真実の王に仕えるは、至上の喜び
自然災害とは厄介なもので、その瞬間はもちろんのこと、通り過ぎた爪痕も放っては置けない頭の痛い問題だ。
復興支援や人員確保は喜んでするが、混乱に乗じて他国から野盗まがいの奴らが侵入してくることもある。我が国はエイネム様のお蔭でずいぶん得させていただいているが、やっかみも勿論あるため変な輩に目を付けられやすいのだ。
こちらはそんな忙しい中、シェール姫の体調が安定していると聞いてご機嫌伺いに来たというのに、この屋敷の主たる御方のご機嫌は麗しくないらしい。
「で。どうしてエイネム様は、シェール姫と仲直りしたのに上機嫌じゃないですか?」
『うるさいっ』
「うわっそんなに怒鳴らないでも、いいじゃないですか。頭がぐわんぐわんしますよ」
『お前が、減らず口叩くから悪い』
どうやらエイネム様は、ラブラブ姫と過ごしたかったらしいが、ランツェに阻まれてしまったらしい。滋養にいいものを作るのだと言って、エイネム様の苦手な香りの強い香草で料理中らしい。これは機嫌が悪くなっても、致し方がないわけだ。ただでさえキッチンへの入室は断られているのに、香草の香りで近づくことも出来ないのだろう。だいぶ離れたこの部屋でも、時々鼻を引きつかせてはシェール姫のご愛用のクッションに鼻を埋めて苦しんでいる。自分の好きなにおいでごまかしたいのかもしれないが、その様は本当の犬に見えるからお勧めしない。
『そもそも我は、シェールと喧嘩などしていないんだ。ただちょっと、彼女とすれ違いがあって、お前の母親がでてきただけで……。第一、それだって、』
「あぁ。もはや悪戯がバレて、ただいじけている飼い犬にしか見えない」
「ジェド様、お茶でも飲んで落ち着いてください。そんなに大きくて、良くしゃべる犬はいません」
「嗚呼。シェール……」
「ランツェ、それは小さくて喋らなければ、犬と変わらないと言っているよね?」
「あら、嫌ですわジェド様。私には恐れ多くて、とてもそこまでは言えません」
「あっ、ランツェ裏切ったな!」
「うるさいぞ、ジェド」
いつもの水がくるかと思いきや、顔面に思い切りクッションが当たって、あまりの衝撃にうずくまる。どうやら最近は、水に飽きて風を操るようになったらしい。
時にはクッションをぶつけられ、時には強風で後ろに吹きとばされる。
今だって心憎いことに、姫お気に入りの物は使わずやるところが、本当に腹立たしい。
「あら。ジェド様は、その柄のクッションがお気に入りですか?」
「シェール!ようやく出て来てくれたのか」
「うぎゃっ」
わざとなのか偶然なのか、姫に近寄ろうとしたエイネム様に足を踏まれ、再び悶絶する。一般的な大型犬の三番はあろうかと言う巨体に踏まれれば、人たまりもない。
今日は踏んだり蹴ったりだとため息をつく俺の横で、エイネム様たちは幸せそうだ。
「待たせてごめんなさい、エイネム。ランツェ特製のドリンクは軽い病気くらい吹き飛ばせるから、教えてもらっていたの」
「そうだったのか」
「えぇ、エイネムには香りが強すぎるみたいだけど、これでしばらく元気でいられるはずよ」
「シェールが元気になるなら、我のことなど捨て置いてくれ」
「心配してくれて、ありがとう」
「いいや、我がシェールを心配するのは、当然のことだ」
今にも抱きつかん勢いのエイネム様を、姫は嬉しそうに見つめている。そんな彼女をみて、更に尻尾を激しく振るという繰り返しで、いつもの如く二人の世界に落ちていく。
一時期はすれ違っていた様子で心配していたが、こうも仲が良いとげんなりする。
「あーあ、エイネム様たちは、放っておくとすぐこれですね」
「私からしたら、ここに初めて足を踏み入れてからずっと、エイネム様はあんな調子ですわ」
「あーあ、もういっそ結婚式でも開いて、世界中に仲の良さをアピールしてはどうですか?」
やっかみ混じりの呆れ顔でいえば、喜ぶか姫を大衆にさらすなんて冗談じゃないと怒るかと思っていたのに、帰ってきたのは予想外の反応だった。
「な、なんですか。そんな真顔で……」
「結婚相手を決めなければならないのは、ジェドの方だろう」
「えっ!」
一瞬にして、自室や政務室に積まれた釣り書きの数々を思い出す。
どうやら、この地位についてから落ち着いたと思ったのか、最近ではやれ正室はいつ決めるのだ。せめて側室を増やせだの、いろいろうるさい。正直、まともにあったことがない側室だっているくらいなのに、更に増えたら何人いるのかすら把握しきれない。
「ど、どうしてエイネム様がそんなことを……」
「お前の母親には、今回世話になったからな」
にやりと笑ったエイネム様は、どうやら前々から知っていたらしい。
シェール姫まで、「お母様を早く安心させなければいけませんね!」なんて援護射撃をしてくるのだから、たまったものではない。
「そうですね。ジェド様にはすこしでも早く、お世継ぎ問題を解決して頂かなければ」
「わっ、ジェド様のお子様なら、きっとかわいいでしょうね」
「そうね、きっと顔は間違いなく良いでしょうね」
ランツェの嫌味交じりの言葉にも、反論する余裕がないほど動揺した。
うっかり、自分の子ども同様エイネム様たちにこき使われている様を思い浮かべてしまった。
「これからもよろしく頼むぞ、ジェド」
「本当に、よろしくお願いしますね。ジェド様」
何故かぐっと来たものを無理やりの見込み、固まった顔を無理やり動かす。
「―――こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は本当に、この方々にかかわることが出来て幸せなのだと実感した。
長らくお世話になりました。
これにて、完結とさせて頂きます。