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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第二話(5) 捜索・模索・落としどころ

 婀彌陀羅たちは神代町の北に向かっていた。

 人間には姿が目視されない3人は悠々と道に広がって歩く。

 その後を狸姿の秋葉が排水溝や家々の庭先にちょこちょこ入り込み、身を隠しながらついて行く。まだ若く妖術の安定しない秋葉は、少しの間なら姿を消すことも出来るが長くは維持できない。街中で狸の姿は珍しいので、不便だがこうやって目立たないように移動する必要があるのだ。


 人探しに重要なのは、対象の行動範囲を知ることや目撃証言、身を潜められる場所などの情報だが、今回はそれら全ての情報が足りていない。

 婀彌陀羅が早々に始末したつもりでいた人間の行動範囲を知るはずもなく、半年以上行方を晦ませていても問題にならない人物の目撃証言などあるはずもない、人間が隠れられる場所も既に警察が粗方調べつくした後だろう。そうなれば後は()で探すしかない。


 軛はずんずん前に突き進みながら、目に入った妖に探す男の行方を尋ねることを繰り返す。だが、そのやり方が荒っぽい。

 何かを嗅ぎつけた軛が道を逸れる。道端に立つ電信柱に一直線に向かって行き、電信柱の影に隠れていた妖の頭を掴み引きずり出す。何が起こったか状況を理解できないでいる妖の顔に、懐から出した写真を突きつける。


「おい。この男を見なかったか」


 じりじりと顔に近づいてくる写真と、軛から放たれる──黙っていたら只では置かないと物語る威圧に気圧され、見知らぬ妖が悲鳴を上げる。


「ひぇえぇえ~」


 この光景も3度目だ。探索を始めてまだ僅か数分なのだが、道を歩くだけで哀れな妖がどんどん増えて行く。


「まるでカツアゲのようだな」

「恐喝の間違いでショ」


 止めはしないまでも、婀彌陀羅と八瞞もやれやれと肩をすくめる。

 周囲にいた妖達は「何かヤバイのが来てる!」と気配を察知したか伝達が回ったのか、身を潜め出てこなくなってしまっていた。

 男を探す前に、目撃証言を聞く相手を探す羽目になっている。


「まったくお前と言う奴は、怖がらせ隠れられてしまっては要件を聞くどころではないではないか。それでなくとも無駄に図体がでかいのだから、もっと柔らしく対応せんか」

「奴等が惰弱なだけだろう。……だが、これでは埒が明かん」

 

 軛は溜息を吐くと、八瞞へ話を振る。

 

「散らせた狸からの報告はどうなっている。まさか一匹ずつ戻ってくるのを待つつもりか?」

「まさか、あいつらの思考はオレに直接伝達されル。包み隠さず、ネ。俺が()()()()直ぐに連絡が取れルサ」

「ふん、さっさとしろ。どうせ見つけた所で生きてはいない、無駄足だ。早く終わらせるぞ」

「同感だネ」

「生きとると言っているだろう!」

 

 騒ぐ婀彌陀羅を無視し、八瞞が放った狸達に意識を繋げる。

 そう間も置かず、


「ほら来タ」


と、八瞞が呟き、それに軛が反応する。


「もう見つかったのか?」

「『500円玉拾いました』って言ってル」

「……巫山戯ているのか?」


 怒るでもなく本気の確認をしてくる軛に、意図した訳でもない八瞞も頭を掻くしかない。


「イヤ、思考全部が伝達されるもんだから雑念も多くてネ」

「よし、ならば全て読み上げろ!」


 のっけから返って来た頓珍漢な返答に、軛と八瞞が不穏な気配を察した横で、婀彌陀羅が意気揚々とゴーサインを出す。


「ハイハイ。えっと、ナニナニ~……『尻尾踏まれた』、『西側のスーパー卵が安売り』、『5丁目の夫人に新しい不倫相手発覚』、『迷子になりました』、『スイカ1玉500円、買いです』、『橋の下に新入りのホームレス発見』……」

