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守衛室で警察手帳を提示し、用件を告げると、光と音無は校内へ足を踏み入れた。
「入れましたけど……」
灰色のタイル敷きの通路を校舎へ向かって歩きながら、音無が口を開いた。
「光さんは、何を聞くつもりなんですか」
「うーん……」
光は頭を掻いた。
「とりあえず、当時の担任に会いに行こう」
「え?それって、今調べていることと関係あるんですか」
「こういう手がかりは、長年この学校を見てきた人に聞くのが一番だ。周辺を探し回ったって、何か出るとも思えない。あとは、まだここにいてくれることを祈るだけだな」
しばらく待ったあと、二人は応接室へ通された。
職員室の扉から姿を現したのは、銀縁眼鏡をかけた六十代半ばほどの男性だった。定年後も再任用でこの学校に残っているらしい。白髪の混じった髪に、ゆるやかな足取り。それでも、眼鏡越しの眼差しには若い頃と変わらない芯があった。
あれから九年。
光は、大森先生が自分を覚えているとは思っていなかった。自分のほうでさえ、先生との記憶はおぼろげだ。
それでも大森先生は、光を見るなり名前を呼んだ。
「おや、泉上くん……」
大森先生の声には、懐かしさと喜びが滲んでいた。目を細めて笑うと、その目尻には深い皺が刻まれた。
光と音無は揃って深々と頭を下げた。
先生は音無にも目を向け、見覚えを探すようにしばし顔を見つめた。だが、思い出せないらしい。
音無は姿勢を正し、柔らかな笑みを浮かべた。
「僕は泉上くんと同級生です。当時は一か月ほどしか在籍していなくて、そのあと別の学校へ転校しましたから」
先生は眼鏡を押し上げ、申し訳なさそうに頷いた。
しばらく会話を交わすうちに、自然と当時の学校生活の話へ移っていった。
大森先生は向かいに腰を下ろし、懐かしそうに光を見つめていた。
泉上光は、昔から人の記憶に残る少年だった。整った顔立ちもさることながら、危ういほど真っ直ぐで、黙っていても周囲の目を引いた。社会に出てからは尖った部分もいくらか影を潜め、周囲に合わせて自分を抑えることも覚えたが、先生の中には、あの頃の姿が今も鮮明に残っているらしい。
「いやあ、あの頃は君と小清水澪さんのこと、本当に大騒ぎになったねえ……」
その言葉を聞いた瞬間、光の背筋が強張った。
音無は表情を変えることなく、大森先生の話に耳を傾けていた。
だが、先生は二人の間に生まれたわずかな沈黙に気づくことなく、遠い記憶を手繰り寄せるように話を続けた。
「小清水さんは、なにしろあの小清水判事のお嬢さんだからね。君のお父さんにあんなことがあってからというもの、小清水家は君のことを本当に気にかけていてね。職員室では、まるで君を婿養子にするつもりなんじゃないかって、冗談交じりに話していたくらいだよ」
「うっ……」
光は膝の上で握った手に、無意識に力を込めていた。
音無は相変わらず、いつもの笑みを浮かべていた。
その表情とは裏腹に、視線だけは時折、光へと向けられていた。
「君も覚えているかな。あの頃は本当に大騒ぎだったね」
先生は何気なく音無に話を振った。
音無はわずかに首を傾げ、静かな声で答えた。
「……僕は、その頃のことを知りませんでした。もう転校していましたから」
「ああ、それは残念だったねえ。あの頃は本当に、学校中の噂になったものだよ。二人はしばらく本気で付き合っていたしね……なにしろ警察官の息子と裁判官の娘だ。誰が見ても、お似合いの二人だったよ」
大森先生は、光のわずかな変化にも気づかず話し続けた。
「今思えば、君と小清水さんが結ばれていたら、ご両親のような夫婦になっていたかもしれないねえ」
光は呆然と顔を上げた。
「先生……父や母のことをご存じなんですか」
「君のお父さんなら、よく知っているよ。私が教師になったばかりの頃に受け持った生徒でね、とても印象に残る子だった。――君とお父さんは、本当によく似ている。どこへ行っても人の心に残ってしまうところまでね」
大森先生は遠い記憶を辿るように、小さく頷いた。
「君のお父さんの結婚式には、私も参列したんだ。美咲さんは、本当に素敵な人だったね。綺麗で、品のある人で……。あのときは、二人が並ぶ姿を見て、本当にお似合いだと思ったものだよ」
そう言って、大森先生は懐かしそうに目を細めた。
光と音無は、ちらりと視線を交わした。
「父の……卒業アルバムを、見てもいいですか」
「もちろん」
先生は立ち上がると、脇に置かれた古びたスチール製の書庫へ手を伸ばした。
いちばん上の引き出しから取り出したのは、表紙の擦れた古い卒業アルバムだった。
先生は最初のページを開き、そこに挟まれていた色褪せた写真を、慎重に抜き取った。
「ほら、君のお父さんは、この人だよ。何年経っても、ひと目でわかる。君とお父さんは、本当によく似ているね……」
だが、二人が見つめていたのは、先生の指先ではなかった。
二人は、泉上一の隣に立つその少年から、視線を逸らすことができなかった。
学ラン姿で、髪をきっちりと七三に分け、少しはにかんだように笑っている。隣でまっすぐ前を見据える泉上一とは、対照的だった。
写真の中で、少年は泉上一の肩に手を回している。
音無はその少年の顔から、写真の下へ視線を落とした。
そこに記された名前を、声に出して読んだ。
「……大場、譲治……?」




