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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
14/20

第三話(3) 瑞穂稲荷神社

「今日も盛況ですね、美禅さま!」


 庭の池を覗き込んでいた那玻璃(なはり)が、満面の笑みで美禅に振り返る。

 美禅は豪奢な室内でゆったりと寝そべっていた。

 畳に敷かれた繊細な模様が刺繍された純白の布地の上に綿を詰めた柔らかなクッションを敷き詰め、その上に美しい肢体を投げ出し、無邪気に池を覗き込む那玻璃の姿を無感情に見下ろしている。


 ここは美禅が住処とする御殿である。

 美禅の主──主神が作り出した、現世のみならず常世からも乖離された異空間に存在するこの場所は、部外者の侵入を許さぬ鉄壁の結界が施された私的な領域だ。出入りが許されるのは創造した主神と、主神に許された美禅、那玻璃と耶紺だけ。


 昔の寝殿造を思わせる建築に神社の特徴を盛り込んだような構造の邸宅は、渡り廊下で繋がったいくつもの大広間の他に神楽殿のような高床式の舞台があり、朱で彩られた柱が立ち並ぶ廻廊からは広大な庭園が一望できる。

 

 上級神にもなれば誰でも作り出せる空間だが、空間の広さはもとより、造りや繊細さは創造する神の影響を受けざる得ない。

 気位の高い神の中には、自分に従するモノを全てを異空間に移住させ、1つの国と呼べる程の規模を維持し続ける事で力を誇示する者もいれば、両極端に馬小屋のような部屋1つで満足するような変わった神もいるので、完全に好みにより分かれるところだ。

 美禅の主神が造り出したこの空間にも、建物以外に神厩舎と流鏑馬に使われる広場があったりする。もう馬はいないので無駄なスペースなのだが、要らなくなったからとすぐさま空間を縮小しないのは、主神の見栄と言えるのかもしれない。


 寝そべった姿勢のまま何とはなしに庭を眺めていると、池の水面が波打ちきらきらと反射する光が目を引いた。

 美禅の居る大広間から庭へ続く(きざはし)の先には青緑の池がある。大広間は高床の上に建てられている為、室内に居ながらでも労せず庭が見渡せる。

 池の淵では、那玻璃と耶紺が張り付いて水面を覗き込んでいる。

 底まで覗ける程に透明度の高い池の水面には、往来する人々の姿が映し出されていた。映っている場所は瑞穂稲荷神社の境内。

 この美しい青緑の池の水面は、瑞穂稲荷神社の神前に置かれている【神鏡】と繋がっている。水面(しんきょう)を通せば、瑞穂稲荷神社全体を御殿に居ながらも把握できる仕組みだ。


 水面に映される瑞穂稲荷神社の様子は、いつもと変わらず賑わっているようだった。

 境内は観光客で溢れ、参拝者が代わる代わるに(はい)し、賽銭を投げ入れていく。授与所では護符や御守を選ぶ者が、社務所には御朱印帳を片手に持った者が列をなしている。


「これも美禅さまのおこないの成果です!」


 耶紺が言う。


「ふん。そう当たり前のことを言うで無い、当然の結果じゃ」


 あまりにも当然の事を言う耶紺に美禅は鼻を鳴らす。

 

「観光客も年々増えてますし、この間なんか朝のニュースにも出てましたよ。それにこれ!おもわず買っちゃいました!」


 那玻璃が裾から1冊の本を取り出す。表紙を飾るのは瑞穂稲荷神社写真。どこにでもある観光ガイドブックだった。それを両手で持ち上げ、美禅に向け嬉しそうに見せてくる。

 だが、反対に耶紺は首を傾げていた。


「わざわざ買いに行ったのか?」


 何も那玻璃の気持ちが分からないという訳ではない。神社を特集するガイドマップに名の知れた瑞穂稲荷神社が載らない事の方が珍しく、記事が掲載されているからと言って雑誌を手当たり次第に買い漁っていたら切りが無い、という考えからだ。

