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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第四話(1) 迷惑な訪問者-1

 早朝、七霧山(なきりやま)

 本日も清々しい晴天。本格的な夏を迎え、さらに色味を増した青葉の隙間からは、雲一つない青空が覗く。カラッとした夏の暑さを清涼な風が包み込み、山の中は心地の良い空気に満たされていた。

 わんわんと絶え間なく響き渡る無数の蝉の鳴き声は、夏の醍醐味とはいえ些かけたたましくもある。

 だが、今朝の騒がしさに関しては、蝉だけに責任押し付けるのは酷というものだ。


「貉ー、むーじーなー」


 空き地にある石灯籠の前に立ち、婀彌陀羅は声を張り上げる。

 かれこれ半刻以上、婀彌陀羅はこの場で八瞞(はちまん)の名を呼び続けていたりする。

 気の短い者なら胸ぐらを掴み上げ、蝉の声に対抗でもしているのかと詰め寄っていただろう。


 だがけして、婀彌陀羅も厭がらせで早朝から叫んでいる訳ではない。

 空き地より先──七霧山の奥へ行くには、八瞞の掛けた幻術を解かなければ進めないようになっている。

 人間と人以外の部外者が山奥まで入り込まないよう施された防犯対策の1つである。

 一歩でも踏み込めば幻術によって方向感覚を狂わされ、来た道さえ分からないまま彷徨い歩き、気付けば山の入り口まで戻されている──、という妖の間ではよく使われている術だ。

 幻術が張られているのは石灯籠の脇──丁度今、婀彌陀羅が立っている場所の目と鼻の先になる。

 そう言った意味では、ここは八瞞の縄張りの玄関なのである。


 だから、お行儀良く婀彌陀羅は八瞞を呼び続けていた。

 ドアベルが無いのだから叫ぶしかない。

 八瞞と狸達の暮らす廃寺は山の奥にある。今いる空き地よりも、まだまだ先だ。

 だから仕方なく、婀彌陀羅は声を張り上げている。


 なんなら八瞞の掛けた幻術であれば、婀彌陀羅は破って入れる。

 狸である八瞞と、狐の婀彌陀羅。

 昔話で語られる通り、狸も狐も人を化かす能力に長けている。だからこそ変化や幻術の類いに関して、八瞞と婀彌陀羅は同等の知識と技量を持っていると言える。

 敢えて比べるのなら、化かし合いなら八瞞が一歩抜きん出ているが、幻術ならば婀彌陀羅が勝る。

 なので、八瞞が仕掛けた幻術であれば、婀彌陀羅が解くのはそう難しい事ではない。

 八瞞が今生の死力を尽くし行く手を阻む幻術を掛けようと、本気を出せば縄張りへ辿り着くことができる程度には婀彌陀羅は幻術に強い。

 けれど、縄張りに勝手に入るなんてコソ泥のような真似を婀彌陀羅はしない。きちんと家主に出迎えられ入るべきことだと、知っているからしないだけ。けして面倒だからと、毎度あちらから迎え入れてもらう方を選択している訳ではない。


 そんな訳で、婀彌陀羅は早朝から山の奥へ向け声を掛け続けている。


 ──暇なのか?

 そう言われればその通りなのだろうが、時間の感覚が疎い婀彌陀羅には暇か暇じゃないかは余り関係がない。飽きるまで居続ける。

 もしも、ここに呼び鈴が設置されていれば際限なく押し続けていたことだろう。


「はーちまーんーー」


 何回目の呼びかけだっただろうか。

 大杉の脇にある茂みがガサリと揺れ、茶色い毛むくじゃらが顔を出す。


「うるさいぞ、狐!」

「ようやく出てきたか」



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「……あのさぁ、人の家にズカズカやって来んのやめてくれない?」

