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7話 神狩り

 シュタイナーはフィルター近くまで短くなった煙草をもみ消すと、店の厨房近くで呆然と立っていた店主に声をかけた。


「すまないな、ご主人。店をこんな風にしてしまって」


「え、あ、ええと……」


 あっさりと頭を下げたシュタイナーに何を言えばいいのかわからないようで、店主は言葉を詰まらせる。


「店を壊してしまったので、これを」


 シュタイナーはおもむろに腰に下げていた麻袋を店主に渡した。妙に重そうな袋はジャラジャラと音を立てる。店主は紐でとじられていた口を覗き込んだ。


「!! いいんですか、こんなに……」


「これだけでは足りないのなら、もう少し用意してきますが」


「いえいえ! 足りないどころか、正直受け取れないです、こんな大金!!」


「大金? たった金貨50枚だが……」


 その言葉に周りで話に耳をそばだてていた冒険者たちはぎょっとして顔をあげた。最近ようやくこの世界の貨幣制度を理解してきた寛人でも、これがどれほどの額なのか理解できる。この世界の貨幣は、青銅貨が最も価値が小さく、それが10枚集まって銅貨一枚と同じ金額となる。それと同じように銅貨10枚で銀貨一枚。ならばそのうえ、金貨は銀貨10枚と同じ価値かと言うとそうではない。金貨は銀貨100枚と同じ価値。銀貨一枚で少し高価な宿屋一泊分と言われているから金貨の価値はとんでもなく高い。金貨一枚がこの世界では高給取りの帝国議会の職員の月給と言われているから、元の世界では一枚で百万円近いくらいの価値らしい。つまりシュタイナーは腰に下げていた数千万円――そんな大金を腰につけておくほうがおかしいが――をポンと手渡したことになる。


「これは受け取れません!」


 そう言って袋を突き返す店主。いきなり知らない男が大金を手渡してきたのだから何かあるのでないかと疑っているのかもしれない。シュタイナーには鬼のような鋭い角も二本生えているから、見ようによってはそれだけで人相が悪く見える。


「いや、こんなはした金、何もこの店にもたらさないかもしれませんが、せめてもの慈悲で受け取ってくれませんか? 店をこんなにしてしまった私なりのけじめをつけさせてくれないでしょうか?」


 シュタイナーはずいぶんとへりくだってお願いする。ハインツや議会の男には遠慮がなく、不愛想な雰囲気で対応していたが、なぜか知らないが店主には優しい。

 シュタイナーが何度も頭を下げるもんだから、店主もいよいよ折れたようで最後は金貨50枚を受け取った。あれだけあれば店を新築することも可能だろう。


「それではご主人、私はこれで。料理、おいしかったです」


 シュタイナーはさわやかに挨拶をすると、巨大な包丁が入ったケースを背負い店の外に消えていった。店主は店を壊した張本人のシュタイナーになぜか感謝の言葉を述べていた。入口より出て行ったシュタイナーをハインツが追う。議会の男はまだ目が覚めないようだが、けがはないようなので寛人たちも男をそのままに、ハインツを追った。


「待てシュタイナー。挨拶もなしか?」


 寛人とチークが通りに出ると、野次馬の人垣が出来上がっていた。それを避けるように歩いていたシュタイナーの背に、ハインツが声をかける。シュタイナーはそれから数歩歩き、人の波から抜け出たところでこちらを振り返った。


「ハインツ、俺に何か用があるのか?」


 さっきと打って変わって愛想のかけらもない表情。人によって見せる表情を変えるらしい。


「用ってわけじゃねぇよ。ただ久しぶりに会ったから、近況くらい聞こうと思ってな」


「何も変わりはない。お前もだろ? これでいいか?」


 愛想がないとかそういう次元に達してすらいない。相手の返事を無視した一方的な回答にしかなっていない。さっきのあの人あたりのいい表情はどこに行ったのだろうか。


「あのなぁ、いくらおまえがいい顔すんのが料理に携わる人だけってもな、俺とお前は同じ冒険者なんだぜ? 少しくらい優しくしてくれてもだな……」


 ハインツも辟易してため息をついた。


「確かに、噂通りの性格ね……」


 チークは一人納得してうなずく。五本指は帝国内でも知名度があるだろうし、ハインツにあるかは知らないがシュタイナーには『万物調理(オール・レシピ)』なる異名までついているらしい。それほどの人物なら人物評が広まっていても納得である。シュタイナーの評価は大方、「人と料理の扱い方が常人とは逆のおかしな料理人」といったところだろう。