 それは那玻璃も思っていたのか、無駄遣いを言い繕うように雑誌を広げて見せる。


「だって4ページも特集してたんだよ!それに、このお狐様の絵がかわいいでしょ?見てくださいよ美禅さま!」


 那玻璃が開いたページには、大きなフォントで『必ず恋人ができる瑞穂稲荷神社!』と書かれ、横には可愛らしい狐のイラストが大きく載っていた。


「…………」


 美禅の金色の瞳が揺れる。それは美禅本人にも分からない程の僅かな揺らぎだった。

 美禅は無意識にガイドブックから視線を外していた。那玻璃が自慢話であるかのように声を張り上げ、記事の内容を読み上げていく。けれど、元から興味のない記事の内容は、耳をすり抜けるだけで頭に入ってこない。

 腕置きにしていたクッションに頭を落とし、豪奢な金の装飾が施された天井を見上げながら美禅は思う。特集を組んだというこの雑誌の記事に、瑞穂稲荷神社が祀る祭神や御神体に触れる内容がどれ程あるのか、と。


 神代町において、人間が祈りを捧げるのは〝主祭神〟である神ではなく、その眷属──『神使』である。

 神使である美禅が担っている主な役目は、神に変わり人々へ神の意志を伝え、神の代理として力を行使すること。

 本来なら、主神を置いて代理でしかない神使を崇めるなど、主神への冒涜とも言える行いだが、神代町ではそれがまかり通っていた。

 那玻璃から手渡された雑誌を捲りながら、耶紺が不思議そうに言う。


「それにしても変わった街ですよね。主神である神よりも、神使さまが多い街はここぐらいです」

「人神さまがいないんだから当然でしょ?」

「そもそも人神さまがいない事が変わった街なんだって話」


 当然の事と言い切る那玻璃に対し、耶紺が頭を振る。耶紺は那玻璃よりも少しばかり賢い。


「美禅さまのような神使を崇める風習はもちろん正しいし、美禅さまなら主神さまにも負けてないと思っているけど、普通とはいえないかな」

「そんなに珍しいかなぁ、探せばどこかにはあるんじゃない?」

「人神さまが消えた街なんて神代町でしか聞いたことがないよ」


 また頭を振って否定する耶紺に、那玻璃がむむむと難しい顔をする。その顔のまま美禅の方に振り向く。


「どうして人神さまはいなくなったんでしたっけ?たしか、戦があったんですよね」


 那玻璃は百年おきに同じ質問をする。

 美禅としてもあまり気分の良い話ではないので話題にしない事も原因かもしれないが、3度目ともなるとうっとおしいという思いの方が前に出る。

 また忘れたのかと片眉を歪める美禅にも気付かず、那玻璃は「天上界に戻ったんだっけ?」などと耶紺に聞いている。

 眦を鋭くする美禅の様子に気付いた耶紺の方が困ったように笑っている。

 やはり耶紺の方が少しは賢いなと改めて思いながら、美禅は神代町に伝わる曰くを話し出す。




  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 神代町には、数々の『(いわ)く』が残されている。

 それは、この町に神社仏閣が乱立した起源であり、神使を崇める変わった風習が根付いた根源だった。


 この町に残る、多くの文献には、

 神代町は〝神の消えた土地に作られた町〟だと記されている──。


 かつて──、この地には多くの神々がいた。

 現世とも常世とも違う、天上界から人々を導くために降臨されたと記されている。

 『神降地(かみこうち)