「貉!我の分もスイカを買うように言ってくれ」

「……おい、早速迷子が出ているが?」


 予想通りと諦めるべきか、やはり指示した内容の報告は無く、むしろ狸達は町の探索を楽しんでいる節がある。

 狸達から送られてくる報告を読み上げる八瞞の声も段々と棒読みになっていく。


「あ~……『東駅前が工事で通行止めです』、『婀彌陀羅さんの分、スイカ買いました』、『ここどこですか!?』、『迂回先も交通事故で通行止めです』」

「分かったぞ。スイカは縞宮だな、彼奴はいつも気が利くのだ」

「集団移動でどうすれば1匹だけ迷子になれる?」


 各々好き勝手な意見を言うだけの使えない奴等に囲まれ、八瞞が「はぁ゛~~~~~」と、重い重い溜息を絞り出す。


「……なんか、もう面どくせぇナ」


 そう悪態を吐き、懐から符を取り出す。人差し指と中指の2本を立て、口元に近づけぼぞぼぞと呟く。

 すると符に描かれた文字が赤く光りだし、光が消えると同時に、


『東側、学校裏の探索へ向かいます』

『西ー……、未だ有力情報なしです』


と、狸達の声が符から聞こえてくるようになる。

 八瞞の言う通り狸達の思考が全て流れてきているようで、引っ切り無しに伝達される言葉の波に、場が一気に騒がしくなる。

 

「こうやって聞くと、なかなかに騒がしいな」

「今は数が多いからネ。少ないときには便利ダヨ」


 情報は多ければ多いほどいい。……たとえ、なんの役に立たない内容だったとしても、広範囲の状況報告を一気に収集できる方法なのだから、少し騒がしい程度は甘んじて受け入れるしかない。

 だが、それ以前の問題を抱えた狸がいることもある。


『後続のやつらはどこにいったんだ?!』

『うぇ、見つかった!絡まれてます!誰かたすけて!』

『ぎゃあ尻尾掴まないで!』


 現場は随分と賑やかな様子だ。聞こえてくる悲鳴に「ついに捕まったか」と、軛がつまらなそうに言う。


「……あ~南組ー、迷子誰?回収しといてクレル?」


 八瞞の指示を聞いた狸から即座に『それ蕨です』と返答が来る。

 聞けば、南側探索チームを率いる蕨が先頭を切って走り出したはいいが、道が分からなくなったのか急に見当違いな方向に走り出したらしい。後続の狸達も途中までは後を追っていたのだが、蕨は狸達の中ではかなり足が速かった。俊足であることが災いし、蕨を誰も追えなくなったところで追うのを諦め、速やかに別行動に移ったらしい。

 蕨は狸達から人気はあるが、人望は無い。それは蕨の行動を見ていれば理由は言わずとも分かるだろう。

 八瞞が疲れた声で言う。


「あー……蕨回収しテ、南組は代わりに杉乃(すぎの)が引っ張ッテ」


 直ぐに杉乃と呼ばれた狸から『はい、解りました』と、返事が来た。


「やはり、蕨が一番可愛らしいな」


 横で指示を聞いていた婀彌陀羅が満足そうに頷いているのを見て、


「……あいつ自分で首絞めてるの自覚しないな」


八瞞は間抜けな部下を思い、静かに空を仰いだ。



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 情報を求め歩き回り、たまに横道に逸れながらも、3人は目標としていた北側──上神代の端にまで到達していた。気付けば日もだいぶ傾いている。

