第三話(2) 小鞠の日常と非日常
──次の日。
「おい、犬鳴。おまえの遅刻癖どうにかできないのか?」
放課後の職員室。小鞠は担任から呼び出されていた。
今日も遅刻してきた小鞠は言い訳もできず担任の前で項垂れる。
「すみません……」
本当は色々と言いたいことはあった。遅刻した理由も話したいし、愚痴だって聞いてもらいたい。だが、小鞠の悩みは気軽に相談できるようなものではなかった。霊感0の相手なら尚更に。
昨夜のことを思い出し、小鞠は内心で怒りに歯をかみしめる。
(今日の遅刻だって、元はと言えばあの人達が原因じゃない……!)
あの人達というのは、もちろん婀彌陀羅と八瞞のことだ。
家に乗り込んでくるのはいつものことだから、そこは百歩譲って我慢できる。
(だけど、私の家で我が物顔で騒ぐのは問題外でしょ!しかも、私を巻き込んで!)
昨夜も小鞠は散々な目に遭わされた。
食べたアイスの本数で大人げなく揉める3人をなだめる為に、制服を着替える暇もなくコンビニへにアイスを買いに行ったところから始まり、それで落ち着いたかと思えば、次は呼ばれもしない夕飯の席に勝手に加わってきて食事を催促しだした。
自分の分も合わせて4人分、それも大食漢を含む──の胃袋を満たす料理を作り、風呂に入り、洗濯を回して、疲れたから早めに寝ようとベッドにもぐり込んだ矢先、止めとばかりに居間から爆発音が聞こえてきた。
そこが小鞠の限界だった。
居間に駆け降り「私は明日も学校があるんですよ!」と怒鳴り込みに行けば、獲物がきた言わんばかりのテンションで迎えられ捕獲された。
それから何があったかなんて、思い出すだけで脳が疲れてしまう。小鞠が解放され部屋に戻れたのは、深夜2時を過ぎた頃だった。
ぼーっとする寝不足の頭で軛の朝食を作っていたら、気付いた時にはとっくに登校時間を過ぎてしまっていた。
小鞠のクラスの担任、四木正隆は、丸めた教科書で肩を叩きながら、項垂れる小鞠を呆れ顔で見上げる。
不運そうなオーラを背負ってる以外に特徴のない20代の男教師だ。
「今日、遅刻した原因は何なんだ?」
四木が困ったように聞く。
「今日は、その、朝食を作っていたら……」
「あー……、おまえの家が大変なのは、分かってはいるんだが……」
無難な答えしか言えない小鞠の返答を聞いて、四木はバツが悪そうに頭を掻く。
どうやら遅刻の原因が、家の家事で手をこまねいていたのだと、都合よく理解してくれたようだった。
四木は担任として、ほぼ一人暮らし状態である小鞠の家庭事情を知っていた。
だからか、四木は担任として小鞠をよく気にかけるかけてくれる。別に本人が言葉にした訳じゃない。四木の言動からは、それが伝わってくるのだ。
小鞠は、四木が自分の生活環境に対し、同情や共感を抱いているのを感じていた。それは四木が独身であり、長年の一人暮らしで家事の大変さが分かるからこその共感からだと思っている。
(……けど、朝食を作って、ゴミを出しして、学校へ行く身支度をするだけで、それ程時間は掛かっていない訳で……)
食器は水に浸けておけば帰ってから洗う。洗濯物は夜の入浴後、毎日洗濯して乾燥機に入れて終わり。掃除は、土日祝日で!昼食は購買で買うようにしているし、宿題は学校でほぼ終わらせている。
小鞠としては、一人で家事をこなすことをそれ程大変だとは思っていなかった。小さな頃から、これが普通だったから。
それに……と小鞠は思う。心配されるべきは先生の方なんじゃないかと。