 そう呼ばれる土地になった。

 神気に満ちた土地は豊饒に満ち、疫病や災害も無い年が数百年も続いたとされる。

 いつしか神の加護を求める人間が寄り集まり小さな集落ができた。

 集落は数百年の間にその規模を大きく広げ、複数に分かれていた集落が合併し、一つの村となった。


 だが、平和な時代はあっけなく終わりを告げる。


 太古の昔から、人神の間では争いが絶えなかった。

 人間しかり、動物しかり──、知恵を持つ者が寄り集まれば争いが起きる。それは神も同じだった。

 与えられていた穏やかな暮らしは、脆い綱の上を歩くような危険の上に成り立っていた。

 一度均衡が崩れれば、足を踏み外し転落するか、衝撃に耐えきれなかった綱が千切れるか……。


 些細な事で繰り返される神々の諍い。

 天変地異をも操る人神達が暴れるたびに、その影響は人の住む地にまで影響を及ぼした。

 地震、津波、火災、竜巻……、災害が起こる度にか弱き人間は命を落としていった。


 それでも人間はこの地を去ろうとはしなかった。実際には、様々な理由から去れなかったのだろう。

 必死に声を上げ祈り、供物を捧げ、怒りを鎮めるよう願った。

 しかし、人々の祈りは届かず、神々の争いは過激さを増すばかり。


 日々襲いくる災害、それに伴う飢饉。

 最早、生きる希望も潰えた人間に手を差し伸べたのは、人神に使える『神使』だった。

 人神が巻き起こす災害から人々を護り、救う。

 時には乱心する神々の仲裁に入り、主神に代わり地上に豊穣をもたらした。

 祈りを聞き届け、手を差し伸べてくれた神使の存在を人々は尊んだ。

 崇めていた神に裏切られた人間達が、神使を傾倒するようになったのは当然の摂理とも言えよう。


 人神戦争の後、多くの人神はその命を落とした。

 残されたのは眷属である神使と、衰弱しきった人と大地だけ。

 そんな愚かな人神に人間は手を合わせなくなった。

 亡き人神の社の跡に、残された神使を崇める為の社を作りはじめた。

 それが事の始まりである──。




  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「今では、人神を祀る社など数える程度しか残っておらん」

 

 つまらなそうに美禅は吐き捨てる。


「その一つが、瑞穂稲荷神社(うち)なんですね~」

「主神様がいなければ、美禅さまが主になれましたのにぃ、残念~」


 頷く耶紺の横で、那玻璃が残念そうに肩を落としてみせる。

 この話をすると毎度同じ反応を返してくる那玻璃を横目に美禅は呆れ果て息を吐く。

 人神戦争があったとされる時代には美禅はまだ神使でもなかった。仮に、主神が戦で死んでいたとして、現世に居なかった美禅が祀られる筈もない──、これも那玻璃には話して聞かせたのだが忘れているようだ。


 なんとも奇妙でとち狂った風習だが、神代町の住人達は疑問に思う事もなく受け入れている。

 現に、瑞水稲荷神社に参拝する人間の多くは神使である美禅へ参拝に来るものが多い。

 神代町の伝承を知っている者は神使である美禅を崇め、伝承に興味のない若い世代の者も美禅が担う〝恋愛成就〟を願いに参拝にやって来る。


 信仰心は神の力の源になる。

 言い換えれば、人間からの信仰心が無くなれば、神の力は弱まってしまう。現世に留まることが出来なくなり、常世へと帰ってしまう。

 なので廃神社などに神はいない。居たとすれば、それは廃墟に住み着いた低級霊や動物霊だろう。廃神社へ肝試しに行くのをやめろと言われるのはそういう事だ。何が住み着いているか分からない。

 

 ならば、神使である美禅を崇める者が多いからと言って、瑞穂稲荷神社の主神が弱いのかと言われればそうではない。

 現世で生まれ、人間の信仰心を糧とする神ならば、信仰心の消失と共に力が弱まり消える可能性もあるが、瑞穂稲荷神社の主神には当てはまらない。


 美禅の主は、天上界から降りてきた神だった。

 自発的に地上に降りてきていた神が、信仰心を得られなくなったからといって、生まれながらの力が消える訳ではない。

 〝信仰心〟という神力を増幅させる装飾品を1つ失くした程度に他ならない。

 有ればいいが、無ければ元に戻るだけ──。

 さらに説明を付け加えるなら、美禅は眷属として主神と繋がっている。

 主神の眷属となる事で美禅の力は増幅されている。神使として本来持つ以上の妖力を行使できるのも、神使と認められ分け与えられているからこそ。

 その逆もしかり、美禅への信仰は主神への糧となる。

 人々から忘れられ、〝主神と神使〟その役割が逆転していようと、瑞穂稲荷神社の主は主神にしか成り得ない。

 

(この町で人神としての社が残っておるだけ、まだマシな方じゃがな……)