 道はまだ続いているが、この先に進めば郊外にまで出てしまう。

 探索範囲としては視野に入れるべきだが、範囲が広く狸達を一斉に走らせたとしても、今日中に人間1人を探し出すというのは到底無理な話だ。

 他の狸達からの有力な情報も無く、郊外を探索するのなら明日に回す方が効率的だろうと、今日はこれで引き返すかと決めたところで、婀彌陀羅がふと足を止めた。

 それに気付いた軛が婀彌陀羅の視線を辿り、面の下で顔を顰める。

 既に次の行動が読めた軛は婀彌陀羅を止めようとするが、


「よし、彼奴にも聞いてみるか!」


と、声をかけるより先に婀彌陀羅が勝手に動き出してしまう。


「おい、彼奴らに関わるのはやめておけと……」

「もう婀彌ちゃん止まらなそうだしいいんじゃナイ?」


 そう言って続く八瞞の後に、軛も渋々と付いていく。


 婀彌陀羅が向かった先は、古びた狭い廃神社だ。

 短い10段程しかない石段を登る。木製の低い鳥居を潜った先には、狭い境内に繋がっている。石の禿げた短い参道に、古い木製の小さな社。神社の名さえ分からない、放置され廃れた神社だった。

 婀彌陀羅はずかずかと境内の中央まで歩くと、仁王立ちで声を張り上げる。


「おい、ちょっとばかし聞きたいことがあるから出てこい」


 だが、辺りはしんと静まり返っている。婀彌陀羅はもう一度声を上げる。


「居るのは分かっているのだから、さっさと出てこい」


 何もいない空間に向け声をかけ続ける──と、どこからともなく低い男の声が聞こえてくる。


「穢レタ存在、ガ、我ワレの、社に入る、ナ」


 無理に人の言葉を発しているかのような片言に、変な間を置いた話し方。声と共に参道を挟んだ左右の地面から、黒く大きな手がぬっと突き出てくる。

 声の主が地中から姿を現す。

 手から腕、丸まった背中、頭部と足と、糸の切れた人形が地面から引き上げられているかのように姿を現す。

 現れたのは、2体の人型をした妖。

 項垂れていた背を伸ばし立ち上がる。若干背が反り気味ではあるが、これが彼らにとっては普通の立ち方なのか、ふらつくことなく自立している。

 髪も服装も全身が黒に覆われた2人の姿は、日が落ちかけた今の時間に目にすると、まるで影が身体を得たかの様な錯覚を起こす。

 特徴的なのはその姿と服装だ。

 2人は何もかもが同じ姿をしていた。背丈に服装、立ち姿さえも、違うところを探す方が困難な程に。区別を付けるとすれば、服の装飾の色ぐらいしか判断材料が無い。

 服装はどこかの映画で侠客が着ているような唐服に、長い裾の切れ目から見えるズボン。

 頭部には高いツバのある帽子を乗せ、額から字の書かれた白紙が垂らされ顔を隠している。長く垂れた髪は組紐で結ばれ、その先端は紙で包まれている。

 一見、人のような外見をしている2人だが、両手だけが異様に大きい。肘から先の腕が長く、垂らした手の指先が足首にまで届いている。手の平は人の頭部が片手で覆えるぐらいに大きく、手先の肌色だけが黒く染まっている。


「ようやく出てきたか」

「ナン、の様ダ」


 ようやく話ができると婀彌陀羅が右側に立つ男に向き直る。


眩照(かんでら)、聞きたいんだが──」

()は、傳照(でんでら)。兄ジャ、ではナい、間違え、ルナ」


 言い終わるより先に傳照と名乗った──弟の方から訂正が入る。だが、間違えるなと言われたところで、これだけそっくりな2人を判別できる者などいない。

 人の顔の区別がつかない婀彌陀羅だけでなく、軛と八瞞も判別が出来てはいない。軛によれば、匂いまで全く同じらしく、鼻でも判別がつかないらしい。

 当然、婀彌陀羅は2人を判別することを端から諦めている。


「眩照でも傳照でも、どちらでもいいだろう」

「ヨク、ない」

「いつもいつも面倒な奴だ」


 そっぽを向いてしまった傳照に、婀彌陀羅は「傳照」と名を呼び直し本題に入る。

 

