8話 灯台の下は暗い
「……」
誰かが自分のことを噂しているようだ。あまり大げさにならないように視線をあたりに散らせる。
自分の通り名をつぶやいたのはどうやらあの赤い髪の鬼人のようだ。その取り巻きに鎧の人物が一人、若い男女が一人ずつ。手配書が張られた掲示板の前で何やら喋っている。おおかた、また上がった懸賞金でも見ているのだろう。
「神狩りか……」
誰が言いだしたのか知らないが、迷惑なものだ。たしかに自分がことを起こしたところにあれを残してきたからなのだが。帝国中にこの名が広まったことで、自分はすっかり有名人になってしまった。
それにしても、あの鬼人の男と鎧の人物はどこかで見たことがある。確か冒険者だったはずだが……。
「おい、あれって確か……」
「あぁ、まちがいねぇ。鬼人の男と鎧の男は帝国五本指と呼ばれている冒険者のシュタイナーとハインツだ」
「なんだってそんな二人が? 五本指基本的に単独で活動してるって……」
「さぁな。何かしらおおとり物でもあるんじゃないのか?」
目の前を通り過ぎて行った冒険者の二人組が教えてくれた。そうだった。見たことがあると思ったら有名な冒険者だったのか。それも帝国最強の呼び声も高い五本指とは。何やら自分に興味があるようだし、少し聞き耳を立ててみるか。
「――――」
周りに聞こえないように、ぼそぼそとスキルをつぶやく。これでよく聞こえるようになった。
「一万ってのはすごいな。帝国の人口が700万とかいるって言ってもそんだけ殺すとはな……」
「今まで一人でそれだけ殺した人物は有史の中でこいつが初めてだ。だからこそこれだけの賞金がかけられているんだろう」
「確か、最初の犯行って言われているのは二年近く前なのよね?」
「あぁ、正確には657日前だな」
「そこから始まって、最近のがこっから東に行った村ってわけか」
どうやら世間一般人よりは自分の犯行について知っているようだ。おそらく、自分の討伐でも命じられているから多くの情報を持っているのだろう。いづれにせよ、どれだけの情報を持っているとしても自分を見つけることなど万に一つもあり得ないのだが。
「おい、そこのあんた」
振り返ると、そこには鉢巻を頭に巻いた中年の男が立っていた。
「はい?」
「わるいね、俺ここに店出すからどいてくんないか?」
「ごめんなさい、気づかなくって」
努めてそれらしい返事、口調。外見と声色は完ぺきなのだから。
持たれていた壁から離れる。屋台を引いてきた鉢巻の男はてきぱきと準備を始めていく。ふと視線を感じて先ほどの四人組を見る。若い男がこちらを見ている。どことなくぱっとしないが、なぜだろうか。いやな奴だ。第六感がそう告げた。
「ん……? おお! 寛人のあんちゃんじゃねぇか! どうだい、今日も一本買っていかねぇか」
どうやら鉢巻の男の店の常連だったらしい。自分を見つめていたのではなく、店の用意ができるのを待っていたようだ。いくら指名手配されているとはいえ、視線を気にしすぎたようだ。
どこからか鐘の音が響いてきた。もう間もなく自分が乗る馬車の時間だ。次の目的地に行くとする。
背を向けた自分に鉢巻の男が声をかけてきた。
「ちょっと待った!」
「――はい?」
すでに串付きの肉を焼き始めていた男は、こんがりと焼けた一本を突き出してきた。
「――これは?」
「どいてくれた礼だ。もちろんお代は要らねぇ」
どうしたものかと悩むことコンマ数秒。
「ありがとうございます」
「いいってことよ!」
「それじゃあ、私は帝都行きの馬車に乗るので」
「そうか、また来たら寄ってくれよ! じゃあな、姉ちゃん」
若い女という隠れ蓑を着たその人物。その正体は帝国史上最悪の犯罪者しか知らない。
◇
「おいヒロト」
何かを思い出していたのだが、すっかり忘れてしまった。――いや、そうだ、あの若い女性のことだ。
