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6話 帝国一の料理人

「食事中に騒がしくするな」


 野太い、という表現がふさわしいかどうかはわからないが、その声はたいして声量があったわけでもないのに店全体に響いた。声がしたほうを、全員が注目する。視線を集めたのは、一人の男。ざっくばらんに切った濃い赤の髪、顔立ちはずいぶんと整っている。若い男のようだが、低い声も相まって歴戦の兵の貫録を感じさせる威圧感がある。服装はラフなものだが、なぜか紺のエプロンをつけている。

 そして何より目立つのが額から二本生えた角。長さはそれほどでもないが、先はとがっている。寛人はそれを見て、前の世界で言うところの鬼(実際には存在しないが)みたいだと感じた。


「あいつは……!」


 ハインツがかすれた声を出す。それもなぜか焦っているようだ。


「なんだ、貴様は?」


 高笑いをやめ、議会の男は赤髪の男に近づく。


「この私に、何か文句があるとでもいうのかね?」


 テーブルに手をつき、むかつく笑みを浮かべる議会の男。麦パンをわざわざナイフとフォークで食べていたようだ。赤髪の男はため息をつき、手にしたナイフとフォークを皿に置いた。チン、と子気味よい音が鳴る。


「今は神聖な食事の最中だ。そのマナーも守れないのかと言ったんだ」


「つまり、私に文句がある。つまり楯突く、ということでいいのかね?」


「そういうことだ。――そんなことより食事の邪魔だ。どこかに消えろ」


 赤髪の男はしっしと手を振った。蠅を追い払うような行動に冒険者たちは息をのんだ。どう考えても今の行動と発言はまずい。議会の男の額に青筋が浮かんでいるのも見える。

 赤髪の男は何事もなかったように食事を再開した。きれいな手さばきでナイフとフォークを扱う。食事マナーの講師のようだ。


「き、さま……!!!」


 議会の男はいよいよ怒りを抑えられなくなったのかテーブルをこぶしで叩きつけた。テーブルが大きく揺れ、そのせいで野菜スープと麦パンが乗った皿が床に落ち、派手な音を立てた。野菜スープが板張りの床に大きな池を作っていく。


「これで食事とやらができなくなったな。いいか? 貴様は今私に、いや帝国そのものに楯突いているんだ。許してほしければ今、この場で、床に額をつけ、土下座するなら、許してやっても――」


「それはこっちのセリフだ」


「は?」


「お前は生き物にとって、命にも代えがたい食事という神聖な行為を邪魔したにほかならず、店の者が朝早くから用意した料理を台無しにした。それも二回だ。一回目は見逃がそうかと思ったが……」


 赤髪の男は壁に立てかけてあった黒いケースに手を伸ばした。大きさはギターケースと同じか、それより一回りほど大きい。それを見たハインツが声をあげた。


「やめろシュタイナー!!」


 シュタイナーと呼ばれた男はハインツを一瞥する。だがハインツの叫びを無視し、黒いケースを開いた。


「いたのか、ハインツ。だがもう遅い」


 シュタイナーが黒いケースから取り出したのはよくとがれた出刃包丁。それもただの包丁ではない。大きさが人の背丈ほどもある、大剣のようなひと振りだ。刀身と言って差し支えないだろうその刃はあまりにも磨かれすぎて鏡のようになっている。木目が美しい持ち手を、シュタイナーは握った。


「みんな逃げろ!!」


 ハインツが叫んだ。何人もの人間がハインツのほうを向くが、それでもほとんどの人間がシュタイナーの一挙手一投足に注目している。


「クッソ! ヒロト、チーク、俺たちだけでも逃げるぞ!」


 こんなに慌てたハインツを見たことがない。だがその理由を聞かないことにはそうですかと逃げることはできない。


「どうして逃げなきゃいけないの?」


 チークが寛人と同じ疑問を投げかける。


「とにかく、急げって!! この店にいたらいろいろとやばいんだ!!」


 答えるのも嘆かわしいというようにハインツはチークを立たせようとする。だが、それは間に合うことはなく。


「貴様、私が誰だかわかっての所業だろうな!?」


 見るとシュタイナーが大きな出刃包丁を議会の男に向けていた。シュタイナーはその切っ先をずらすことなく、


「帝国のなんとか、らしいな」


「なら――!」


「俺は別に反逆罪になってもいい覚悟がある。それだけのことをお前はしたんだ」


 淡々と答えるその顔は眉一つ動くことがない。最悪死ぬということになるのも覚悟のうえで、議会の男に刃を突き付けているのだ。

 シュタイナーは平然と包丁を振り上げた。目の前にいる人間を、まな板に乗った食材としか思っていない、何とも無機質な瞳。その瞳にはいよいよまずいと思ったのか、議会の男の慌てた表情が映し出される。


