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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第三話(4) 窮鼠猫を噛む

 7月も中旬を過ぎ、小鞠は焦っていた。

 原因はもちろん家に湧き出る2匹の妖の対処法なのだが、今感じている焦燥感は普段の比ではない。

 何がそこまで小鞠を急き立たせているのかというと──、学校がもうすぐ夏休みに入るからだ。

 高校生にとって、1年に1度の長期休暇に入る。

 夏休みも目前に迫り、学友達がどこに行こう、何をしようと心浮き立たせている中、小鞠の前には解決すべき難問が立ち塞がっていた。


 普段、小鞠が学校に行っている間の家の様子は知りようもないが、帰宅時にあの2人の妖──婀彌陀羅と八瞞の顔を見る頻度はかなり高い。

 2人セットなら、たぶん週2回ぐらい──婀彌陀羅だけなら週3、4回は顔を見ている。

 軛を捕まえ連れ出すだけの日もあれば、がっつり1日中家の中でごろごろしていく日もある。


 これが夏休みに入ればどうなるかなど、よく考えなくても予想が付いてしまう。

 学校に行った後の半日だけでも遭遇率が高いのに、まる一日となれば出会す頻度が跳ね上がる。

 きっと小鞠が家に居るのをいいことに、小間使いのように無理難題を言ってくるのだ。


 小鞠は去年の夏休みを思い出す。

 婀彌陀羅が突然夜中に家にやって来たかと思えば、「今から出かけるぞ!」と軛を連れて行こうとした。

 もちろん軛は嫌がって抵抗していたが、騒ぎに駆けつけた小鞠を見つけるや否や、婀彌陀羅は小鞠を人質にし、遠出に難色を示す軛を無理矢理引っ張り出したのだ。

 おまけとして付き添う事になった小鞠がどんな目に遭わされたか……、あの時のことは思い出したくもない。あれ以来、蜘蛛が生理的にダメになってしまった。


 「早く、どうにかしなくちゃ……」


 このままでは今年も自分と軛の休みが潰されてしまう。軛は毎日夏休みみたいなものだけど……。


 ここ数日、婀彌陀羅と八瞞がまた不審な行動をしている事に小鞠は気付いていた。

 いつもなら裏口だろうが屋根裏だろうがお構いなしに神出鬼没に現れては家に居座るくせに、ここ数日は自分が居ない時を狙って家にやって来ているようなのだ。

 しかも、小鞠が帰ってくると何食わぬ顔で帰っていく。怪しい。


 普段、どれだけ帰れと文句を言っても居座り続ける2人がだ、怪し過ぎる。

 何かありますと言っているようなものだ。

 軛は何も言わないけれど、絶対に何かやましい事を考えているに違いない。


 小鞠の目が怪しく光る。

 前々から考えていた策を実行する時が来た──と。

 準備に手間がかかるから何回も使える手段じゃないけれど、1回分はもう用意してある。ここぞという時の為に取っておいた秘策だ。

 伊達に小鞠とて長年苦水を飲まされてはいない。

 あの2人が小鞠を知っている分だけ、小鞠も婀彌陀羅と八瞞の性格はよく知っているのだから。

 上手くいけば、2人の内1人だけはどうにか出来る……可能性は高いはず。


 「よし、あれを試してみよう」



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 澄んだ空、草木の香り、適度な蝉の声──、何でもない日の平日の午前10時半。

 犬鳴家の裏庭に軛は居た。

 何をするでもなく庭の中央に立っている。

 だが、その様子は庭の景観を鑑賞している訳でも、暇を潰している訳でもない。

 軛は苛立った様子を隠しもせず、組んだ腕を指先で叩いている。


「…………チッ」


 ついに口から漏れた舌打ちが、縁側に座る婀彌陀羅の耳に届く。

 座ったまま軛を見上げながら、婀彌陀羅はやれやれと言った様子で軛へ声を掛ける。


「そう苛々するな。まだ……1時間か?遅れている程度だろう、誤差だと思っていろ」

「1時間ではない、2時間だ」

「そうか。ならば、まだ誤差の範囲ではないか」

「2時間もあれば店に行き、メニューを粗方食べ尽くせている」

「ふぅむ、我なら足元の小石を蹴っている間に過ぎている程度なのだが……。まぁ、奴もそろそろ来る頃合いだ、遅刻なぞいつものことだろう、怒るだけ腹が減るぞ?」


 婀彌陀羅と軛は八瞞を待っていた。

 毎度の事ながら約束の時間を守る気もない八瞞へ、既に軛の導火線が尽き火を噴きそうになっている。

 別に軛の沸点は低い訳ではない。現に待ち合わせの時間を2時間も超過しているが、暴れ出しもせずずっと待っている。

 待つのは犬の性分とでもいうのか、婀彌陀羅や小鞠が時間に遅れようと軛は黙って待ってくれていたりする。訂正、婀彌陀羅が相手の場合は本気で忘れてすっぽかされる為、回収に来る事の方が多い。