 人神戦争は実際に起こった出来事だ。

 戦に参加していた当事者でもある主神から聞いている。現世に伝えられている内容も大方合っているのだと言っていた。

 美禅は人神戦争が終結した後に神使として拾われた身だ。

 神使となるまで美禅は常世で生活していた。その為、神々が引き起こした現世への影響がどれ程だったかなど詳しい内容は知らない。

 だが、常世の世界でも一部に影響が及んでいたという話も聞いたことがあった。

 それだけ影響を出した大きな争いだったという事だ。


(はぐ)れ神使も多い中、主がいるだけ妾は運がいい)

 

 人神戦争で主神を亡くした神使は多かった。

 主神が戦争に巻き込まれ急死し、神使達も途方に暮れたことだろう。とくに主神と親しかった神使は、相当酷い荒れ方をしたらしい。突然拠り所を失ったのだから当然と言えば当然なのだが……。暴れ疲れ泣き崩れる神使を哀れに思い手を差し伸べた神もいたそうだが、他の神に仕えようとする者は少なかったようだ。絶対神は主だけだと考える神使も多かったから、その結果には納得するしかない。

 逸れ神使が多いのはこういう経緯からだ。

 今はどうしているかなど、美禅には知りようもない。宛てもない日々を過ごしているか、新しい主の元に仕えているのか、数が多すぎて把握はできない。

 主神と共に散った神使もいたが、それが本望だった者も多いのだろう。


 要するに、美禅の主は人神戦争で生き残った希少な神の1人だという事だ。

 だが、美禅はそれは過去の栄光だと思っていた。

 美禅が仕えてからというもの、主が何かしらの行動をとっている所を見たこともない。老人の様に引きこもり、外に出かけたかと思えば長く帰ってこない。ふらふらと現世と常世を渡り歩き、一体何をしているのか。


「じゃあ、主さまは人神戦争の生き残りなんですか?そんなお強い方には見えなかったですけど……」

「何もせずに隠れていたって線も捨てがたいですね」


などと、那玻璃と耶紺が主神を品定める。

 そこには神に対する敬意は微塵もない。

 那玻璃と耶紺は、主神ではなく美禅に使えている気でいる。美禅に仕える事を何よりも誇らしく思っており、美禅こそ絶対無二の主だと信じていた。

 美禅も2人の考えに対して異論がある訳ではない。2人は美禅の眷属であり、美禅自身が神使としての自分の功績を誇れるものだと自負しているからだ。

 だが、那玻璃と耶紺の態度は目に余るものがある。

 苛立った感情をぶつける様に、美禅は2人の方を睨みつける。


「のう、貴様ら──」

「美禅」


 美禅の目が開かれる。

 背後から聞こえた静かな声。その主は広間の奥──背後にある壁一面を覆う、高い天井から吊るされた壁代の向こう側に立っていた。

 美禅は緩慢な動作で床に腕を着き上体を起こす。それは意識しない、自然な動作だった。

 淡く美しい色合いの壁代の後ろに薄く影が映る。風で揺れた布の隙間から、紺色の着物が覗く。

 主が側に来るまで気配を全く悟れなかった那玻璃と耶紺が顔色を白くし、両手で口元を覆っている。

 だが、それは美禅も同じだ。

 

「私は少し出かけてきますね」

「……分かりました」


 主神はそれだけを伝えると、美禅の返事を聞き終わる前に踵を返す。壁代に透けた影が音もなく消える。


「…………」


 力が抜けたように、美禅はクッションの上にぽすりと頭を落とす。

 それを見て、主神が去ったのだと判断した那玻璃と耶紺も口元を押さえていた手を外し、ほっと息を付く。


「はぁああぁ~、ボクまったく気配を感じませんでしたぁ」

「あせりました……もしかしたら僕らの予想より、主さまはお強いのかもしれないね」


 そうはまったく見えませんが、と耶紺が付け加えながら言う。


 ──まったくもって馬鹿な会話だった。

 談笑し合う2人から顔を背け、美禅は内心で当たり前だろうと言ちる。

 仮にも美禅の主である神が、神使の眷属如きに気配を悟られるはずもない。

 美禅は那玻璃と耶紺を自分の眷属にした事を後悔していた。

 