「何か問題があるのか?」


 近づいて来るよく知った気配に、八瞞が底嫌そうな声で言う。

 すぐ後ろから聞こえる声に嫌々ながら肩越しに振り返ると、地面にしゃがみ込んだ婀彌陀羅が組んだ腕に顎を乗せ首を傾げていた。

 何が悪いのか分からないとでも言うような態度を取る邪魔者に、八瞞が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 婀彌陀羅の言動にわざとらしさは感じられない。だが、これが恍けたフリだと分かるからこそ、婀彌陀羅の態度は八瞞を苛立たせる。そして婀彌陀羅も八瞞がフリに気付けないとは思っていない。

 長いこと呼び掛けを無視していた山の主に対する意趣返しなのだろうが、早朝から人の家にズカズカやって来る無作法者と比べると、僅かに八瞞の方に分がある。


「今、俺何してる?」

「水浴びだろう?」


 そう、八瞞は水浴び中だった。

 大きな池の冷たい水の中に肩まで浸かり涼んでいる所だ。

 当然、服は着ていない。真っ裸だ。

 装飾品も全て外し、黒い狸の半面だけしか身に付けていない。

 1000年を超え生きて来て、今更裸を見られて恥ずかしいなんて感覚はないが、客──と言っていいのかは微妙だが、その相手の前で一方だけが真っ裸というのは、男同士だからという理由を省いても居心地が悪いだろう。

 だが、それを指摘したとて婀彌陀羅が行動を改める事はない。

 八瞞も婀彌陀羅に対し、似たような嫌がらせをしている自覚はあるが、される立場になれば普通に腹は立つ。


 八瞞が水浴びに使用している大池は、廃寺から5分ほど歩いた先にある。大きさは25メートルプール3つ程で、小さくも無いが大きくもない。深さは中央にいくほど深く、貯水量は見た目よりもある。

山の上流より流れ出た水が溜まって出来た大池で、若狸たちによる定期的な掃除と水の循環により、純度が保たれ池底が見える程水が澄んでいる。

 そんな綺麗な大池を、八瞞は狸たちの水浴び場として使用している。

 寺の風呂では、狸たち全員に順番が回ってくるまでに1日かかってしまう為、温かい時期はこの大池を風呂及び水浴び場として使っているのだ。


 背に張り付いた長い髪を払いながら、八瞞が婀彌陀羅を案内してきた狸──蕨に振り向く。


「今日はなんだって?」


 婀彌陀羅から少し距離を置き、狸姿でちょこんと座っていた(わらび)が答える。


「先生に呼ばれたと言うので」

「そろそろ、こいつの嘘にも慣れようねぇ」


 八瞞の言葉に、自分が騙されたと知った蕨が毛を逆立て婀彌陀羅にくってかかる。


「お前また嘘吐きやがったな!」

「ふんっ!騙される方が悪いのだろう」


 開き直る婀彌陀羅の態度に、憤った蕨が声を張り上げる。


「帰れよ狐!」


 すると、周囲の茂みに隠れ様子を窺っていた狸たちからも帰れコールが湧き上がる。

 茂みから顔を出している狸の数だけでも、ざっと40匹──、その全員が蕨を応援しているが、婀彌陀羅はどこ吹く風といった様子で腕を組みふんぞり返っている。


「見方が誰もいない状況でへこたれもしないなんて……、なんて神経の太々しい奴なんだ」


 強敵を前にして蕨がごくりと唾を飲む。

 けれど、怯んでばかりはいられない。

 蕨の人生の目標は八瞞のような立派な妖狸になることであり、八瞞よりも弱い妖狐相手に負けていてはお話にならない。その理由以上に、敬愛する師の前で無様な姿は見せられなかった。けして任務で無様をさらしたからとか、最近他の若狸たちから舐められているからなんて理由がある訳ではない。

 「そっちがその気なら!」と気力を奮い立たせ、蕨は茂みに隠れている仲間へ号令をかける。


「今日こそ騙しに騙され続けた宿年の恨み晴らしてやるぞ!皆んな集まれ、フォーメーションだ!」


 やる気みなぎる蕨の掛け声に、茂みにいた1匹の狸が駆け寄ってくる。続けて2匹が渋々と茂みから前へ出てくる。

 婀彌陀羅の前に出て来た狸は、蕨と並ぶ若狸代表のいつもの顔ぶれだ。

 蕨の掛け声にいの一番に反応した、何事にも積極的な秋葉(あきば)。渋々出て来た後の2匹──千里(せんり)縞宮(しまみや)は、婀彌陀羅に頭を軽く下げ挨拶してから蕨の横に並ぶ。