「たっく、せっかくシュタイナーの馬車に乗せてもらったってのに、乗ってからずっとだんまりしてんだもんよ」
「ま、ヒロトはいつも寡黙だけどね」
「いや、寡黙とかそんなレベルじゃないだろ。この前のクエストなんかは――」
ハインツとチークがどれだけ寛人がしゃべらないかで盛り上がっている中、当の寛人はそっと馬車の外に広がる広大な荒れ地を眺めた。
どこまでも広がる黄土色の大地にはいくつもの奇岩が並び立っている。複雑怪奇な文様は長年堆積した土砂の種類の違いによって生み出されるものなのだろう。前の世界ではアメリカやオーストラリアにこんな感じの地形があったのではなかろうか。後方に小さく見える町、ダイオンを出てもう一時間近く。まだ一時間と言えるのかもしれない。ここからまだ二十時間くらいかかるらしい。
御者台で手綱を握るシュタイナーの背中がちらりと見える。あとで重ねてお礼を言わねばならない。
なぜ寛人たちがシュタイナーの馬車に乗っているのか。これは数時間前にさかのぼる。
「で、お前はこれからどこに行くんだ?」
「俺はこいつを追わなければならない。次考えられるのは帝都ぐらいだがやつは帝都では一回も犯行をしていない。それを踏まえると一気に別の町に行ったと考えるのが無難だろう。だから俺はタルキスに行くつもりだ」
「タルキスか、奇遇だな。俺たちもだ」
「そうか。――お前たちは帝都周りで行くつもりか?」
「え、あー……まぁ、そうなるのかな」
ハインツが寛人とチークの顔色を覗く。二人も致し方ないといった表情だ。
「……ゴホン」
シュタイナーの咳払い。どことなくわざとらしい。
「えー、その、なんだ……あー……」
「なんだよ、煮え切らねぇな」
「いや、なんだ……いま俺の馬車にちょうど三人分の空きがあるから、よかったらどうだ? 俺はタルキスまで最短ルートで行くつもりだが……」
誘われた三人はぽかんとしたまましばらく固まっていたが、ブリキ人形のようにぎこちなく顔を見合わせる。決まりきった答えを確認し合った。
そこからは早かった。手早く明日までの食糧を買い、シュタイナーの馬車――料理人でもあるシュタイナー専用に作られたキッチン付きの豪華仕様――に積み込み、いつもの親父からロックバードの串焼きを買い食いすると、すぐさま出発だ。そして一時間。ひとまずルナのもとにたどり着ける算段が付いたことで、寛人の脳裏にいつもならすぐに忘れる一人の女性の姿が現れたのだ。
不思議な雰囲気を持った女性だった。清楚という文字を当てはめたような雰囲気。自分と同年代くらいだったろう。それらの特徴なら一目ぼれでもない限りすぐに記憶のかなたに行ってしまっただろう。自分は決してあの女性に恋をしていないと寛人は自答する。ならばなぜ、こんなにもあの女性を気にしているのだろうか。あの女性がこちらをチラチラ見ているのに気づいたのは自分だけのようだった。前世でこじらせた人見知りのせいで他人の視線には人一倍敏感だ。誰かの視線が自分にあたるとビビット来る感じがするのだが、それがあの時かすかにあった。――まぁ、有名人のハインツとシュタイナーがいたから見ていただけかもしれないが。
「ルナ、今頃何してるんだろ……」
いつの間にか寛人の話を終えていたチークがぽつりとつぶやいた。一日も経っていないが、別れたのはずいぶんと前のように感じる。それだけいつも一緒にいたということか。
「もしルナが俺たちと同じルートで実家に向かってるんならもうすぐ着くころだな」
あれだけの兵士がいたのだからこのルートを行ったに違いない。ルナたちが帝都周りで帰っているならこちらが先につけたのだが、仕方のないことだ。
馬車が向かい風を切って進む。この風が吹いてきている方角にいる仲間に、寛人たち三人は思いをはせる。