「人間を探しているんだが、この──写真の男を見ていないか?お前たちは昼夜問わずここに居るのだから、この前を通ったのなら知っているだろう」


 軛から奪った写真を傳照に見せると、気になったのか眩照も静かに近づいてくる。

 写真を見た2人は顔を見合わせる。顔が白紙で隠れているが、2人の間では意思疎通に問題は無いらしい。

 やはりそれだで話がは済んだようで、傳照が婀彌陀羅に確認する。


「それハ、神への、願いカ?」

「何を──」

「そーそー、神様へのお願い事☆」


 神と名乗る2人に婀彌陀羅がまた余計なことを言おうとするが、八瞞がそれを止め横から口を挟む。

 八瞞の言葉にまた眩照と傳照が顔を見合わせ、2人は同じ動きで同時に社を指し示す──正確には賽銭箱を。


「参拝をしろと?」


 首を捻り疑問を述べる軛に、婀彌陀羅が訂正する。


「賽銭をしろと言っているのだろう」

「「あるべき、モノ、アるベき、所、へ」」


 やはりなと婀彌陀羅は鼻を鳴らす。

 眩照と傳照はこの神社を復興させようとしている。

 だが、復興させるにも、まずは廃れた社を修繕しない事には話にもならない。

 観光客の増加でぽつりぽつりとこのボロ神社にも足を運ぶ人間も増えたようだが、ただの好奇心で入って来た人間からまともな賽銭など期待できるはずもない。

 それでなくとも神代町には寺社が密集している。これだけの数があると客の奪い合い──()いては賽銭料の奪い合いからは逃れられない。

 まずは復興。見栄えだけでも修繕しなければ話にもならない。

 だからこそ、眩照と傳照は賽銭を必要としている。


 婀彌陀羅は袖の中を探り、朱色をした巾着を取り出す。中を探り摘まんだ硬貨を眩照に差し出す。

 眩照が手の上に乗せられた硬貨を見下ろし、横に居た傳照も一緒になって覗き込む。大きな掌の上には、金に輝く穴の開いた硬化が1枚乗っていた。


「五エン……」

「五、円……」

「払ったぞ、教えろ」


 賽銭には5円と相場が決まっているのだと、ふんぞり返る婀彌陀羅の姿に眩照と傳照が反応しなくなる。2人の様子を横から見ていた軛と八瞞でさえ引け目を感じてしまう所業だった。

 先に動いたのは眩照だった。

 気を取り直した眩照がすっと顔を上げ言う。


「その男なラ、社の前、ヲ、通っテ行った」


 婀彌陀羅の要望を聞くことにしたらしい。どうやら賽銭料にケチをつける事を良しとしなかったようだ。


「半月、前」


 傳照も眩照に倣って言葉を続ける。しかし、渋々といった様子が見える、賽銭料の是非ではなく、願いを叶えようとする眩照の意志を尊重したようだ。鳥居の方へ向き直り、大きな手で右の方を指差す。