噂では3年半付き合っていた彼女に浮気され、次に付き合った彼女は友人との二股が発覚し同棲2週間で破局。現在も独身街道まっしぐらで、節約のために始めた自炊で手料理が年々上手くなっていっているらしい。最近は髪に白髪が増えてきたらしく、闇落ちしそうな顔でいっそ金髪に染めるかと呟いていたのを見たぐらいだ。
一生徒の私生活よりも、四木の本人が抱えるストレスの方がよほど深刻だろう。
「でもなぁ……お前だけ遅刻を許すのはなぁ……」
頭を掻きながら困った様子でぼそぼそと零す教先生の姿に、小鞠は少しだけ良心が痛くなる。本気で心配してくれているのが分かるからこそ。
(気を使ってくれてるのに、軛のおかわりを3回も作ってただけだなんて言えない……)
ちょっとおせっかいな所はあるが、四木先生は良心的な良い教師なのだ。
勝手に先生の方が可哀そうだなんて決めつけたことをちょっと反省する。
でも、ここで勘違いを正すのも野暮というもの。
小鞠は明るい表情でもって宣言する。
「先生すいませんでした。明日は遅刻しないよう来ますので!朝食も夜に作りますから!」
「あー……明後日も、遅刻しないようにしてくれな」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
担任に呼び出されていたこともあって、小鞠は誰にも捕まることなく学校を後にした。
昇降口から続く通路には、下校する他の生徒の姿も多く見られる。
いつもなら、この時間は兎京達に捕って、つまらない暇つぶしに付き合わされている頃だったが、今日はその本人達からお許しをもらっていた。
HR後呼び出しを受けた小鞠に対し、喜友と凛子が「呼び出しなんて、何やったのよ?」「きっと遅刻の件だよ」なんて好きに話しながら鞄を手渡し、兎京も真面目な顔をして「忘れて帰んなよ?ちゃんと四木の話聞いて来い」と言って、教室から追い出した。
担任を呼び捨てにしてても、呼び出しになればあの3人でも無視できないようだ。
せっかく空いた時間を有効に使おうと、小鞠は商店街で買い物をして帰ることにする。
米や野菜、肉や魚のチルド食品は、買わずとも定期的に配達されるようになっている。日用品も通販で購入している為、小鞠が買うものは日々の細々とした物品やスーパーに並ぶお買い得品ぐらいだ。
ドラッグストアで買い物を済ませ店を出た所で、買い忘れていたものを思い出す。
「……お母さんに、お花買わないと」
仏壇の花が萎れていたのを思い出し、帰路を逸れ花屋へ向かう。
ドラッグストアの裏へ回り、近道になる細い路地を通り抜けると、商店街へ続く道へ出る。
少し行くと『デリスィユ』と書かれたオシャレな看板が取り付けられた洋風の家が見えてくる。周囲には人だかり。近づくと、花に囲まれた細身の男性が声を掛けてくる。
「こんにちは、小鞠さん」
「こんにちは、花菱さん」
『デリスィユ』は近所で有名な花屋さんだ。
話しかけてきたお兄さんは花菱咲又さん。20代中頃に見える若さだが、この花屋を1人で回している若店主。
一目でイケメンだと分かる外見と、さわやかな笑みに魅了された客たちが噂を広げ、いっきに有名店へと上り詰めた店だ。
店は店舗兼用住宅で、店内事態はそれほど広くない。けれど、自宅部分に庭があって、そこにも花をたくさん置いているそうだ。希望の花を言えば、なんでも揃えてくれるのもこの店が人気の理由だったりする。
「いつものお花でいいですか?」
「はい、いつもので」
「わかりました、少しお待ちくださいね」
注文を聞くと花菱はにこりと微笑み、店の中へ入って行く。
さらりと風に靡いた髪から、作り物とは違った花の香りが小鞠の元まで漂ってくる。
(か、カッコいい……っ!)
