熟成ワインは建国祭で配ることはできない
『至急登城せよ』
王家の刻印が押された手紙にそう書かれていたので、私は馬車を走らせた。
(至急、だなんて。このようなことは初めてだ)
なんのことだろうと思う。
建国祭で配るワインのことだろうか?
(建国祭まで十日か…)
王家から広く民衆まで広く試飲してもらうのに十分な数は用意してある。
問題はないはずだ。
(毎年のことなのだから、今更そんなことで至急などというのもおかしな話だ)
首を傾げながら馬車に揺られた。新しくできたと言うカフェが、目に留まってすぐに視界から消えてしまった。
(フェリアが戻って来たら連れて行くのも良いな)
その時、娘の火傷はどうなっているだろう。
(手紙の返事は来ぬままだ)
向こうで気楽に生活しているのだろう。父親なんて、距離が離れればすっかりと忘れられてしまう存在なのだろうか。案外そんなものなのかも知れぬ。
マリーアは幼い頃、シューリムに滞在している間はたくさん手紙を寄越した。こちらの返事が追いつかないほどに。
(だから毎週末、会いに行ったのだ。どんなに寝不足になろうとも、愛する妻と娘の顔を見るとホッとした)
なら会いに行けば良いと心の中で誰かが言った。
今会いに行ったら追い返されるに決まっている。何より私は建国祭の準備があるのだ。
こんこん、
突然ノックされてハッと我に帰る。気がつけば馬車は止まっていた。
「旦那様、到着いたしました」
「う、うむ。ご苦労……」
(つまらんことを考えてしまっていたな…。あの二人がシューリムにいる時に馬車に乗るものじゃないな)
はあ、とため息をついたのと同時に、従者がちらりと私を見た。咳払いで誤魔化す。
城の奥の奥。私が通されたのは、謁見の間だった。少々面食らってしまう。
(なんだ…?)
玉座に座る国王は、黙って私の佇まいを見ていた。
心臓を落ち着かせ、呼吸を正して、頭を下げる。
「至急登城せよとの通達を受けまして、只今参上致しました。スカイラー•トノールでございます」
「……トノール、久しぶりだの」
重々しい口調で王が発した言葉は、胃腸に響くようだった。
「ご無沙汰しております」
「トノール家の熟成ワインが、今年のワインに選ばれたそうじゃないか」
「ありがたいことに、皆様から選んでいただきました」
「…お前のそういうところを見ると、あまり信じたくはないのだが……」
「なにか?」
一気に良くない流れを感じて、たじろぐ私の目を、国王はじっと見た。
「トノール家のワインからな、カビのような臭いがする、このようなワインを神聖な建国祭に出して良いのかと一部の者から声が上がっている」
「え……?」
ワインを熟成する過程でコルクにカビが付着することはある。けれど、ワイン自体にカビの臭いがするならそれは品質が劣化しているということである。
しかし、ワイン作りに誇りをかけている職人が、専用のワイン蔵で熟成させたものだ。とても信じられない。
(今までになかったことだ!一体なぜ…)
私は堪らず王に問うた。
「その一部の者とは誰なのです!?」
「名前は言えぬ。…五名の者からとだけ伝えておこう」
「五名……」
(複数人ともなると、本当に今年に限って品質が劣化していたのだろうか)
しかしなぜ…。
「…恐れながら、管理状態が悪いなどの場合、そのようなことはなくはありません。もしかしたら…」
ここに来て急に納品の数が増えたのだ。購入者は、ドマーニ公爵のようにワインを愛してやまない者ばかりではないだろう。
(私も決して例外ではないが…けれど売り手の責任はある。経験豊富なヴィニュロンに教わって、きちんと管理もしている)
やれやれと言ったふうに国王が口を開いた。
「聞けば、トノール家のワインが売れ始めたのは、試飲会以降だそうじゃないか。いくら買い手の管理が悪かったとは言え、短期間でそこまで劣化するものか?」
「い、いいえ…」
「すまぬが、建国祭でトノール家のワインを配ることはできぬ」
「え……?」
「配ったところで飲む者もおらぬだろう」
(それほどに悪評が広まっているのか!)
どうして、なぜ、
疑問ばかりが浮かんで消えた。最後に浮かんだのは懸命に熟成ワインを追求した祖父の顔だった。
(ロッシーニになんて説明しようか……)
老いたヴィニュロンであるロッシーニは、後進を育てながら懸命に、そして実直に仕事をこなしている。
経験豊富なロッシーニに限ってそんなおかしな物を納品するはずがない。彼のプライドが許さないからだ。
(なら、本当に私の管理が……)
それから、どうやって帰って来たのかほとんど記憶にない。馬車に揺られたことは事実なのだろうが。
「…なんてことだ!!」
私は床に伏して頭を抱えた。
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