 其はさておき、軛がこうも怒っている理由は相手が八瞞だから、これに限る。

 八瞞はよく、わざと軛を怒らせ楽しんでいる。

 けれどそれは八瞞の性格が悪いだけで、八瞞の悪巫山戯の対象は軛だけではないし、過剰に反応を返せば面白がられるだけだと判ってはいるだろうに、軛は毎度怒りを抑えられない。

 軛も八瞞の性格は知っているのだから揶揄われたとて無視すればいいだけなのだが、〝八瞞に揶揄われた〟という点が1番軛の怒りを誘発させているのだからどうしようもない。

 今回、遅刻している理由が軛を揶揄う為なのか、他意無くただただ遅刻しているだけなのかは婀彌陀羅にも判断は付かない。


 歪み合い程度なら好きにしろと放置するところだが、放置し過ぎると殺し合いに発展するので、婀彌陀羅もたまには宥めに入る事にしている。

 横に置いた盆の上から、八瞞の分の饅頭を手に取り包装を破くと、中身を軛の方へ投げ渡す。


(むじな)は800匹の狸の面倒をみている母親のようなものだと思っていろ。まだ家事が残っているのやもしれんだろう。洗濯や料理をする貉を想像して見ろ、おもしろいぞ?」

「…………」


 軛は手に取った饅頭に視線を落とし、ふんと鼻を鳴らすと饅頭を口元へ放る。

 黒狗面の前の空間が割れ、饅頭が中へ消えると軛の喉が上下に動く。


「彼奴はむしろ世話を焼かれる側の隠居老人だろう」

「ふむ、完全に的を得ているな」


 少しだけ落ち着いた様子の軛を見て、扱いやすい奴だと婀彌陀羅は思う。

 さらに1、2時間待たされる事を予想して、台所から食べ物を持ってくるかと考えたところで、廊下の奥から足音が近づいてきた。


「こんな所で何をしているんですか!」


 怒鳴り込んできたのは、本来なら居るはずのない小鞠だった。


「隠れて何処でコソコソしているかと思えば、裏庭から声がするんですからね!」

「小娘ではないか、学校はどうした?」


 本日は、現世では平日。普段ならとうに学校へ行っている時間だった。

 婀彌陀羅が軛へ視線を流すと、軛も予想していなかったのか訝しげに小鞠を見ている。


「今日も遅刻確定でしたから、帰って来たんです!もう何時に登校しても一緒なんで!」

「開き直るな、さっさと学校に行け」

「はい、ごめんなさい。用事が終わったらちゃんと行きます……」


 軛から叱られ小鞠が反射で謝罪する。

 本来なら、小鞠が家の敷地内に居れば軛が気付かないはずはないのだが、軛の様子を見るに本気で気が付いていなかったようだ。八瞞への怒りに思考を占領され、小鞠は学校に行っているはずだという思い込みの方が優っていたらしい。