 再び歩き出したシュタイナーの後ろを寛人たちは追いかける。


「なぁ、最近はどんな得物を捕まえたんだ? お前なら強力なモンスターのクエスト、たくさん行っているんだろ?」


「ここ最近は忙しくてな。それも行けていない。聞くまでもないが、それはお前も同じだろ?」


「いや、俺は最近一緒にクエストに出かけてくれる仲間ができたから、そいつらと一緒にクエスト行ってんだ。だから特別忙しくないかな」


 シュタイナーが立ち止まる。前に何かあるというわけでもないのに。


「ハインツ、お前あの命令、やっていないのか?」


「命令? そんなのあったっけな……」


 首をひねるハインツ。それを見てシュタイナーは懐から一枚の紙を取り出す。そこには緊急命令の文字が大きく書かれている。さらにその下にこまごまとした文字が書かれており、クエストの受注表に似た様相である。さらにシュタイナーは道端に立つ掲示板を指さした。その先には数週間後のバザーの案内だとか、バイト募集のポスターが張られているが、それを指しているわけではないだろう。残るとすれば数枚の指名手配書だけだ。


「あそこの掲示板に貼ってある指名手配書の一番上、あいつを捜索しろという命令が帝国とギルド本部から出されていただろう。忘れていたのか?」


「――もう一年近く前じゃなかったっけ、それ?」


「正確には、207日前に出された」


 ハインツは完全に失念していたようだが、シュタイナーはその指令が出されてからずっとその指名手配中の人物を追っているらしい。寛人は掲示板に近づき、一番上に貼ってある手配書を見る。


「……」


 寛人は首をかしげた。そこにある手配書には、肝心の名前、似顔絵、その他外見上の特徴が全て書かれていないのだ。これでは手配書の意味をなしていない。


「シュタイナーさんが追いかけているのって、この人なんだ」


 振り返るとチークも同様に手配書を眺めている。チークはこの手配書の人物を知っているようだ。


「そうだ。ハインツは完全に忘れていたようだが、俺はこの指令書が出されて以来、この人物を追っている。もちろん、他の五本指や有力な冒険者もな」


「いや、お前らよく一年近くそんなことやってんな。ほめてやるぜ」


 職務放棄もいいところのハインツに褒められても何もうれしくないだろう。シュタイナーはハインツを無視し手配書を指さした。


「見ればわかると思うが、こいつの懸賞金だけ異様に高いだろう。それに更新されたのが早いから周りの紙よりきれいだ」


 確かにこの手配書だけ白く、破れも見当たらない。一番下には数字の列。一、十、百……。寛人は桁を数える。


「これは金貨の数だ」


「……」


 1000000。百万。ミリオン。確実にそう書いてある。つまりこの人物の懸賞金は百万金貨。周りの手配者が一番多くて五千だから、200倍だ。


「すごい、また上がってる! 前まで七十万だったのに……」


 チークがいつのことを言っているのかはわからないが、そんな過去のことではないだろう。


「百万金貨は帝国の一年の予算の実に30パーセント。これだけの高額な懸賞金をかけられた人物は後にも先にもこいつだけだろう。まぁ、こいつがしてきたことを考えれば納得の額だが」


 寛人の前の世界で言えばおよそ一兆円の金額がその命にかけられている人物。いったい何をしたのだろうか……。


「で、何でそいつを追うお前がここに?」


「実は極秘の情報でその人物がこの町近くにいると聞いてな。おとといから聞きこんでいたが、何の情報も得られなかったな」


 人相もわからないのになぜ追いかけることができるのだろうか。その疑問はすぐに回収される。


「数日前、ここから東に進んだ村が何者かによって破壊された。生存者はゼロ。犯行手口から指名手配のこいつと思われる形跡があったらしい」


 シュタイナーは手配書をにらみながら続けた。


「その形跡――いや、犯行声明といったほうがいいか。それがこれだ」


 写真か何かだろうか、紙に写されている文字はいびつにゆがんでいたが、確実にこう書いてある。


『神という名の不条理に、鉄槌を』


「これでこいつの犠牲になった人の数は一万の大台を突破した。いつもこの文字を残していくこいつを、誰が呼び始めたのか、こう言うらしい」


神狩り(バニシング)とな」

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