「アッチ、の方」

「アッチの、方」


 眩照も同じ方向へ指を指す。

 ようやく得られた有益な情報に、婀彌陀羅が喜色を浮かべる。


「おお!で、その後は何処に行ったのだ?」

「「知ラん」」


 眩照と傳照の声が被る。


「我ワレは、知っテ、いることは、全て、答えた」

「あとハ、自力で、探せ、穢れシ、モノ」


 眩照と傳照の頭が同時にガクリと上向き、両腕が弛緩しだらりと垂れ、そのまま沼に沈むかのように地面の中へ戻ってしまう。


「このっ、出てこい!眩照、傳照!」


 2人の消えた石畳を叩き、もう一度呼び出そうと奮闘するがうんともすんとも反応は無い。


「5円では、ここまでのようだな」

「戻り方まで気持ち悪いヨネ、彼奴ら」


 完全に反応しなくなった眩照と傳照に見切りをつけたか、婀彌陀羅がしぶしぶと戻ってくる。


「あっちの方と言っていたが……」

「あの先は、確か雑木林があったな」


 軛が答える。

 普段は用もないので意識下からはずしていたが、言われてみると雑木林があったことを思い出す。


「その雑木林なら、今は立ち入り禁止になっているので身を潜めるにはもってこいです」


 この神社に入ってから、ずっと隠れていた秋葉が茂みからぴょこりと顔を出し付け加えてくる。

 ここまで来たら、もう行くしかないだろう。

 秋葉の頭をひと撫でし、八瞞が伸びをする。


「じゃー、行ってみますカー」



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 廃神社から徒歩5分程の距離に、雑木林はあった。

 結構な広さである雑木林の周りは金網製の緑色のフェンスで囲まれており、『立ち入り禁止』と書かれた紙が下げられている。


「知ってル?ここって夜中に赤ん坊とか、女のすすり泣く声が聞こえてくルって噂があるところなんダヨ」


 などと八瞞が楽し気に言う。


「ふむ、それなら誰も近寄りはしないか……」

「探してみる価値はありそうだな」


 探す男が雑木林に入った確証は無いが、ここに隠れていたとすれば、半年もの間誰にも見つからずにいたとしても不思議ではない。


「何か臭うか?」


 婀彌陀羅が軛に問う。


「……奥から人間の匂いがする、2ヵ所だ」

「2ヵ所か……」


 立ち入り禁止の雑木林の中に人がいることにも驚きだが、さらには2人も居るらしい。そうとなれば中に入るしか選択肢は残されていない。

 3人は鬱蒼と木々が生い茂った、道も無い雑木林の中を進む。先頭は軛だ。


「近いのは右の方だ」


 婀彌陀羅と八瞞も鼻は利くのだが、軛の嗅覚には若干劣る。

 先日の大雨で人の匂いよりも、草木の匂いの方が強なっているのも要因だが、使える奴が1人動けば済む話だろうという意見があり、この手の仕事は軛に全て回されている。当然、その意見の主は婀彌陀羅である。八瞞に至っては、防毒面(ガスマスク)を付けているのが通常スタイルなので、完全に嗅覚を放棄しまっている。

 「ここだ」と、軛が足を止めた先を見た八瞞が笑う。


「こっちはハズレだネ」


 そこには木の枝にロープを括り付け、首を吊った女の死体があった。

 まだ死んで日は浅いのか白骨化はしていない。長い黒髪と茶色のワンピースは乱れ、全身に木屑や木の葉がへばりついている。

 吊られた死体の下には紙の束が置かれている。遺書だと思われる紙は、先日の大雨で濡れだようで湿ってくしゃくしゃになっていた。


「アーぁ、遺体も遺書もドロッドロ」


 そう言いながら八瞞は遺書を摘まみ上げると、懐から符を1枚取り出し妖術で小さな風を起こす。生み出された風は遺書を優しく包むと、周りを旋回しあっという間に水分を飛ばしてしまう。