 とんだ阿保だ、と婀彌陀羅が呆れた眼差しを軛へ向ける。

 これに関しては軛も何も言い返せないようだ。


 それよりも問題は小鞠である。

 軛と婀彌陀羅、それとおまけで八瞞の計画には小鞠の存在が邪魔になる。

 軛がどうしたものかと婀彌陀羅へ視線でヘルプを求めるが、婀彌陀羅は我関せずと視線を逸らした。

 そんな軛の様子に気付かぬまま、小鞠は薄い胸を張り婀彌陀羅を指差し宣言する。


「それよりも──婀彌陀羅さん!あなたが八瞞さんと一緒にまた良からぬことをしようとしてること、私は気づいてるんですからね!」

「この場にいる軛の名が抜けていないか?」

「うちの軛はそんな事しません!」

「身内贔屓が過ぎるぞ」


 そう言いながらも、婀彌陀羅は立ち上がる。不敵に鼻を鳴らし小鞠を上から見下ろす。 


「ふん、まぁ我らが良い事をするはずないからな、当たっているぞ。普段すっとぼけてる子娘がよく気がついたと褒めてやろう」


 小鞠に張り合い、今度は婀彌陀羅が胸を張る。

 上から目線で褒める婀彌陀羅を、小鞠が負けじと睨み返す。2人の頭の中では、背後で龍虎が睨み合っているのかもしれない。

 だが、そんな睨み合う2人を見ながら、軛が冷めた声で口を挟む。


「あからさまだったがな」

「何がだ?」


 小鞠から目線を外さぬまま、婀彌陀羅が返す。


「わざと小鞠に気付かせるように振る舞っていたのではないのか?」

「そんな訳がなかろう」


 普段から何を言われようと家に根を張った様に動かなかった婀彌陀羅が、ここ数日は小鞠を避けるように振る舞っていた。八瞞も然り。

 それは今回の計画が決まった直後からだったので、軛は自分への嫌がらせかと思っていた。

 ただ、小鞠ならぎりぎり気付かない可能性もあると考えており、また平日は学校があるから、気付かれたとて問題は無いだろうと、婀彌陀羅の悪巫山戯を黙認していたのだが、


「隠す気があったのか?」

「ばりばりあったが?」


 まさかの返答である。

 小鞠から軛へと視線を向け、真面目にそんな事を言う婀彌陀羅の様子からは、これが本気なのか嘘なのか悟らせない。

 だが、軛は十中八九、嘘だと決め付ける。

 婀彌陀羅は本当に隠したい事を、悟らせる様な行動はしないと知っている。長年の付き合いで、それぐらいは直感で分かる。

 話を続けたくなかったのか、婀彌陀羅は軛から視線を外すと、軽く飛ぶように小鞠の前まで移動する。

 そして黒狐面を小鞠の顔面へ寄せ、声を低くし身体に妖気を纏わせる。


「小娘、我らの邪魔をするのなら、相応の覚悟はあるのだろうな」


 どうやら脅しで小鞠を追い払うことにしたようだ。

 小鞠はびくりと肩を大きく振るわせ、婀彌陀羅から距離を取る。

 一瞬、助けを求める様に軛の方へ視線が向かうが、軛は動かない。今回は自分の分が悪いことを小鞠も理解しているのだろう、助けを得られず小鞠の視線が彷徨う。

 けれど、それも僅かな逡巡だった。

 怯えた様子を見せながも、小鞠は婀彌陀羅をきっと睨みつけ指を突き付ける。


「そ、そんな脅しで私は怯みません!わ、私だって伊達にあなた達に長年絡まれてませんからね!」


 脅しても逃げようとしない小鞠の様子を見て、婀彌陀羅は纏った妖気を消すと、その場で腕を組み呆れた様に息を吐いた。

 こうなれば、小鞠は意固地になり軛の言うこと以外聞かなくなる。

 人間が対抗できる筈もない妖相手に、無謀にも挑もうとする小鞠に、婀彌陀羅が面倒くさそうに手を振る。


「もういいから、さっさと学校へなりと行け。また教師にどやされるぞ」


 その最もな指摘に図星を刺された小鞠はぐっと言葉に詰まるが、負けじと学生鞄の中をゴソゴソと漁る。


「私を気遣ったフリなんてしたって、だ、騙されませんからね!婀彌陀羅さんは八瞞さんを待っているんでしょうけど、八瞞さんはここには来ませんよっ!」


 その言葉に、婀彌陀羅と軛が反応する。

 対面する婀彌陀羅が小鞠へ問う。


「何故だ?」

「私が、これをっ!渡したからです!」


 小鞠が鞄から取り出したのは3枚の写真。

 そこには動物園で撮影されたのか、柵の中でのびのびと過ごしている狸の姿が映っていた。

 体を舐めあってる写真。

 寝そべっている写真。

 果物を洗っている写真。


「これ全部、雌です」


 その言葉に、婀彌陀羅と軛は瞬時に理解する。


((───裏切りやがった……))


 あははと笑いながら「ごめんね?」と言っている、八瞞の憎らしい顔がありありと2人の目に浮かぶ。

 八瞞は雌の狸に目がない。いや、見境がない。

 それは骨董屋などの店先に置いてある、巨大な乳むき出しの狸の置物を見ながら、「……いい女」と呟くほどに──。

 あの時の衝撃を、婀彌陀羅と軛は忘れられないでいる。


「この展開……いつかはあるやもと予想はしていたが……、まさか小娘にまで」

彼奴(やつ)の働きを微塵でも期待していた俺が馬鹿だった……」


 八瞞は小鞠に買収されたのだ。

 たかだか、3枚の写真で。

 今頃は、写真に映った狸の元へ喜び勇んで赴いているのだろう。

 結果、八瞞が狸といちゃいちゃしていようが、こっ酷く振られていようがどちらでも構わないが、これから行う計画は変更せざるを得なくなってしまった。


「……はぁ、仕方がない。こうなれば我らだけでやるしかないな」

「始めから、あの狸抜きでやればよかったのだ」


 婀彌陀羅が動く。

 小鞠から離れ、裏庭の中へ進むと前方に異空間へ続く穴が出現し、その中へ迷いなく入って行く。

 その後を軛が追う。

 途中、小鞠へ振り返り、


「小鞠。お前は学校に行け、いいな」


と、念を押し穴の中へ消えていった。


「あ、軛ッ!…………行っちゃった……」


 軛を呼び止めようと伸ばした小鞠の手が、所在なさげに空を掻いた。

年末年始で忙しかったので暫く空きましたが落ち着いてきました。


今年も婀彌陀羅は元気です。

お読みくださり有難うございます。

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