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冷徹軍医の最愛嫁~無能の妻は、夫の愛に気付かない~  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第十二話

 司令室に満ちた千鶴の言葉にいち早く反応したのは小夜だった。


「自己申請だけでは信じられません。そもそも千鶴は無能者のはずです」

「薬師寺の言い分ももっともだな」


 久我が深く頷き、紫苑へと目を向ける。

 心得たと言わんばかりに紫苑は手のひらを突き出した。


「今から靄を可視化させるため異能を使う。皆も知っての通り、僕の異能の1つで害はない。ただ靄が見えるようになるだけのものだ。異論はあるか?」

「……ありません」


 集められた将官たちは問題ないと頷いた。

 小夜も渋々であるが了承を返す。

 すると紫苑の手のひらから青白い光が広がり、室内を包んだ。


「うむ。僅かだが将官たちに靄が見えるな。奥方と彼らに面識は?」

「はい。確かに祝勝会の際、千鶴とともに挨拶をさせてもらいました。ですがそれだけです」

「そうか。して奥方」

「は、はい」

しんに異能があると言うのならば、彼らに巣喰う妖毒を浄化してみせよ」


 久我の重々しい命令に、千鶴はこくりと頷く。


(異能の使い方は紫苑様に教わったもの。ちゃんとできるはず)


 紫苑に握られた手を名残惜しげに離される。

 シワの寄った眉間が千鶴を心配だと言わんばかりだ。

 そんな僅かに揺れる浅葱色の瞳を見つめた千鶴は、力強く頷いた。

 両目を閉じて、神に祈るよう力を込める。


(水をゆっくり広げるように、力を伸ばして……)


 体内に流れるそれを体外に広げると、白い光が部屋を満たしていく。

 室内に異能が少しずつ広がるにつれ、将官たちから漂っていた赤黒い靄が抵抗するように千鶴へと向かってきた。


「久我総司令官。抜刀許可を」

「仕方ないな。いいだろう。許可する」


 許可を得た紫苑が部屋の中心へと飛び出る。

 跳ねるように前に出た紫苑は千鶴に襲いかからんとする赤黒い靄を抜刀の勢いのままなぎ払った。

 靄が半分に割れ、再び千鶴へと向かおうと動き出す。

 しかし、千鶴の異能が室内に充満したことで、赤黒い靄は四散し、跡形もなく消えた。

 消失を確認した紫苑が血振りをした刀を鞘へ収める。

 誰もが息を潜める中、口を開いたのは久我だった。


「結果は出たな」


 その言葉に、千鶴はそっと目を開ける。

 どれほどの力を使用したのかを証明するように、千鶴の額に汗が滲んでいた。

 達成感と倦怠感が入り乱れた千鶴の息は少し荒い。

 部屋の中心に立つ紫苑が千鶴の元へと歩みを進める。


「大丈夫か」

「っ」


 紫苑の声に、返事をしようとして、千鶴は息を呑んだ。

 視界に飛び込んできた光景から目が離せない。

 ひりつく喉は言葉の出し方すら忘れてしまったかのようだ。

 返事をしない千鶴を不思議に思ったのか、紫苑が千鶴の視線を追う。

 紫苑が振り向くと、そこには普段通り完璧な微笑みをたたえた小夜がいた。

 ただ普段と違うのは、小夜からほんの僅かに赤黒い靄が滲み出ていることだ。


「千鶴が異能者だなんて、喜ばしいことだわ。本当にそんな異能があるのなら、ですが」

「薬師寺。何が言いたい」


 人のいる場面での棘のある言葉は、普段の小夜からは考えられないものだ。

 がたりと立ち上がった紫苑が小夜を睨む。

 どうやら彼にも靄の存在に気がついているらしい。


「千鶴と接触した人達が妖毒に感染した。その妖毒を治したのもまた千鶴……という現状に違和感があるだけです」

「自作自演をしていると申すか」


 久我の問いに小夜はあっさりと頷いた。


「千鶴は私の妹ですから、誰よりも知っているつもりです。千鶴は病弱故に床に伏せており、私すら治せぬほどでした。ですから、どうして今になって健康に過ごせているのか不思議でしかたありません。それがあやかしとの繋がりでも不思議ではないかと」

「まったく。薬師寺の言葉は回りくどいな。つまり奥方はなんらかの方法で健康体を手に入れた後、妖毒を飼い慣らし、妖毒に感染したようにみせかけている……ということか」

「……言葉を選ばなければ」

「そうか。東雲軍医総監。顔が怖いぞ。言いたいことがあるのなら述べよ」


 久我が静かに紫苑へと目を向ける。

 紫苑は大きなため息をつくと、ゆっくりと口を開いた。


「妖毒を浄化しようとした千鶴へ靄が襲いかかろうとしていたのはどう説明する?」

「制御が完璧とは限りません。暴走することもあるでしょう」

「暴走、ね」


 小さく笑った紫苑が冷ややかな目を小夜へと向ける。


「ならなぜ千鶴だけが狙われていた? 暴走であるなら、この場にいた全員が襲撃を受けても不思議ではないはずだ」

「ふむ。して、薬師寺。東雲軍医総監の言い分に筋が通っていると思うが」

「そ、れは……千鶴が自作自演をしようと調整したからでしょう」

「調整ができるということは、制御できていると同義だろう? 先ほど暴走だと言っていたはずだが」

「っ!」


 矛盾に気がついたのか、小夜が唇を噛んだ。

 言い淀んだ彼女に久我が告げる。


「さて、話はついたな」

「お、お待ちください! 千鶴は、千鶴は無能者なのです! 妖毒に対抗する術など持つはずが……」

「先ほど浄化してみせただろう。くどいぞ」

「っ、千鶴! 本当のことを言って頂戴! 貴女、異能なんて持ってなかったでしょう? お姉ちゃんを困らせて楽しい……?」


 前触れもなく向いた矛先に、千鶴は肩を跳ねさせた。

 怒りに染まった瞳とは不釣り合いな歪んだ笑みに、ざわりと悪寒が走る。

 小夜の視線を遮るように紫苑が千鶴の前に移動した。

 大きな影に守られた千鶴は、そっと彼を見上げる。


「……紫苑様。いいのです」


 庇うように立った紫苑の袖を引き、千鶴は紫苑の隣に立った。


「いい加減になさるのはお姉様です」

「……は?」


 初めての反論に声が震える。

 だが、不思議と恐怖はなかった。


「お姉様の言い分はすべて紫苑様に説き伏せられたはずです。なのになぜ、お認めにならないのですか? お姉様の予測は外れていた。それでいいではありませんか。それに異能があったとて私は、お姉様のように通常の怪我を治す力はないのです。ならばそれぞれの得意で軍の皆さんをお救いしていけばいいだけのこと。違いますか?」

「認められるはずないでしょう!」

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