 そうして乾いてカサカサになった遺書を秋葉に手渡す。


「秋葉。この女のこと調べてキテ」

「はい、先生」


 八瞞の命令を受け、秋葉が雑木林の外へ駆けていく。その様子を黙って見ていた軛が問う。


「どうするつもりだ?」

「仏さんっテ意外に使えるんだヨね。──死んだ直後なら尚更都合が良いシ」


 なんとも不穏なことを言う八瞞に、婀彌陀羅は呆れたように鼻を鳴らす。


「相変わらず趣味の悪い奴だ」

「誉め言葉として貰っておくヨ」


 右側がはずれ、3人はもう一方の人の匂いがする方角へ向かう。

 道ない道を進み、「近いぞ、直ぐそこだ」と軛が言う。


「ん?……あれは」


 始めに婀彌陀羅が気づく。茂みの間からは、倒れた人の足が突き出ていた。

 近づいて見ると、そこには男がうつ伏せで倒れていた。

 黒の混じった茶色の短髪をした男だ。泥で汚れたパーカーと、ダボダボのスエットを身に纏っている。

 軛が足先で肩を押しやり上向かせる。

 写真で見た姿より随分と痩せ細っていたが、その顔は間違いなく写真に写っている探していた男だと分かった──婀彌陀羅を除いて。


「当りだな」


 軛が言う。

 その言葉を聞きつけ、婀彌陀羅が飛び跳ねるように軛の横までやって来る。倒れた男を見下ろし、歓喜の声を上げる。


眩照(かんでら)め、彼奴らもたまには役に立つではないか!」

「…………」


 喜ぶ婀彌陀羅を横に、ここまで案内して来た軛の口元がむつりと引き結ばれる。何も言わぬまま婀彌陀羅から離れると、側の木に背を預け腕を組んで動かなくなる。その分かりやすく不機嫌になった軛の様子に、後ろから見ていた八瞞が嘲笑を漏した。


 苦労して探し出した男だが、まだ奇跡的に生きていた。身じろぎひとつしないが、その肩が一定の感覚で上下している。


「……生きておらんと都合は悪いが、殺したつもりの奴が生きていたのは癪だな」


 そう言って婀彌陀羅は倒れ伏した男に近づき、側頭を下駄底で蹴り上げた。ガコンと激しい音と共に頭部が大きく揺れる。

 衝撃を与えられた男が唸り声を上げながら身悶えする。目覚めた男が視線を彷徨わせ周囲を確認したかと思うと、突然、虚ろだった目をカッと見開き飛び起きた。


「き、きき、きつね、狐がっ、狐がくるっ!くる!くるっ!」


 次には病気の発作かの様にガタガタと身を縮こまらせ震えはじめる。座っていられなくなったのか地面に倒れ、それでも震える唇で「狐が、狐が……」と繰り返すだけの男の姿を見る婀彌陀羅の声が低くなる。


「黙れ人間。喉を掻き切られたいのか」


 その声に反応し男が婀彌陀羅を見上げる。途端、男はひきつけを起こしたかのように体を跳ねさせ、四つん這いでその場から離れようとする。


「ひっぎぃい!!き、きつね!きつね!きつね!きつね!きつね!」


 慌て過ぎて手足がもつれ、顎から地面に激突する。それでも男は婀彌陀羅から距離を取ろうとする。

 男は婀彌陀羅を知覚している。どうやら会話をする為この人間にも見えるよう、具現化して姿を見せているようだが、完全に逆効果となっている。

 側の木にしがみ付き、男は涙と鼻水を滂沱と垂れ流している。もはや会話ができる状態ではない。


「……さらに、酷くなったな」

「何したのか、気になる有様だネェ」


 予想はしていたが、会話も出来ない男の状態を目の当たりにし、軛と八瞞はお手上げだと匙を投げる。


「ちょっと夢枕に立っただけだ」

「婀彌ちゃんの幻術使って?」

「ああ」

「そりゃ、ご愁傷様」


 八瞞は怯える男に同情してみせる。

 幻術の再現力(リアルさ)は術者の能力で大きく変わるのだが、婀彌陀羅の使う幻術は常軌を逸している。

 思考の塗替え、感情の操作、幻術に囚われたことさえ気付かせぬままに時の感覚さえも奪う。

 かなりの妖力を持っていかれるので普段は使われることは無いが、1度取り込まれれば行きつく先は死だ。

 幻術に耐性の無い普通の人間が、よく半年も生き延びたものだと感心すべきところだろう。

 妖力を節約しようとして適度なところで幻術を解除し男を放り出したのだろうが、婀彌陀羅の得意とする術を受けた相手、それも人間ごときに生き延びられたとあれば当然面白くはないだろう。