 婀彌陀羅と4匹の狸が対峙する。


「よかろう、我が貴様らに格の違いというものを骨の髄まで刷り込んでやろう!」


 婀彌陀羅もこの展開を待っていたかのようにノリノリで狸たちへ宣言する。


「ふん!もう勝った気でいるようだけどな、勝率は1056対594!こっちにも勝算はある!」

「はんっ!倍近くも差があって、まだ学習せんか!」

「……婀彌ちゃん、それ自慢にもならないから」


 若狸と一緒になって遊ぶ婀彌陀羅に八瞞がツッコミを入れる。

 喧嘩は同レベルの物同士で起こるものだと言われるが、仮にも堕物である婀彌陀羅がそこらの妖狸に負けるなんて冗談にもならない。

 風呂よろしく頭にタオルを乗せ、完全に背を向け無関心を決めた八瞞の背後で、合図も無く戦闘は始まった。


 先手は蕨、秋葉のタッグだった。


「くらえ!妖術『分身』──、『炎爆』!」

「そして、『風爆』!」


 5体に分身した蕨の頭上に、野球ボール程の大きさをした火球が現れる。

 5体の蕨は、それぞれが宙に高く飛び上がると、思いっきり頭を振りかぶり火球を婀彌陀羅目掛けて一斉に投げつける。


『炎爆』や『風爆』といった、【爆】と付く妖術は、妖狸がよく使う下級妖術の一種だ。

 若狸でも難なく使える低燃費、低威力の妖術で、妖相手では攻撃が当たったとしても一瞬の足止めにしかならない。

 だが、どんな術も使い手次第で術は様変わりする。


 秋葉の放った追撃『風爆』が、蕨の火球に合わさる。

『風爆』が生んだ、小さな球状の風渦が火球を増幅させ、大きな渦となって婀彌陀羅に襲いかかる。


「なんの!」


 婀彌陀羅は連続で襲いくる火球を軽い身のこなしで次々と避けていく。

 歪で不安定な下駄を履きながらも高く宙に翻り、危なげなく着地までして見せた婀彌陀羅の姿に敵対側である狸達からも歓声が上がる。

 その中に対戦相手である縞宮までが混じっているのを千里は気付きながらも無視し、周囲の緑地に引火した火球を『水爆』を飛ばし鎮火させていく。


「全部避けられた!」

「くそーこうなったら!」


 全ての術を避けられてしまった蕨は、次に分身を使っての肉弾戦に移行する。

 同じく術を避けられた秋葉は、風で空中に蕨の足場を作り後方援助に回る。

 頭突き、体当たり、尻尾での叩き、四肢から放つドロップキック──、どれも威力は弱いが煩わしい攻撃が5対の分身から放たれる。


「この程度の攻撃で──わぶっ」


 避ける直前で見えない何かに足を引っ張られ、体勢を崩した婀彌陀羅の黒面に蕨の尻尾がべちりと当たる。

 未だ引っ張られ続けている足元に視線を向けるが、そこには誰もいない。

 止むことなく繰り出される毛玉アタックを片手でいなしながら周囲を見回すと、少し離れた位置から『念力』を使っている縞宮の姿を見つけた。


 『念力』は【爆】よりも一段上の妖術になる。

 物体を動かし操る術で、威力よりも使い難さでけんえい遠巻きにされる術だが、縞宮は難なく使えているようだ。


 前足を浮かせ、むにむにと動かす姿は場違いに可愛らしい。猫が柔らかい毛布を揉む動きと似ている。

 だが、その表情は無気力で、狸の姿でありながら目は半眼のまま。何を考えているのか読み取れない。

 やる気は無さそうなのに、戦闘には参加する。けれど遠くから邪魔するのみで攻撃には加わらない。

 敵対心があるのかないのかも判断が付かない相手となれば、婀彌陀羅とて困惑する。

 積極的に攻撃を仕掛けてくる蕨や秋葉には反撃するとしても、戦闘意思の乏しい縞宮に攻撃を仕掛けるべきか迷う。

