表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Myosotis 〜 過去は、まだ引き金を握っている 〜  作者: Bpch


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/31

3

警視庁・合同捜査本部。


本庁舎に合同捜査本部が置かれること自体が異例だった。

会議室には捜査一課だけでなく、公安の幹部たちまで集まっていた。隅ではSAT隊員たちが無言のまま席に着き、独特の緊張感を漂わせていた。

警察学校以来ほとんど顔を合わせていなかった連中が、あちこちで輪を作って話し込んでいた。


泉上光は軽く身をかがめながら混み合った座席の間を抜け、椅子へ腰を下ろしかけたところで、背中を軽く叩かれた。

振り返った光は反射的に頭を下げた。


「小林主任」


小林拓也。

準キャリア出身の警部補で、光の班長だ。

階級だけなら光の方が上だが、現場経験では比べるまでもない。

現場勤務を続けている以上、こうした会議では後方の席に回される。


年季の入った刑事たちと比べれば、光にはまだ若さ特有の鋭さが残っている。

悪く言えば青い。良く言えば擦り減っていない。

小林はそういう青臭さを嫌いではなかった。

もっとも、その青さも若手なら誰もが通る道なのだが。


「昨日は大変だったなぁ。とんでもない事件が起きちまってさ。

ところで、誰か連れてきてただろ?

プライベートに口出す気はないが、その辺は気をつけろよ」


「すみません。気をつけます」


「つうか、朝っぱらから姿を消して、一体どこ行ってたんだ? 