 那玻璃と耶紺は強い。妖力だけなら、そこらの妖では比較にもならない。

 だが、妖としてはまだ若い那玻璃と耶紺がこれ程までに強くなれた原因は、なにも本人達の努力や才能があった訳ではない──美禅の眷属となっているからだ。


 眷属には主人の力が分け与えられる。与えられる力の比率は仕える主によって差はあるだろうが、眷属を持つような者が弱い筈もなく、その力は膨大なものになる。

 そして、力を与えている側の美禅にも主がいる。その繋がりによって、那玻璃と耶紺には主神の力も僅かだが()()()()が回っている。

 それは那玻璃と耶紺も感じているだろうに、頭で理解しきれていない。

 美禅が主を悪し様に言うのと、那玻璃と耶紺が言うのとでは、意味に大きな差があるのだ。

 そもそも、仕える美禅の主を見下す事が、その主に仕えている美禅本人を見下す発言なのだという事に気付けないところで話にならない。


 一時の情に駆られ那玻璃と耶紺を眷属にしてみたまではいいが、何百年経っても中身の成長が見られない、無知で生意気なだけの2人に美禅は嫌気がさしていた。

 いつしか、もっと自分に相応しい眷属が他にいるのではないかと考えるようにもなっていた。


(他が見つかれば、此奴等なぞ──)


 そんな事を考えていた時だった──、美禅が突如として飛び起きた。

 片膝を立てた臨戦態勢で外を──池の方を睨みつける。主からの声掛けにも動かなかった美禅が飛び起きた様子を見て、那玻璃と耶紺も池の方へ振り返る。


「この気配は──」



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「うわぁ……人が多いなぁ」


 観光客で溢れる境内を見回しながら、小鞠(こまり)は巨大な鳥居の下を潜る。

 20mを超す巨大な鳥居に掲げられた扁額(へんがく)には『瑞穂稲荷』の文字。

 小鞠は瑞穂稲荷神社に来ていた。


 発端は、数日前──道端で声をかけてきた男がこの神社を勧めてきた事に始まる。

 あの日以来、何をしていても頭の中から神社の名前が離れなくなってしまっていた。授業中も、入浴中も、夢の中でさえ、ふと神社の名を思い出しては気になって仕方なくなってしまう。


 だが、行ってみるかと思い立って直ぐに行けるものでもない。平日は学校があるし、放課後に行くには時間が足りなかった。神社は小鞠の家とは反対の方向にあり、帰宅までの往復を考えるとさらに時間が足りなくなる。

 そもそも17時を過ぎると殆んどの神社は閉まってしまうのだから、学校終わりに直行しても間に合わない。参拝はできるだろうが、小鞠は体質的にも夜には出歩きたくはなかった。


 そういう訳で、気にはなるが行くには足が重くずるずると先延ばしにしていた次第なのだが、昨日ついうっかりやらかしてしまった。

 購買で新発売されたビッグパンシリーズ、『焼きそばナポリチョリソーパン』をゲットできた嬉しさで気が緩んでしまっていたのだと思う。

 一緒に昼食をとっていた兎京(うきょう)達3人に、ぽろりと神社の話題を振ってしまったのだ。

 何で私はビッグパンで口を塞いでいなかったのか、後悔先に立たずである。

 神代町で1、2を争う大きな神社を3人が知らないはずもなく……、芋ずる式に恋愛成就で有名な神社であることもバレる訳で……。

 「おい!小鞠に好きな奴ができたぞ!」やら、「応援するから誰か教えて」「教師はやめときなよ?」などと(はや)し立てられ、昼休みいっぱい揶揄われた。

 

 そんな事があった後で、神社に参拝なんて行ったら、また揶揄われるネタを自分で作りに行くようなもの──。

 なのに何故、休日にわざわざバスを乗り継ぎ、家と正反対の場所にある神社に来たのか?答えは単純明快。

 喜友(きゆう)が言うのだ……マジでご利益があると。


 喜友は3人の中では1番顔が広く、好奇心が強い。噂話に目が無く、あとオカルトや占いなんかも好きだ。()()()()お爺さんの代から受け継がれる寺の娘で、親の世代からの近所付き合いで、近場の神社や寺はもう親戚の家のような感覚なのらしい。なので、芋づる式に神代町全域の神社や寺の内情に詳しかったりする。