「ま、待ってくれ。まさか、私を切ろうというわけではあるまいな? 私は生身の人間だぞ。その刃を受けてしまえばひとたまりも――」


 その言葉を、シュタイナーはぴしゃりと遮った。聞く耳もないというように。


「お前はどう調理されたい?」


 その言葉は決定的な最終宣告だった。シュタイナーは目の前の男の命を奪うつもりなのだ。言ってしまえば、料理を数人分無駄にし、店員に軽傷を負わせただけ。なにも重大な罪を犯したわけではない。議会の男が謝罪としていくらばかりかの金を払えば、それで丸く収まることだってできたのだ。いまだって、議会の男が謝れば済むはずだが、シュタイナーがそれで許すとは到底思えなかった。


「あ、あ……!」


 議会の男は数歩後ずさると、椅子に足を引っかけて後ろに転んだ。シュタイナーは掲げた刃を下ろすことなく、冷たく男を見降ろしている。

 今議会の男を助けなければ危ない。この店にいる誰もが理解していた。だが、誰も動かない。いや、動けないのだ。シュタイナーが放つ、異様な雰囲気に皆飲まれてしまっているのだ。


「お前は――そうだな、やはり三枚におろそうか。切り身にすれば、後の調理も楽だ」


 何を言っているのかわからなかったが、全身が粟立つのを寛人は感じた。その時、視界の端で何かが動いた。


「『調理裁断』、三枚おろし」


 そう宣言したシュタイナーはまっすぐに包丁を振り下ろした。恐怖で腰が抜けてしまった男に、包丁が当たらないことなど不可能に思えた。


「ばっかやろう!!」


 飛び出したのはハインツだ。先ほど寛人の視界の端で動いたのはハインツだったのだ。議会の男に思い切りぶつかり、そのまま自分ごと包丁の範囲から逃れる。誰もいなくなった床に、包丁が突き刺さった。


「みんな逃げろ!!!」


 体勢を立て直したハインツが叫んだ時にはもう手遅れだった。板張りの床に二つの白い筋が入る。それは店の床を通り越して、外の通りにまで続いている。

「ぴしっ」という、なにかがはじける音がしたと同時に、床が三枚に切断される。固い地面をも切ったシュタイナーの斬撃は、厚さ数センチの板など簡単に破壊できる。轟音とともに床がはじけとび、土煙が舞う。

 もちろん、店内にいたほとんど全員がこれに巻き込まれる。突如として崩壊した床に足を取られ、宙に浮く。絶叫がこだました。寛人も大きく転んだが、幸いうまく受け身を取ることができた。チークもけがはないようで、砕け散った床の破片にしがみついている。


 轟音が去り、床の崩壊が収まると、皆顔をあげ、あたりを見回した。土煙が晴れると、店内の様子が明らかとなった。

 ついさっきまで食事を楽しんでいた場所とは思えない、ひどい有様だった。床板が消えたことで下の土台が丸見えだ。壁のところどころにも亀裂が走り、天井からは埃が降ってきていた。

 だがこの場にいた全員が驚いたのは店内のあり様ではない。料理のことだ。テーブルに乗っていたパンや野菜スープはまるで何事もなかったようにテーブルに乗っていた。テーブルの下の床が消え、大きな衝撃が加わったはずなのに、一つたりともこぼれたり、皿が割れているものはない。


 チークに手を貸しながら立ち上がった寛人はハインツに近づく。ハインツも議会の男も無事だったようだが、議会の男は恐怖のあまりか失神していた。

 チークも寛人の後ろからやってきたその時、シュタイナーもハインツのもとにやってきた。高いところから見下ろす目つきは変わらず冷たい。すでにその手にあの大きな包丁はなく、代わりにあの黒いケースを背負っている。


「久しぶりだな、ハインツ」


「何が久しぶりだ。いきなりやってくれたじゃねぇか」


「なに、この程度なんということもない。料理が無事だったのならすべていいんだ」


 あまりにも平静状態のシュタイナーをあきれてみていた寛人とチークにハインツが目の前の男の正体を明かした。


「二人は知らないみたいだから紹介するぜ。こいつはシュタイナー=レイド。人読んで『万物調理(オール・レシピ)』、俺と同じ帝国五本指の冒険者の一人で鬼人の料理人だ」


 目の前に立つ帝国最強の料理人は自分を紹介されてもどこの吹く風と言ったように煙草をふかし始めた。

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