祖母への贈り物
「今日は騒がしいのね?」
フローレンスは村人たちが行きかうのを見て、大きな目をぱちくりとする。
村人と話す時は敬語を一切無くすようにするのも随分慣れてきた。
木剣を手にしたディークが、フローレンスの問いかけに、うんと頷く。
「そろそろ薬草摘みが始まるんだ」
「ああ、特産品の薬草茶の材料かしら」
「そうだ。夏の終わりから秋の初めにしか採れない薬草があるから、俺達子供らも駆り出される」
彼らが忙しなく用意しているのは、背負い籠だ。
編んだり補修したりと忙しそうにしている。
それと、乾燥させるのに使う籠と棚も整えていた。
「じゃあディークも行くのね?わたくしも連れて行ってくれる?」
「ああ、勿論いいけど、手が汚れるぞ?」
「いいわ、手ぐらい。洗えば済むじゃないの」
フローレンスが笑うと、ディークは唇を尖らせて言う。
「せっかく、綺麗なのに」
「泥で汚れたくらいで、綺麗じゃなくなるかしら」
「そんな事は無い。フローレンスは綺麗だ」
目を向けないようにして言うディークが可笑しくて、それでもフローレンスは嬉しくなった。
「ありがとう、ディーク。汚れても良い服装で来るわね」
「ああ。それと、良く似た毒草もあるから気を付けなきゃいけないんだ」
よく似た毒草、という言葉にフローレンスは目をぱちぱちと瞬く。
「そうなの?怖いわ」
「大丈夫だ、俺が教えてやるから」
得意げな顔をして、胸を反らすディークを見て、フローレンスは柔らかく微笑む。
「そうね、じゃあ名前をまず教えてくれる?」
「フユアオイとマダラドクってんだ。けど、本には載ってないかもしれない」
フローレンスは不思議そうにこてん、と小首を傾げる。
「そうなの?」
「ああ、小難しい名前付けられても俺達がわからないだけかもしれないけど。知られてない薬草や毒草も小さな村にあったりするんじゃないのか」
「それもそうね。実際に採取して覚えるわ」
ディークの言葉に素直に頷き、フローレンスは思い浮かべる。
(まずは形を覚えて、薬草事典で調べてみましょう。どちらにしても、お祖母様にいいお土産が出来たわ)
嬉しそうに微笑むフローレンスを見て、ディークも満足そうに笑い返す。
「森番の、ポル爺さんにも紹介してやるよ」
「まあ、それは頼もしいわ」
翌日、フローレンスはお茶と軽食を用意して、汚れても良い服装で森に向かった。
侍女一名に公爵家の騎士二名、護衛騎士ミカエルにディークだ。
もうすぐ夏が終わるというのにまだ暑さは残っているものの、吹き抜ける風は爽やかだった。
日差しを遮る森の中では、もう秋と言われても疑わないくらいに涼しい。
木の葉も黄色や赤に色づき始めている。
「きのこも結構とれるんだぜ」
「でも、見分けるのが難しいのでしょう?事故で死ぬ方がいるってお姉様が仰ってたわ」
「ああ。だから、うちの村ではキノコ採りのマルシュ爺にきちんと見て貰ってから食うよ」
「そうなのね」
子供達の他愛ないやり取りを微笑ましく聞きながら、騎士達と侍女は森を歩いて行く。
予め森で薬草摘みをすると言われていたので、侍女もお仕着せではなくフローレンス同様の汚れても良い外着を着ていた。
森に入って暫く小道を辿ると、森番の小屋が見えて来る。
「あそこが森番のポル爺さんがいるところ。そろそろ代替わりするって言ってた」
「後継はいらっしゃるの?」
「いるよ。おーいポル爺、領主様の姫さまがきたぞー」
扉に辿り着く前にディークは大声でそう声をかけた。
入り口に立つ前に、中からがっしりとしたお爺さんが出て来る。
「こんな所までいらっしゃるとは、領主さまの孫らしいですな」
難しい顔をして言う老人に、フローレンスは淑女の礼を執る。
「薬草摘みをお手伝いに参りましたの。村人達の暮らしを学ぶのは良い事だと祖父も姉も申しております。お近づきの印に、葡萄酒とパンをお持ちしましたわ」
フローレンスの言葉が終わると、侍女が前に進み出て葡萄酒とパンを入れて布を被せてある籠を、丁寧に差し出す。
「おお、こりゃありがてえ。この森の事なら何でも知ってる。案内が必要だったらいつでも歓迎だ」
相好を崩したポルにフローレンスもにっこりと微笑み返す。
「今後もし、野山で不審な人間を見かけたら、こちらのミカエルに知らせてください」
「おお。余所者が入り込めばすぐ分かるからな。承知した」
「よろしくお願いする」
ミカエルも進み出て、礼儀正しく一礼すると、ディークが待ちきれないというように声をあげた。
「なあ、薬草はもう採れるよな?」
「まだ少し時期は早いが、問題ないだろう。あちこちに生えとるよ」
「分かった」
ディークは小さなフローレンスの手をぎゅっと握ると、迷いのない足取りで森の奥へと進んでいく。
初めての森。
フローレンスは整えられた芝生の上を歩く事しか知らない。
突き出た木の根に足を取られそうになったり、小石に躓ぎそうになるのも初めてだった。
「森って、歩くのが大変なのね」
「そうか?慣れだろ、慣れ」
何でもない事のように言うディークを見て、フローレンスはふふっと笑う。
確かに慣れることは大事だ。
経験をする事も。
森を歩くまでは森の何たるかを少しも知らなかったのだから。
歩きにくい、と言われても実感は湧かないが、実際に歩いてみるとその意味が良く分かる。
革の長靴を履いているからまだいいが、いつもの靴ならとうに地面に転がっていたはずだ。
「この辺だ。ほら、これがフユアオイ。で、こっちがマダラドク」
「似ているわ……」
じっと見ていると違いは段々分かってくる。
マダラドクの方が葉先がトゲトゲしていて。
「初心者はこっちを見れば一発だ」
そう言うと、ディークは葉を裏に返した。
「斑があるのね、だからマダラドク」
「おう」
得意げにディークは笑いかける。
だから、フローレンスはディークを誉める事にした。
「凄いのね、ディーク。教えてくれてありがとう」
「うん」
村の人間なら子供から大人まで知っている事だ。
けれどディークはそんな事を言って、誉め言葉を否定したりしない。
教えたのはディークだからそれでいいのだ。
気分が良くなって、村の大人たちが言う注意も伝える。
「でも乾燥させると斑点が消えるから、余計見分けにくくなるんだ。だから、摘む時にきちんと確認した方がいい」
「分かったわ。乾燥させて、それからどうするの?」
ディークは薬草を持ったまま、毒草をぽいと地面に投げ捨てる。
「いや、最初は冷たい水で洗うんだ。少しだけ。それから束にして日陰に干して一週間くらいして、乾いたら千切って茶にする」
「そう……割と時間がかかるのね」
「まあ……早けりゃ三日だな。葉っぱに触って割れるようになったらちょうどいい」
そう、と頷くとディークは付け足した。
「でもちゃんと乾かさないと、保存に悪いって婆ちゃんが言ってたから、乾かすのは焦らない方がいいぞ」
「ご忠告有難う。きちんと作るわ」
(だってこれは、お祖母様にあげる大切なお茶だものね)
フローレンスはきちんと葉の裏も確かめながら、薬草を摘み始めた。
間違ってはいけないのだ。
きちんと、祖母に毒を飲ませるために。
沢山飲んで欲しい。ひよこは紅茶大好きです!




