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「つまり、公安を納得させて匿ってもらうだけの価値がお前にはあるってわけだ。狙撃の技術、それがテメェの切り札か。少し読めてきた」
頭の中で手がかりを繋ぎ合わせると、光はまたも捲し立てるように口にした。
「俺たちの推理の方向性が正しいなら――お前は裏切った。
Styxはお前を取り戻したい。だがお前は公安を後ろ盾につけやがった。
生け捕りは難しく、かといって殺すのは割に合わない。
だから大場譲治の死をでっちあげ、お前を追い詰めて戻るしかなくさせた。
大場譲治はStyxの人間か、あるいは組織の脅威になる存在で、とにかく死んだ。
そしてお前は昨夜、無理を言って俺に会いに来た。
アリバイを作り、俺を証人に仕立て上げるためにな」
「……それだけじゃありません。一番大事な理由は……本当に、光さんに伝えたかったからです。泉上さんについての真実を」
声を潜めて付け加えた。
「だが、そこに矛盾がある。
まず、公安の庇護を受けたなら、奴らがもっと公式なアリバイを提供できたはずだ。
次に、なぜ事件前夜にStyxの動きがわかった?
しかも、Myosotisの手口を真似るってことまで。予知能力者かよ」
「二つのご質問ですね。
まず一点目。公安が利害を天秤にかけた末に、より多くのStyxの情報を引き出すため、あるいは言語化できない取引のために、僕という駒を選択的に犠牲にする可能性を否定できませんでした。
情報部はそういうやり口を常套手段としています。ですから僕はこういった事柄に関して、まず嘘をつかないであろう第三者による証言を必要としました。
公安システムと繋がりはあるが、完全には掌握されておらず、かつ僕に直接の恨みを持つ刑事——」
そこまで言うと、音無は光を見た。
「僕も光さんと同じで、公安をそこまで信用していなかったということです」
「はあ、余計なことを言うな。仲違いさせようってか」
「ご安心ください。今の僕の心拍数は五四前後を維持しています。この首輪が自動録音・送信モードに入ることはありません。
それに、刑事が公安を信用していないなんて、さほど珍しい話でもない。
井上さんの面と向かって言っても、彼は侮辱されたとは思わず、ただ『もう少し言い方を考えろ』と呆れるだけでしょう。」
光は肯定も否定もしなかった。
「二点目の、なぜ僕が予知できたのかというご質問ですが……
厳密には、僕にも確信はありません。
ただ、僕はかつてStyxで情報官をしていた時期があります。
等級は高くありませんでしたが。
昨夜の情報はおそらく、僕がStyxを抜けた後、組織から引き出せた最後の情報でした」
――お前、一体いくつの顔を持ってやがるんだ。いっそStyxの創設者とでも名乗れよ。
喉元まで出かかったが、音無がそれを口にした時、微塵も誇示する様子がなかったので、
光はその言葉をぐっと飲み込んだ。
車は徐々に速度を落とし、街灯もまばらな通りへと入っていく。
やがて、築年数の古い五階建てのビルの前で停車した。
繁華街の外れに位置するこの廃ビルは外壁が剥がれ落ち、割れた窓も多く、入り口には規制線が張られたままだ。
どうやら権利関係のトラブルで何年も放置されているらしい。
光はゆっくりとブレーキを踏み込み、ギアをパーキングに入れた。
「じゃあ、俺を信用してるってのか?
俺が、お前に罰を与えるために、決定的な瞬間にアリバイを否定しないと思って?
お前みたいなクソ野郎にちょっと痛い目を見せるためなら、俺だって平気で嘘をつける。
怒りや憎しみってのは、時に記憶にだって影響するんだぜ?」
「少なくとも、マンション近辺の監視カメラは嘘をつきません。
そして何より、僕は光さんに泉上さんについての真実を伝えたかった。
それだけが僕にできる償いですから。
すべてを知った上で、それでもなおこの殺人の罪を僕に着せたいとお考えなら仕方のないことです」
音無はまっすぐに光を見据えた。
「Styxだの、他の連中だのに好き勝手されるくらいなら、僕は光さんに決めてもらった方がいい。たとえその命運が望まないものであったとしても」
「……降りろ。シートベルトに首輪を引っ掛けるなよ」
「ふふ、はい」
旧いビルが闇の中に沈むように佇んでいる。
「SATが推測した狙撃点ってのは、このビルの屋上か?」
音無は車を降りながら、トランクからケースを取り出しつつ尋ねた。
「弾道シミュレーションと現場の視野分析が、この一帯を指している。このビルはそのいくつかの候補地点の一つだ。
廃墟で権利関係も複雑、管理が杜撰なため潜入と撤退が容易だと見られて、SATは重点的な容疑場所としてマークしてた」
光はタブレット端末を取り出し、ロックを解除して画面を表示させた。
「だがな、俺は人の報告を待つより、まず自分の手で情報を掴む主義でな。
ちょうどいい。隣にはお前みたいなSSS級のスナイパーがいる。使える手は全部使う」
そう言って、タブレットを音無に手渡した。
音無は表示された弾道軌跡のシミュレーションや、様々な角度や距離から割り出された計測データに目を通していく。
「なるほど。SATの技術分析はプロフェッショナルだ。モデルの構築にも問題はない。
もし犯人がMyosotisに近いスタイルの狙撃手なら、このビルは確かに候補リストに載るでしょう。ですが……」
「ですが?」
「本物のMyosotisなら、おそらくこのビルの屋上を狙撃ポイントには選びません。
屋上は視野が開けている代わりに、身を晒すことにもなる。
撤退も厄介になる。それに地図を見る限り、近くに建設中の商業ビルがあって、このビルよりもずっと高い。
もし夜間の警備員が常駐していれば、肉眼でも確認されかねません。あまりにも露骨すぎる」
「というと、ここは第一現場じゃない?」
「そう考えています。
私たちの推理が正しければ、犯人の主目的は殺しそのものじゃなく、罪を着せることだ。
そうなると、完璧ではないけれど、自身の隠密と撤退を絶対に保証できる地点を選ぶはずです。
とはいえ、これも僕の推測にすぎません。より明確に判断するなら、やはり上に――あっ」
言いながら、うっかりタブレットのロックボタンを押してしまい、画面が暗転する。
「あ、すみません」
音無がタブレットを光に差し出した。
「……0613」
「え?」
「ロックの暗証番号だ。0613」
「……はい」
番号を入力すると、すぐに地図と弾道シミュレーションが表示された。
しかし、音無の気持ちはもうそこにはなかった。
「……覚えていてくれたんですね。僕の誕生日ですよね?」
「はっ。イトーヨーカドーの決算セールの日だ、たまたまだ」
「……何ですか、それ」
音無が俯く。
こいつが今にも泣き出すんじゃないかと、光が思った。
――くそっ、恥ずかしいのはこっちの方だろ!
九年前に消えた恋人を未だに引きずって、独り身のままで、おまけにタブレットの暗証番号まで相手の誕生日だなんて!
無性に気まずくなって、ごまかすように顔をゴシゴシとこすったが、他に何も言えなかった。
音無はタブレットを胸に抱き、深く息を吸い込んだ。
「……とにかく、一つずつあたってみましょう」
張り詰めたまま、二人は階段に足を踏み入れた。