 その喜友が真剣(マジ)な表情でご利益があるというのだから、もう選択肢なんて1つしかないじゃないか。

 兎京達に揶揄われようが、蔑まれようが、彼氏が欲しい!それだけだ。

 目当てのお守り1つを買う──、その為だけに小鞠はやって来ていた。


 聞いた話では、狐の飾りが付いた恋愛成就のお守りが人気らしい。絵馬も人気で、掛所は隙間が無いほどだと言っていた。

 表参道の美しい敷石を通り、まずは手水舎で身を清める。参道をさらに奥まで進み、拝殿に並ぶ参拝の列に加わる。

 参拝は二拝二拍手一拝、〝いいごえん〟の願いを込め115円を賽銭し、その場を離れる。


「よし、次だ」


 神様への挨拶も済んだところで、小鞠はお守りが売られている授与所を探す。

 神代町で1、2を争う大きさの神社なだけあって境内はとても広い。

 噂通り沢山の絵馬が掛けられている絵馬所の前を通り過ぎ、縄を横に張ったおみくじ掛けがずらりと並ぶ通りを進むと授与所が見えてくる。


 授与所の前は人だかりができていた。女性が多く、皆んなピンクや赤の小さいお守りを持っている。

 前に並んでいた女性が去り、小鞠の順番が回って来る。

 わくわくしながら陳列棚に並べられたお守りを眺め、


「…………」


小鞠は長考する。顎に手を当て、お守りの中身を透かし見んばかりに首を曲げ唸る。

 確かに、事前情報でお守りは大人気だと聞いてはいた、けれど恋愛成就のお守りだけで、こんなに種類があるとは聞いていない。大中小、さらにその色違いのお守りが3色。正方形、巾着型、袋型の3パターン。鈴やキーホルダー型もある。

 鈴やキーホルダーを除外するにしても、形が3パターンもあるのは完全に予想外で、小鞠はどれを買うか悩んでしまう。

 皆んなが手に取っているのは袋型のお守りだが、喜友が勧めていたのは狐の飾りが付いたお守りだ。

 しかし、見ているお守りにはチャームは付いていない。

 視線を上げ狐付きのお守りを探すと、陳列棚の一番上に置かれているのを見つけた。大き方の袋型のお守りに金色の狐チャームが付いている。


「これかぁ」


 手に取ろうとすると、その隣に別の種類を見つける。

 ビニールカバーに入った小さな薄いお守りの下に、手の平サイズの狐のマスコットが付いたお守り。これも狐の飾りが付いたお守りだ。

 とても可愛いのだが、狐の背中には恋愛成就はーとと赤い糸でデカデカと刺繍がされていた。


「これ付けてたら絶対からかわれるよね……」


 買うなら金色の狐チャームが付いたお守りだが、マスコットも可愛い。しかし、周りの人達が手にしているのは小さい型のお守りである。

 財布の中身は残り3500円。帰りのバス代を抜いて、残りが3000円ちょい。2つ買うには厳しいし、お小遣いも残しておきたい。

 悩みに悩んだ末、小鞠は窓口に座る巫女へ聞いてみる事にした。


「あの、すみません」

「…………」


 だが、巫女からの返答はない。

 窓口のガラス戸は開いている。声は届いているはずなのだが、目の前に座る黒髪の巫女は横を向いたままピクリとも反応しない。


「あ、あの?」


 聞こえなかったのかも知れないと、もう一度声をかける。


「なんですか」


 次は反応があった。

 巫女は横を向いたまま視線だけを動かし、小鞠を睨みつけながら淡々とした声音で応える。

 その様子には愛想など微塵も感じられない。むしろ小鞠を見る目付きは、まるで怨敵を見るかのようだ。

 小鞠の中で巫女さんに対して思い描いていた清楚で凛とした印象が音を立てて崩れていく。

 もう手にしたお守りをそっと戻しユーターンしたい。

 心は泣いていたけれど、去るに去れずに立っていると小鞠はふと気づく。自分を睨む巫女の顔に見覚えがあるような気がした。


(あれ、この子……どこかで見たことあるような)