「もう黙れ」

「ぐご、ぉっ!」


 婀彌陀羅の繰り出した下駄底が木にしがみ付く男の横腹にめり込む。心身共にとうに限界を迎えていただろう男は、蛙のようにひっくり返り気絶してしまう。

 ようやく静かにはなったが、問題は残ったままだ。

 泡を吹き倒れた男を見下げながら八瞞が首を捻る。


「ねぇ、これって兄の元に返しても真面(まとも)に話せるカナ?」

「直ぐには無理だろうな。よくて精神病棟行きか」


 婀彌陀羅の計画では、生きている弟を見つけ出し催眠をかけ、廃ビルの解体をしないよう弟から兄を説得させる算段だったが、ここまで精神が疲弊していれば催眠が掛かりづらい。説得している途中で錯乱されては元も子もない。

 そもそも弟が生きている確率は低かったのだから、始めから破綻が決まっていたような楽観的な計画ではあったが、生きてても使えない状態になってしまっていてはもうどうしようもない。


「ぐ、ぅう、これだから人間という奴らはっ……!」

「やらかしたのは君でショ」


 男が大人しくなったことで、いつもの調子に戻った婀彌陀羅が拳を震わせ悔しがるも、正論でツッコまれれば何も言い返せない。

 「やはり兄の方も始末して──」などと、呟いている婀彌陀羅の前に八瞞が流れるような動作で移動してくる。

 面と防毒面(ガスマスク)で隠れ表情は読めないが、八瞞の放つ雰囲気からは楽し気な様子が伝わってくる。

 婀彌陀羅が警戒した様子で聞く。


「……なんだ?」

「俺が手伝ってあげようカ?」


 そう言って婀彌陀羅の顔を覗き込んでくる。


「どういう風の吹き回しだ」


 婀彌陀羅同様、警戒を露わにする軛に八瞞はわざとらしく首を傾げて見せる。


「そもそもさ、こいつ探さなくても俺が弟に変幻して兄を説得すれば済んでたんだシ」


 『狐七化け狸八化け』ということわざにもあるように、化け術は婀彌陀羅よりも八瞞の方が長けている。──それ以前に、人間の顔の区別がつかない婀彌陀羅では話にもならないのだが、そこには誰も触れない。


「何故探す前に言わん」

「婀彌ちゃんがやる気だしてるノニ、言い出し難くっテ……だって、お友達だシ?」

「む……狢っ」


 2人の周りにふんわりとした暖かな空気が漂う──が、一瞬で空気が掻き消える。


「……いくらだ」


 婀彌陀羅の言葉に、八瞞は待っていましたとばかりに面の下で笑みを深くする。


「寺の境内の草むしり」

「境内だと!?あの廃寺に境目なぞ無いではないか!?森に埋まった寺の、どこからどこまでを境内と吐かすか!?」

「俺の狸達も手伝わせるよ。それが嫌なら、コレかナ?」


 そう言って、人差し指と親指で円を作ってみせる。


「友情は感情以外、金利でも成り立つんだって知ってタ?」

「ぐぅぬぬぬぬぅう……」


 八瞞の提示する金額が安いはずもなく、毎日の食費を稼ぐのも精一杯の婀彌陀羅には少しばかり苦しい。だが、八瞞を動かそうとするなら他に選択肢は無かった。


「……この、守銭奴めっ!……草刈り鎌を用意していろっ、我自らの手であの山を禿山にしてくれるっ!」

「わぁ、たっのしミ~」


 泡を吹いて気絶している男の横で、地面に崩れ落ちる婀彌陀羅の背を眺めながら、軛はふと去年の今頃も、婀彌陀羅が山の草刈りをしていた事を思い出す。

 たしかあの時も、八瞞に騙され1週間かけて境内の草むしりをさせられていたのだ。


(…………婀彌陀羅が動くよりも、こいつに任せた方が確実か)


 そのよく回る舌で、確実に兄を唆して見せるだろう。

 人間を化かす上で、八瞞以上の適任はそうそういないだろうと軛は傍観を決め込むことにした。

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