閑話136 御身体
【橘涼花視点】
訓練を終えて自室でシャワーを浴びていたが、せっかく聖女院に来ていたのだからと思い浴場に行く。
ちなみに訓練はソラ様監修のメニューだ。
あの可愛いお顔で地獄のようなメニューを考えられるのだから、人は見た目によらないものだ。
「おや?珍しいな。ソラ様が入っているなんて……」
「ああ、涼花さ……んんんんんっ!?」
この時間帯に先客が居るのは珍しいと思ったら、なんとソラ様がいらっしゃった。
「ソラ様?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「どうかしたのか?」
甲高い声が聞こえると、ソラ様は私に背を向けて肩まで浸かった。
「い、いえ!突然いらしたので……」
「そうか、びっくりさせてしまったみたいだ。自室でシャワーを浴びていたのだが、やはり湯船に浸かりたくなってね」
私は軽くシャワーを浴びてから浴槽に向かうと、ソラ様はバスタオルを体に巻いていた。
綺麗な肌だというのに、恥ずかしいのだろうか。
それもまた愛らしいと思いつつも、母上から教わったことを思いだし心を鬼にして進言することにした。
「む?ソラ様、それはマナー違反だよ」
「タ、タオルも浴槽も清浄で綺麗にしたので、勘弁してください……」
「シエラ君の時もそうだったが、ソラ様は恥ずかしがり屋なんだな」
「そりゃあ、学園や院の人達は容姿が整いすぎていますから……」
それをソラ様が仰るのか……?
「ソラ様だって引け目に感じるような見た目はしていないだろう?」
「それ、涼花様にだけは言われたくないですよ……」
私はソラ様にもっと自信をもっていいと言いたくて、その柔肌を褒めるために近づいた。
ソラ様は一瞬私の場所を確認するかのようにちらりとこちらを見つめると、一瞬で茹で上がったようになり、「ひゃあ……」と可愛い声を漏らして体を後ろにそらした。
その動作一つ一つがもう私には無いものばかりで、羨ましい。
「いや、本当にソラ様の肌は……」
言いかけた私はソラ様のお背中を見て、ふと何か赤い線に気付いた。
「ソラ様、それは……!?」
「わ、えぇっとぉ……こ、これはその……!?」
……ソラ様はお胸を見ていたが、胸に自信がないのだろうか?
でも胸がなくてもソラ様の魅力には関係ない。
いや、そういう話がしたいわけではない。
首もとをよく見ると、赤い線は無数に、そして無作為にできている。
一大事だと思い御髪を避けると、その首にはさらに広がったように刃物で深く差し込まれた跡が無数に出来ていたのだ。
そして痛々しいそれをソラ様は健気にも、その素敵な黒い御髪で隠そうとしていたのだ。
シエラ君が更衣室やトイレ、シャワー室を一度も使ったことがないのは学園でも有名だ。
周りは極度の恥ずかしがり屋だと言っていたが、そんな理由では断じてなかった。
きっとこの傷を、周りに見られたくなかったのだ。
果たしてどんな人生を歩んで来れば、これほどまでに傷ついてしまうのだろうか。
気付けば私は、バスタオル越しにソラ様を包み込むように抱き締めてしまっていた。
「ひ、ひああぁ……!」
こんな私でも包み込めてしまうこの小さな御体に、どれほどの悪意ある大人がこんなものを刻み付けたのか。
こんなに素敵で可愛らしい女の子に、どうしてこれほどまでに酷なことが出来るのだろう。
そして親衛隊長としてソラ様をお守りする立場なのに、既にソラ様がこれだけ傷付いてしまっているという事実に、やりきれない思いを感じていた。
「り、涼花さん……?」
ぽたり、ぽたりと涙が湯船に、そしてソラ様の首に垂れていた。
私はソラ様が驚いたことで初めて、自分が泣いていたことに気付いた。
「ソラ様……私がもっと早くにあなたに逢えていれば、この傷を付けさせずに済んだかもしれない。そう思うと、とてもやりきれないんだ」
「昔の傷ですから、涼花さんが気にする必要はありませんよ」
古傷は体の一部として扱われてしまうので、聖女様ですらこの傷跡はもう治せない。
優しい声で返してくれるが、それとは裏腹に痛々しいこの光景に私は涙が止まらなかった。
せめてこの傷が今後ともソラ様に牙を向くことがないようにと抱き締め、エリス様にお祈りする。
「……ソラ様、私が生きている限り、あなたには傷ひとつ付けさせないと誓うよ」
「それは、とても心強いですね……」
私に気を許してくれたのか、身を預けてくれたソラ様。
それが嬉しくてしばらく目を瞑っていたが、ふと目を開けたときに我に返ってしまった。
今の私……ソラ様に抱き締めて……!?
その上、はしたなくも胸を押し付けて……!?
「す、すまない!少しのぼせてしまったから、私は先にあがることにする!」
大胆なことをしてしまって胸の奥がきゅっとなる。
私は赤らめた顔をソラ様に見せることが出来ず、そのまま逃げるように浴室を出ていったのだった。
心臓の鼓動は、しばらく収まらず、その日は哀しみと胸の高鳴りで情緒がおかしくなってしまった。