何処かの国のハーフなのか、さらさらのプラチナブロンドの髪と白い肌。落ち着いた声とすらりとしたルックス。大きなレンズの丸眼鏡から見える茶系の瞳からは、知的で柔和な印象を与えてくる。普通にアイドルとしてTVに出ていてもおかしくない見た目。しかも、営業しているのはお花屋さん。乙女の妄想を素で網羅してしまっている。
さらには、お客さんの名前を一度で覚えられるという特技を持っており、頭の良さも兼ね備えた非の打ち所がない、まさにパーフェクトお兄さんだ。
小鞠が花を待つ間も周囲の人だかりは減らない。
この人達は花を買いに集まっているんじゃない、花屋の店主を見に集まっているのだ。
花見というより、花より団子。この人達にとったら店主の方が花で、花見の方が正しいのかもしれない。
花に囲まれ仕事をする花菱の姿を少しでも長く目に焼き付けようと、花を買わない人まで店の前でたむろっている。女子高生に、女子大生、近所で見かける年配のおばさんの姿もある。
「どうぞ受け取ってください」
小鞠は声のした方に振り返る──と、先に注文を受けていたお客さんに、花菱が花束を手渡しているところだった。
「あら!あらあらあら、咲ちゃんたら綺麗に包んでくれて」
「喜んでもらえて嬉しいです。ふふ、高井さんを思って包みましたから」
「まぁ~~!いつもおべっかが上手いんだからぁ~!」
高井のおばさんも花屋の常連だ。購入する花は仏壇に飾る花だと言っていたが、いつも派手な花ばかりを買っている。
小鞠はその気持ちが良く理解できた。花菱から花束を手渡されるなら、仏花よりも美しく見栄えの良い花を渡される方を選びたい。それが乙女心というもの。日常的に室内に花を飾る、ちょっと優美な生活を送っていると思われるのもポイントだ。
高井のおばさんは、にやける頰に片手を当てホクホク顔で帰って行く。中年のパーマのきついおばさん相手にも、変わらぬ笑顔で接客する花菱は偽りなき良い男になのだろう。
小鞠は知っている。高井あのおばさんが、旦那には冷たいのはご近所では有名な話である。年を取っても女には変わりないという事なのだろう。
花菱は「いらっしゃいませ」や「毎度ありがとうございます」といった、お店では当たり前の言葉をあまり使わない。その言葉を使っている所に出くわしたことがあるが、どう見ても仕事絡みの会社員や業者の人だったりする。
高井のおばさんに花を手渡していた時のように、その人の目線に合わせにっこりと微笑みながら「どうぞ受け取ってください」と、購入した花を優しく手渡す。
受け取る側は自分で注文した花であるのも忘れ、まるで花菱から花を贈られたかのような気分に浸れる。「毎度あり」なんて言葉で、ただの店員と客という現実を直視することなく夢心地のまま帰っていく。
支払い?この花屋で花を買う女性は、大多数が先払いを希望するから問題ない。この料金で花を作って欲しいと頼めば、花菱がぴったりの値段でラッピングまでしてくれる。
(相手が喜ぶ言葉を見抜いて対応する、見事だわ……これを素でやってのけてる花菱さんが凄すぎるんだけど)
「──りちゃん……、小鞠ちゃん?」
「は、はい!」
「大丈夫ですか?ぼーっとしてましたが……」
「だ、大丈夫です!」
考え込んでいる間に、花菱に距離を詰められていた。近い距離で心配そうに見つめられ、小鞠は慌てて後ろに退く。
やばい絶対、勘違いされたと周りに耳をすませば、思った通りギャラリーから「あの子、咲又さんに見惚れて……」なんて、声が聞こえてきた。
(っあーーっ、恥ずかしいっ……!)
脳内で頭を抱え身をよじりながら、花菱から注文の花を受け取り、レジで支払いを済ませる。いつも同じ花を購入しているから先払いも選べたが、なんだか気恥ずかしいからやってない。
花菱が他の女性客に捕まっている間に、小鞠は周囲からの視線を避けるようにそそくさと店を離れる。
「小鞠さん」
誰にも気付かれていない、そう思っていたが花菱に声をかけられた。驚き肩を跳ねさせながらも後ろを振り返ると、女性に囲まれた状態の花菱が小鞠の方へ顔を向けていた。
「またお待ちしています」
そう言って笑顔で手を振る花菱の姿に、小鞠の胸がポップコーンのように弾けた。
赤くなった顔を隠すように頭を下げ、笑顔の流れ弾を受け放心する女性達の間を早足で通り抜ける。
(仕方ない、花菱さんだから、これは仕方ない!)
