…神はいます」
いきなりの彼からの質問に、けれども彼女は迷いなく答えた。彼も彼女がそう答えると、分かっていたが……予想通り過ぎる質問に、彼は苦笑いを浮かべた。
いったい、自分は何を聞いているのだか。そんな気持ちが、その苦笑いには込められていたのだ。
どんな素晴らしい言葉や理由を聞いたところで…信じる気など、ないのに。
どんなに願っても、祈ってもそれでもそれが届くコトなどないことを、彼は“知っている”のだから。
結局、自分でどうにかするしかなかった。
そして自分でどうしようもない時は…それは、ただそれだけのこと。そうして、いくつのことを諦めてきたのだろうか。
そんな彼だからこそ【神の下、人は皆全て平等。それ故神は全ての人を愛し、全ての者に恵みを授けん】というイスト教の言葉は、正に絵に描いた餅だと感じるのも仕方がなかった。
「……少し、その話をしましょうか。ルーク、貴方は天地創造の話は知っていますよね?」
「……ああ。神様が七日間で世界を作ったってヤツだろう?」
勉強の一環ということで教典も読破している彼は、難なく答える。
「そうです。流石ですね、ルーク。では、マナの下りは?」
「……確か、神様の力が地上に注がれたことによって生じたエネルギー…だったっけか。それが、魔法の原動力にもなるんだよな」
魔法は大気中に存在するマナを操ることで発動する、そのマナを感知し、操ることができるのは100人に1人いるかいないか。戦時中の現在、各国では大きな力を持つ希少な魔術師をこぞって囲い込もうと躍起になっている。…という訳で、どこにいっても魔術師の待遇はとても良いらしい。
「そうです。…では、鍵と門の下りは?」
「……確か、地上が争いに明け暮れた時にカミサマが巫女さんに授けたって話だっけ?さっきからそんな質問をしてどうしたんだよ」