「それで、要件はなんですか」


 動かない小鞠に巫女がもう一度声をかけてくる。

 冷めた目線は変わらないが、開口一番のとげとげしさは少し和らいでいるように感じた。

 早く接客を終わらせようとする意図を感じなくはなかったけれど、これはチャンスだと小鞠は両手に持ったお守りを顔の高さまで上げて見せる。


「あ、一番人気の縁結びのお守りってどれか知りたく──」

「買う物以外にベタベタ触れないで頂けますか」

「あ、すみません」


 とげとげしさが和らいでるなんて全て妄想だった。氷を投げつけられたと錯覚しそうな声で質問を遮られ、小鞠は素直に謝ってしまう。


「2千5百円です」

「え?」


 巫女はようやく小鞠の方に顔を向け、冷めた口調で告げる。


「そのお守り。2つで2千5百円です」

「でも、これ、効能同じもの……」

「後ろが支えますので、お早く」


 カツン!と音を当て、窓口からカルトンを差し出す巫女の勢いに押され──。


 数分後──、小鞠は大鳥居の下で茫然と立ち尽くしていた。

 その手には、金のチャームが揺れるお守りと、マスコットが付いたお守りが握られていた。


「世の中の風って、冷たい……」



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 池の水面を見下ろしながら美禅が呟く。


「あの娘の気配──」


 映っているのは、呆然と立ち尽くす小鞠の姿。その両手にはお守りが握られている。

 様子は可笑しいが、誰が見ても普通の人間の子供である。

 だが、小鞠を見つめる美禅の顔は険しい。

 美禅の両脇で一緒に水面を見ていた那玻璃と耶紺も口元を袖で隠し顔を顰める。


「うわぁ~……、何ですかあの娘っ子」

「かんっぺきに、取り憑かれてますね」


 那玻璃と耶紺の目にも、小鞠の周りに纏わりつく(おぞま)ましいモノが見えていた。

 どす黒い影のような(もや)が、螺旋を描き小鞠の全身に纏わりついている。足元から肩口まで伸びる靄は腹部付近で胴を突き抜け、その先端が時折周りを見回すように旋回する。

 蛇が蠕動(ぜんどう)するかのように、形を変えながら蠢く様は、この靄が意志をもって動いている事を伝えてくる。

 

 肩口を漂っていた靄の先端が、徐々に輪郭を形作っていく。

 靄の先端が尖り、その上に2対の三角形が形成される。その形は犬の頭の様にも見える。

 靄が動く。尖った口先と思しき部位がガパリと裂け広げる。裂け目には鋭く並んだ牙があった。


「「ひぇえ……」」


 その悍ましい──粘つくような怨嗟に那玻璃と耶紺が同時に声を上げる。

 同時に、こんなモノを纏わりつかせていて平気な顔で過ごしていられる小鞠の存在をも気味悪がった。


「この方は、どうしてまだ生きているんでしょう?」

「うちの巫女も、すっげー嫌がってたよね」

「流石にあれだけの気をまとっていたら、霊感がある人間にとっては近づかれるだけでも耐え難いだろうしね。うちの巫女はわるくないよ」

「いったい何をどう罰当たりな事をしたら、あそこまで不浄の気をまとえるのか謎だよね」

「そんなもんじゃ無いって、あれはもう血筋の──」


 気味悪がりながらも那玻璃と耶紺は池から離れない。怖いもの見たさからか水面を覗き込み、身を寄せ合いながらこそこそと話している。


「やはり、この気配は……」


 ここまで黙って見ていた美禅が呟く。


「那玻璃、耶紺。いい事を思いついたぞ」


 そう切り出した美禅の顔は、妖艶な笑みを浮かべていた。

 


 その背後に垂れた、紅く塗られた意図(いと)に気づかぬままに──。

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