「別に軛とは何でもないんだから、カッコいい男の人にときめくのは何も問題ないんだから……!」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
花屋を出た小鞠は、その足で商店街にあるクリーニング店に寄る。荷物はかさ張るが、どうせなら一気に用事を済ませてしまいたい。
クリーニングに出していた制服を受け取り家路につく頃には、辺りは夕日で茜色に染まっていた。長く伸びた影が地面で揺れる。左右に続くブロック塀の向こう側から、アブラゼミの鳴き声が後を追うように聞こえてくる。
肩からズレた学生鞄をかけ直すと、腕に抱えた花束──カーネーションの包装がガサリと音を立て、生花の芳しい香りが近くなる。
ピンク色の愛らしい花を見つめながら、小鞠は眉を寄せる。
(また、あの人達いるのかな……)
ちょくちょく自宅に出現しては長時間居座り続ける厄介者のことを思い出し、足取りが重くなる。
「はぁ~~……、本当にどうにかできないものか」
妖を家に寄せ付けない方法があるなら、誰でもいいから教えて欲しいと切実に思う。
厄除け?盛り塩?魔除けの護符?そんなのは、とっくの昔に全て試し終わった後だ。
幼い頃から霊感があった小鞠は自分の能力をとても嫌っていた。
何もないところを指差し、何かがいるなどと怖いことを言う子供を周囲が遠巻きにするのは、当たり前と言えば当たり前のことだった。
稀に向こうから声をかけてきてくれる子もいたが、そういう子もしばらくすると近寄らなくなってしまう。小鞠に近づく者を心配する周りの人達が、色々な噂を吹き込んで遠ざけてしまうからだ。
たとえそれが、厄介ごとに巻き込まれないようにと注意しただけの善意だったとしても、小鞠に残されたものは仲間外れにされたという悪意しかない。
小学生の時が一番酷かったと思う。クラスの中でも目立つ男子に目を付けられ、また小鞠が嘘をついている、かまって欲しいのか?などと冷やかし、ことあるごとに先生に報告された。教師がどちらの見方をしたかは言うまでもないだろう。
そんなこともあって、小鞠は霊が見えなくなる方法を見つけては片っ端から全て試した。
おまじないから、お祓いまで散々試して回り──結果的にどれも効果はなかったけれど、そういった知識だけは無駄についてしまった。
霊が見えなくなる方法については、もう半ばあきらめている。
ただ、婀彌陀羅と八瞞の2人が家に来るようになってからは、霊が見えなくなる方法よりも厄払いの方に力を入れ試すようになった。……こちらも未だ結果は出ていないけれど。
「って思っても……いい案が浮かばないなぁ」
何かあの2人をぎゃふんと言わせられる方法がないものか、そんな事を考え歩いていると、
「悩み事ですか?」
「えっ?」
背後から急に声をかけられた。
盛大な独り言を聞かれた恥ずかしさよりも驚きの方が勝り、小鞠は後ろを振り返る。見ると、今歩いてきた道の端に着物姿の男が座っていた。
短く切り揃えられた鴉ぬれ羽色の髪。顔立ちは整っているが目元が細く、目を開けているのか閉じているのかよく分からない。見た目は若く見えるが、その落ち着いた佇まいからは、老成した雰囲気を感じさせる。
螺旋状の赤紐が描かれた風変わりな紺色の着物を着ており、肩からは赤茶色の羽織をかけ、襟からは紅色のストールのようなものが覗いている。一昔前のレトロな格好が、年齢不詳なこの男には良く似合っていた。
男は道端に有るはずのない木製の丸椅子に腰掛けていた。前にテーブルが置かれていれば、胡散臭い路上占い師のようにも見える。
どう見ても不審な人物だったが、声を掛けられるまで人がいたことに全く気づかなかった小鞠は目をぱちくりとさせ足を止めてしまう。
左右はブロック塀が並ぶだけの遮蔽物もない、ただの道だ。
普通なら人の姿を見逃すはずがない簡素な通りだというのに、それでも気付かないほど自分の考えに没頭していたことを知り小鞠は頬を赤くする。
後悔しても盛大な独り言を聞かれてしまったことは、もう取り返しがつかない。
「いえ、なんでもないんです!すいません……」
羞恥でだんだんと尻すぼみになる小鞠の様子を見て、男がくすりと笑う。
「私の方こそ急に声をかけてしまい、驚かせてしまったようですね。私の前を通り過ぎても気づかない様子でしたので、相当なお悩みかと思いまして、つい」
