ラベンダーオイル(前半、マリーアの父親視点)
妻から手紙が届いた。
(やはり、こうなってしまうのか)
どうやら、マリーアにリシュエルが自分の気持ちを伝えたらしい。
娘がそれを受け入れたのか、それは記されていなかった。記されていないということは、恐らく進展はしていないのだろう。そう思い至ってホッとした。
(…彼も、彼の両親に翻弄されただけだ。可哀想に思う)
あのままリシュエルと結婚していたら、親としても手放しで送り出せただろう。
(そう、以前までは)
必要以上にダステムとの婚約で拗れ、傷ついたマリーアをそっとしておいてほしいのが本音である。きっと妻も同じ気持ちだろう。
(…私も、リシュエルのご両親のことを言えた立場ではないか……)
ふう、とため息をついた。
コーヒーの香りが気持ちを落ち着けてくれる。
(一度、シューリムに顔を出したいが…)
だが、熟成ワインの悪評が広がり、痛んだワインを飲んだ五名の貴族から賠償金の支払いを要求されている現状では、なかなか叶いそうにない。まずは事態の早期収束が肝要である。
「む?」
ふと、便箋が二枚あることに気がついた。メガネを掛け直し、文字を追うと、そこには
「…建国祭には、二人揃って来るだと?」
待ち望んでいた手紙の最後には、望まぬ一文が添えてあった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
侍女のリーンが、包帯の交換にやって来た。
いつものように淡々と包帯を解いていく。
(昨日からの雨はいつまで続くのだろう)
リシュエルからの告白に動揺していたはずなのに、昨夜は何故かよく眠れた。
(多分、どこか他人事というか…現実味がないというか…)
壁には幼い頃に描いた絵が飾られている。額装までするなんて、大袈裟だと思う。王子様とお城の絵だけれど、それはどこかリシュエルに似ていて、背景はどう見てもハイデンロー邸である。
(リシュエルのことを考えると、昔からなんだか切なくなるのよ)
シューリムへの郷愁。そんなものだろうか。
「…まるで恋煩いですね」
「え?ええ!?」
「私はマリーア様が幸せならばそれで良いのです」
侍女から「はい」と手に乗せられたのは、小瓶と手紙だった。
「これは?」
「リシュエル様から預かりました」
「また訪ねて来たの?」
「いいえ。買い物に行くと言って、ハイデンロー邸に顔を出したのです。きっとあちらは、ここが最も近くて遠い、近づき難い場所ですから」
「リーン…」
「私は、マリーア様が幸せならばそれが一番ですから」
小瓶には、ラベンダーオイルと書かれていた。ラベリングがとても可愛らしい。
「なんでも、火傷に効くんだそうです。早速塗ってみましょうか?」
「え、ええ…」
ここで手紙を広げるのは少し抵抗があった。きっとリーンもそれを察してくれたのだろう。
「痛みがあったら仰ってくださいね」
草のような匂いの軟膏しか塗らなかったので、肌に塗り広げていくと香るラベンダーの匂いにどきどきする。
(まるでラベンダー畑にいるかのよう)
「使い心地はいかがですか?」
「不思議だわ。痛みがすっと引いていくみたい」
「良いようでしたら、湯浴みの後、また塗りましょう」
リーンは、慣れた手つきで包帯を巻き直すと、紅茶を淹れて退出した。
(これはお祖母様のクッキーかしら)
さくっと頬張ってみる。ほろ苦いレモンクッキーだ。
「これをリシュエルに届けられたらどんなに喜ばれるかしら」
少し緊張しながら、封筒を開けてみる。
一行目から『早く会いたい』と言うような文字が見えてしまい、一旦封筒に戻す。
結局、心の準備が整うまでにかなりの時間を要してしまった。
面白かった!続きが読みたい!と思ったら、
ぜひ広告下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】にしていただけたらモチベーションがアップします!よろしくお願いします!