また公安の先輩んとこか?」


今の刑事部と公安部の空気を考えれば、自分の行動は確かに軽率だった。

光は何も言い訳せず、ただ頭をさらに下げる。

だが小林は気にした様子もなく、ひらひらと手を振った。


「まあ、そうだよな。キャリア様がいつまでも現場に居座ってるのも変な話だ。 異動、異動。 警察庁に戻って、玉露茶でも飲んでりゃいいのによ。総務は何考えてんだか」


「勘弁してくださいよ、主任。俺が頼み込んで残してもらってるんですから。

現場にいた方が性に合ってるんです。足元を固めておかないと、どこへ進むにしても始まりませんし」


そう言って光はわざと腰に手を当ててみせた。

場を和ませるつもりだったが、自分でも苦しい誤魔化しだと思う。


「……前課長の件か?まだ追ってるのか?」


「……まあ。けじめはつけたいんです。親父のためにも、自分のためにも」

――もう、本人は見つかったけどな。


そんな言葉は胸の内にだけしまった。

小林はそれ以上触れなかった。


「なら、今日の話はちゃんと聞いとけよ」


「どういう意味です?」


その時だった。

会議室の扉が唐突に開く。

ざわついていた空気が一瞬で静まる。


慌てて全員が席へ戻る。

光も椅子を引き、警察手帳を取り出しながら前方へ目を向けた。


そこには捜査一課長の山葉正人の姿があった。


課長まで来ている。


思わず背筋を伸ばした。大事件の匂いだった。

現場の刑事だけが持つ、あの嫌な高揚感。


山葉の視線が会議室を見渡す。

ほんの一瞬だけ、光に向けられる。


「起立!」


小林の号令が飛ぶ。


全員が立ち上がり、敬礼し、着席する。

室内は完全な静寂に包まれた。


管理官はホワイトボードの前へ進み、事件の概要説明を始めた。


説明を聞きながら、資料をめくった。

ページをめくる手が止まる。

気づけば、指先が同じ一文をなぞっていた。

――使用弾薬、.300ウィンチェスター・マグナム。

――推定射距離、五百メートル以上。


……いや、これ組対の案件だろ。だからSATまで呼ばれているのか。

同時に、妙な納得もあった。

これほど悪質な事件なら、どこの部署も他人事では済まない。

だから公安もSATも捜一も引っ張り出され、合同捜査本部まで立ち上がったのだ。誰も逃げられない。


とはいえ、主導は捜査一課らしい。平沢管理官が説明役を務めている時点で明らかだった。


光は頭を掻きながら資料をめくった。

次に出てきたのはSATが作成した現場再現図だった。


高層ホテルのスイートルーム。

弾道。

射角。

そして狙撃地点の候補。


その瞬間、九年前の現場が脳裏をよぎった。

父が撃たれたあの日。


――似すぎている。

光は無意識に資料を握り締める。


課長が顔を出すのも無理はない。


そう思った瞬間、光はちらりと上座へ目を向ける。


山葉正人は腕を組み、険しい表情のまま前を見据えている。


やがて各班に任務が割り振られた。

小林班は被害者の交友関係の洗い出しと現場周辺の防犯カメラ映像の洗い出し、公安は海外情報と政治的動機の調査、SATは狙撃手の行動分析と狙撃地点の再検証。


ボールペンをカチリと鳴らし、こめかみを掻く。


ようやく会議が終わる。人の流れが一斉に出口へ向かった。

光も立ち上がり、小林のもとへ向かった。


「いやぁ……厄介だなぁ」


ぼやく声が聞こえてきて、思わず笑ってしまう。


「主任、正直なところ、これ俺らの仕事ですかね」


「ん?」


「俺らって、防犯カメラとにらめっこしたり、足で稼いだりするのが仕事じゃないですか。こんなの、どう見てもヤクザ絡みの案件でしょう。俺らが掘ったところで、何か出てきますかね」


「さあな。俺に言われても分からん。

でも上は捜一っぽいって思ったんだろ。お前の親父さんの件とも似てるし」


光は黙って聞いていた。


「上も相当ピリついてる。今度こそ迷宮入りにはするなってな」


小林は苦笑する。


「で、気がつけば公安もSATも捜一もまとめて引っ張り出されてる」


「巻き添えですね」


「そういうことだ。結局、しわ寄せは現場に来る。

まあ、せめて本気でやってるって形くらいは見せたいんだろうさ」


そこまで言うと、小林は声を潜め、資料で口元を隠した。


「まあな。これでも死んだのが警備会社の社長でよかったんだよ」


「はい?」


「もし相手が管理官クラスだったら、この会議の議長は警視総監だ。うちの課長なんか最後列で議事録係だぞ」


光は吹き出した。


「主任、主任、それだいぶ不敬じゃないですか。監察にチクりますよ。」


「ぜひ行ってくれ。停職になれば長期休暇だ。たまには家族サービスでもするさ」


「奥さん喜びそうですね」


「どうだかな。最近は仕事と結婚しろって言われてる」


「うわ……」


人波が少し落ち着き、二人は廊下へ出た。


「にしても、公安の連中も随分来てましたね。組対だっているのに、何しに来たんですか」


「ああ、それがな。ちょっと面白い話なんだ」


小林は資料をぱらりとめくった。


「この前、警察法の改正案が通っただろ。

今は警備局とサイバー側が組んでるようなもんだ。刑事部はだいぶ押されてる。

表向きはサイバー対策の強化って話だが、本音は別だろうな」


「主導権争い、ですか」


「そう。ネット関係を全部まとめて、自分たちで握りたいんだろ。

ウチにだって国際組織犯罪捜査課はあったが、結局は昔ながらの刑事だ。

聞き込みや張り込みは得意でも、ネット関係は専門外だからな。」


話しながら歩いているうちに、二人は階段の踊り場へ出た。

行き交う警察官たちの邪魔にならないよう、自然と壁際へ寄る。


「今回みたいに狙撃が絡んで、裏に組織がいるかもしれねえ案件なら、ネットは情報の宝庫だからな。公安の連中が嗅ぎつけねえはずがない。課長もその辺を見てるんじゃないか?」


「なるほど」


「ま、詳しくは知らん。上の連中の考えることだからな」


「で、俺らの役目は?」


「気合いじゃ負けねぇぞって、公安のエリート連中に見せつける役目だよ。

現場叩き上げの俺らを、あいつらに舐められてたまるか」


小林は資料を軽く振った。


「そんなもんですか」


「そんなもんだ。会議じゃ情報共有だなんだって言うが、結局みんな情報は出し渋る。

どっちかが隙を見せりゃ、そこを突いて足元をすくう。

警視庁の伝統みたいなもんだ。係同士だってそうだ」


そして光の肩を軽く叩く。


「だからお前も、変なところで公安寄りになるなよ」


その瞬間、スマホが震えた。

登録のない番号。

それでも、出る前から嫌な予感がしていた。


通話を取る。


『――光さん、これから――』


プツッ。


光は無言のまま通話を切る。


「誰だ?」


「……間違い電話です」


「昨日お前の車に乗ってたヤツじゃねぇの?」


光は答えない。

直後、再び着信音が鳴った。


深く息を吐く。

小林へ軽く頭を下げると、光はそのまま足早に廊下の奥へ消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