 迷いつつ視線をずらすと、同じく、意味不明過ぎて怖いと言わんばかりの目で縞宮を見ていた──千里と目が合う。

 千里は諦めたように首を振り、縞宮を見なかったことにした。そんな千里に婀彌陀羅も頷き返すと、ちまちまと攻撃をしてくる蕨の尻を鷲掴み地面に叩き伏せる。


「蕨ーー!」


 顔面から地面に落ちぴくぴくと手足を引くつかせる蕨を、秋葉が急いで回収に走る。

 これで2匹を無力化。

 次に婀彌陀羅は、足を引っ張る『念力』を引き剥がしにかかる。

 『念力』の絡む足を振って抵抗するが、緩みはしても離れない。さらに大きく足を振ると、足に纏わりついていた拘束が下がり、下駄ののめりに絡む。

 ぐいぐい引っ張られる下駄を見限り、その場に脱ぎ捨てると婀彌陀羅は若狸たちから距離を取る。

 下駄を脱いだ分、婀彌陀羅の全長が低くなる。けれど、戦闘に身長は関係ない。

 むしろ素足になり素早さが増した婀彌陀羅は、復活した蕨、秋葉、適当な縞宮の追撃を軽やかに避けて回る。


「くそっ当たらない、すばしっこい奴だなぁ~」

「術も全部避けられる」

「……下駄脱がせちゃったのは、悪手だったかな」


 放たれる『炎爆』や『風爆』を避けながら、勝機の隙を狙う婀彌陀羅の目が〝それ〟を捕らえた。

 池の淵には八瞞が脱いだ服が畳んで置いてあった。その上着の胸元から飛び出た、長方形の紙片を婀彌陀羅は素早く取り上げる。


「あ〜それ──、」


 八瞞が婀彌陀羅に声を掛けるが、それよりも素早く婀彌陀羅は符を構える。

 符には朱色の墨で【爆】の文字。

 符を見た狸たちの動きが止まる。


「それは反則だろう!」


 声を上げるも、蕨の尻尾は犬の様に足の間に丸まっていた。

 八瞞の持つ符に込められた妖術は、下級といえども若狸が使う妖術とは威力の桁が違う。

 岩を砕き、大木を切り裂く、本物の戦闘用妖術だ。だからこそ、若狸たちは警戒し怯えている。


 ──しかし、これはブラフ、はったりだ。

 婀彌陀羅はこの符にそこ迄の威力がない事を知っていた。

 八瞞がよく使う爆の文字が書かれた符は簡易版の術符だ。

 常世の店で大量生産で大安売りされている。威力も弱く、効果は短く、攻撃範囲も狭い。妖狸が放つ木の葉爆弾よりかはマシといった具合。

 けれど、若狸4匹をまとめて爆風で弾き飛ばす程度の威力はある。

 身を寄せ合い、婀彌陀羅の動きを目で追う事しか出来ない狸たちに、意気揚々と言い放つ。


「我の勝ちのようだな!喰らうがいい、狸ども!」


 己の勝ちを確信し、婀彌陀羅が符に妖力を込める。

 符に描かれた文字が紅く光り、全体が淡く発光するのを見届け、狸たちへ向かって放つ。


「ひびゃぁあ!」


 蕨が悲鳴を上げる。

 符は蕨たちから僅か手間の地面に落ちる。

 地面に触れた瞬間、符に宿った術が発動。狸たちは無様な悲鳴を上げながら吹き飛んでいく──筈だったのだが、何も起こらない。


「んん?」


 勝ちを確信していた婀彌陀羅が唸る。

 地面に落ちた符を見るが、表面に描かれた文字はまだ発光している。間違いなく術は発動していた。

 身を寄せ合って衝撃に備えていた若狸たちも目を瞬かせ、側に落ちている符を覗き見る。


「何も起こらない……?」

「不発か?」


 そう言いながら、恐る恐る寄せ合っていた体を放しながら、若狸たちが周囲を見回す。

 先に異変に気付いたのは婀彌陀羅だった。


「ん?」


 素足の裏から感じる僅かな振動。

 それにより、背後にある大池が波打ち、婀彌陀羅の足元まで水が跳ねてくる。