「そんな大層なものでは……」
「それでは、神頼みなどはいかがですか?」
「は、神ですか?」
急な話の転換に小鞠は間の抜けた声で返す。
何を言い出すのかと顔を上げれば、男は笑みを浮かべたまま小鞠を見ていた──、というよりも表情が変わらない。始めから今も、男の口元は柔らかく弧を描いている。細い眼元と合わさって、常に微笑んででいるように見える。
普段から温厚な人柄で、これが男の飾らない素顔なのかもしれない。だが、小鞠にはその柔和な笑みが、心情を悟らせないよう偽った仮面のように思えた。
小鞠の頭に浮かんだのは詐欺の文字だ。悩む人に対し、いの一番に神頼みを進めるなど、まともな感性の持ち主ではない。霊感商法か、もしかしたら面倒な宗教勧誘をされるのではと身構える。
それを察したのか、男は軽く笑って否定する。
「私は信者ではありませんよ」
「あ、あはは、良かった、でも、間に合ってますので」
これ以上関わってはいけない。確証は無いが、厄介ごとを引き寄せる自分の体質がこの場を離れろと訴えかけている。
小鞠がそれじゃあと、頭を下げ早足でその場を去ろうとすると──、
『瑞穂稲荷神社』
──一瞬、直接頭の中に語りかけられたかのような錯覚が起きた。すっと言葉が頭の中に入ってくる感覚に、小鞠の足はその場に縫い付けられたかのように動かなくなっていた。
「──という神社を知っていますか?」
続けられた男の言葉に、小鞠の意識が戻る。金縛りが解けたかのように、身体に異変もない。
「えっ、あぁ……確か縁結びのご利益があるって、神社ですよね?クラスで話してるのを聞きました、人気みたいで……」
「はい、その神社で間違いないですよ」
瑞穂稲荷神社とは、神代町に住む人なら誰でも知っている大きな神社だ。
縁結びで有名で、商売繁盛にもご利益があると言われている。観光雑誌には必ずと言っていいほど掲載されているパワースポットだ。
だが、小鞠は行ったことがなかった。家から徒歩で行くとなれば距離はあるが、行けない距離ではない。いつでも行けるという余裕からか、近場にあると何故か足を運ぼうとは思わないのが人間の心理だ。
「縁とは、ただ男女間のものだけではありません。結ぶ縁、出会う縁、悪しき縁……」
男の目が僅かに開き、小鞠を映す。夕日に背を向けているのに、その瞳は光を反射しているかのように揺らめいて見えた。
「そして血の繋がり……それも、また縁──」
「…………」
「出会うだけ、話すだけでも、縁は繋がっていきます。──あ。あなたと私の間にも、今、縁が繋がりましたよ」
そう言って微笑む男に、小鞠は引きつった笑みを浮かべる。
「は、はは、そうですか、それはそれは……」
「あなたにも素敵な方との出会いがありますように……、もしかすれば既存の方かもしれませんよ?」
「えっ!」
その言葉につい上擦った声を上げてしまう。
頭に浮かんだのは同じ家に暮らす軛の姿。無意識に思い浮かべた相手が軛だったことに気付いた小鞠の顔が瞬間的に赤くなる。
思春期の少女らしい初心な反応。だが、小鞠を見つめる男の表情が曇る。
「それが、どう転じるかはわかりませんが──」
ずっと穏やかな表情を浮かべていた男の急な変化、哀憫おびた表情に小鞠も戸惑ってしまう。
「それは、どういう……」
「あなたの人生に僅かでも、幸在らんことを──それでは」
そして、「是非一度お目見えください」と付け加え、男は背を向け去っていく。
「僅かでもって……」
何とも言えない気分で去って行く男を見送りながら、小鞠はふぅと息を吐き緊張を解く。不思議な人というより、なんだか失礼な人だった。
会話も有名な神社を勧められただけで、高額な商品の購入を迫られる事もなく、宗教勧誘もされなかった。あの男の人にとっては、本当にただの世間話のつもりだったのかもしれない。それなら、素っ気ない態度ばかりを返してしまった事に少しばかり悪かったなとも思う。
道端に置かれた丸椅子がそのままなのは気になったが、無理やり気にしない事にする。
さっさと帰ろうと、踵を返す。
「あれ…………?」
と、そこで違和感に気付く。振り返った先に、男の姿はない。
「あの人、冬服だった……?」
鳴いていた蝉の声が、ふつりと止まった。
各話題名が分かりにくかったので修正しました。




