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結婚相手は別にお前で良いや、と言われたので婚約破棄しました  作者: あずあず


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想い、仕舞い込む(リシュエル視点)

 息を整えながら、門の外からホーネスト邸の中を覗く。

 金木犀の木々の下、本を膝に置いて、ぼうっと空を眺めているマリーアが見えた。


「マ……!」


 言いかけて言葉を失う。纏う気品が、包帯に隠されたあの美しい素顔が、その佇まいが、その全てが愛しい気持ちとなって胸を押しつぶした。


 もう、あの笑顔を見ることは許されないのだろうか。実にくだらない交わした言葉の数々も、時に見せる知的な眼差しも、草木や本の話も…過ごした日々が夢物語のようだ。


(懐かしいな)


 その場で立ちすくむ俺を、包帯の隙間からマリーアが認めたのが分かる。

 細い指で読みかけの本を閉じると、髪の毛を耳にかけてこちらへと向かってくる。


(…一体、いつから君のことが好きなのだったか…)


 会話のひと言目を見つけられないまま、マリーアはカシャンとひとつ音を立てて門を開けた。


「…わざわざ来てくれたの?」

「俺は…」

「キースは?キースは大丈夫?」

「マリーア、」

「ごめんなさいね、手紙を読んで来てくれたのでしょう?書いた通り、婚約破棄の件をお母様は大分気にしていて……リシュエル、聞いてる?」


 彼女の顔に影がかかる。黒い雲と雲の隙間から光が差して、西向きに建てられたホーネスト邸を斑らに照らした。雨の匂いが充満している。


 俺を見上げたままのマリーアは、長いまつ毛をしぱしぱと瞬かせた。


「マリーア、君は…王都で交わした婚約を解消したのか」

「……ええ」

「言いにくいことを言わせてすまない」

「良いのよ、むしろスッキリしたから」


 触れるか触れないか、小鳥を撫でるように包帯を撫でた。


「痛むか?」

「ううん。…夜になると、ずきずきすることもあるけれど、今は落ち着いているわ」

「そうか」

「…私、キースの行動はよく分かる。当然驚くわよね。…リシュエルはきっと自分を責めているのでしょう?」

「君は、本当にすごいな」

「だって私たち、幼友達じゃない。リシュエルのことなんて、お見通しだわ」

「幼友達……」


 ちくりと胸の奥が痛んだ。


(お見通し…。君は肝心なことには気が付かない)


「キースのこと、どうか気にかけてあげて」

「…明日、キースと一緒に謝りに来ても良いか?」

「彼の気が済むなら構わないわ。…でも、お母様がここに来ることを許さないでしょうね。私が行っても?」

「それでは意味がない」


 少し困ったような顔をして、微笑むマリーアを抱きしめてしまいそうになって唇を噛んだ。


(余計なことまで言ってしまいそうになる)


「リシュエル?」

「…マリーア、婚約破棄はその火傷が原因なのか」

「……ええ、そうよ」

「そうか。シューリムにはいつまでいる予定なんだ?」

「それは決めていないの」

「それなら…いつまでも…」

「え?」

「いつまでもいてくれないか?シューリムに」

「ふふっ、叶うなら、そうしたいわ」


 ぽつ、ぽつ、


 やはり俺は歓迎されていないのか、雨が降り出した。


「リシュエル、早く帰ったほうがいいわ?風邪をひいたら大変」

「…君も……早く中へ」

「何よ、全然気持ちがこもっていないわ」

「当たり前だろう、本当ならずっとこうしていたいんだから」

「あら、ふふ、ありがとう」


(君は、本当に俺の気持ちに気づかないんだな)


 親同士が決めたこととはいえ、なぜ幼い日に婚約を進めてしまったのか。そんなことがなければ、今すぐ君を迎えることができただろうに。


(三度目の婚約なんて、マリーアを傷つけるだけでは……)


 なにより、俺が求婚なんてしたら、まるでマリーアを憐れんでそうしているみたいではないか。


(君を心から愛しているというのに)


 雨が本降りになって来た。「傘を持ってくる」と言うマリーアを制して手を振った。


「また明日も訪ねるよ。キースを連れて」

「私からもお母様に言っておくわ」

「助かる」


 振り返ると、マリーアは大きく手を振っている。


(早く中に入れば良いのに)


 全くと思って、ふっと笑った。


「お祖母様に、アップルパイ美味しかったご馳走様と伝えてくれ!」

「まあ!落としてしまったのに…食べたの!?私、てっきり…」

「当たり前だろーー!君のお祖母様が作るお菓子はどれも絶品だからな!」


 ひらひらと手を振って「良い加減中に入れーー!」と一つ叫んで雨の中を走り出した。


(それにしても…)


 顔に火傷を負ったから婚約を破棄するなんて、と思う。


(いや、もしかしたら負い目に感じたマリーアから切り出した可能性もあるか…)


 どちらにせよ、過去にマリーアと婚約破棄をした俺がどうこう言える話ではないことに気がついて、ため息をついた。


(…報告を待つしかないな)





 ホーネスト邸の三階。トノール夫人は駆けて行く青年の背中を見送っていた。


「全く、仕方がないわね…」


 ゆっくりと首を横に振って、苦笑いを浮かべるしかなかった。

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