「……あ」


 声を上げたのは縞宮だっただろうか。

 抑揚のない声に婀彌陀羅が狸たちの方へ視線を向けると、若狸たちは揃って宙を見上げていた。

 己の背後、それよりも上空を見上げている。

 その視線の意味は聞くまでもなく直ぐに分かった。

 背後から聞こえるザパザパという不吉な水の音が激しくなると共に、婀彌陀羅の上に影がさす。

 振り返った先にあったのは、水の柱。

 大池の水面に、幅広い半球形の水の柱が盛り上がっていた。ここが海であったなら、海坊主が頭を出したのかと勘違いするところだ。

 水柱は水底から何かに押し上げられるかの様に、ぐぐぐと縦に伸びながら膨らんでいく。

 それは破裂寸前の風船を思わせる動きだった──直後、その予感は的中する。

 パンパンに膨れ上がった水の塊が爆ぜる。


 バンッ!

 水から上がった音とは思えぬ破裂音が山中に響く。


 一瞬の後──。

 池から10メートルほど離れた場所には、びちゃびちゃの姿で地面に張り付いた婀彌陀羅の姿があった。

 池のほとりで展開されていた障壁が消える。八瞞が自分の周りにだけ張っていた防御結界だ。

 地面に倒れ動かない婀彌陀羅を見ながら、八瞞が先程伝え切れなかった言葉を続ける。


「それ──俺が適当に作ったやつだから、直接触れてないと逸れるよ」

「…………」


 八瞞が作ったという事は、八瞞の妖術が封じ込めてある──即ち、この符は()()()だったという事になる。


 八瞞は妖術だけでなく、武術、体術にも精通している。どれも熟練された妙技を習得し、さらには薬学、調合、鑑定と広く浅く知識を有している。

 だが、妖術に限っては一つの問題があった。


 八瞞は妖術がまともに使えない。

 使えはするが、()()()()()

 直接対象に手が触れていないと狙いが狂い、標的を定められない。


 これが、八瞞の抱えている欠陥だ。


 妖術だけを評価するなら、八瞞の力は上級の妖にも通用する威力を誇る。

 だが、威力だけが優れていたとして、当たらなければどうしようもない。術の発動者である本人さえ巻き込み暴発するのだから使えない。

 雑魚狩り程度ならば問題はないが、強者と戦闘になった場合など、まずもって役に立たない。使えば自爆もあり得る。術が相手に当たる前に、首を切り落とされるのが関の山だ。


 符の作成においても同じだ。

 符を作成する迄は八瞞でも問題なく出来る。直接に符の原型に触れ、妖術を込め作られるからだ。

 だが発動となると話は変わってくる。

 触れていた符が術を放つ訳ではない。符の中に込めた八瞞の術が発動する為、作成者の性質通りに術は逸れてしまう。


 だから八瞞は本来なら自分で使える術であろうと、市販の物を頼らざるを得ない。

 市販の物に八瞞の妖術と同等の精度のものは少ない。あっても根が張る逸品になる。

 なので、普段使える術は市販の符に限られ、種類も威力も回数も制限が付き纏う。


 昔はまとも使えていたらしいが、何がきっかけとなったか、ある時から急に術が狂い出したらしい。

 そのきっかけとやらも本人は覚えていない為、今後治る見込みもない。


 地面にうつ伏せに倒れ動かない濡れ鼠──もとい婀彌陀羅の姿を前に、狸達から歓声が上がる。


「595勝ー!」


 倒れた婀彌陀羅の周りで交わされる勝利のハイタッチと続く歓声。

 そんな騒がしさに、ズレたタオルを頭に乗せ直し、八瞞は背を向けた。

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