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3話 正体

《執事……?》


 唐突な言葉を、寛人はそのままホワイトボードに映し出す。目の前のご老体は今確実に自分がルナに仕えている執事だと言った。今まで執事なる職に従事している人間に出会ったことがない寛人は、執事の持つ雰囲気など全く知らない。が、目の前のグリンセットはなるほど確かに、言われれば執事にも見えなくない。


「――ふぇ……?」


 何とも間の抜けた声。グリンセットと寛人は同時に声の主を見る。ルナだ。

 何ともかわいらしく目をこすっているルナは、眠け眼で寛人を眺めた。


「――おはよ、ヒロト……」


 一つあくびをしたルナに、グリンセットが静かに声をかける。


「お嬢様、おはようございます」


「おは――」


 ルナは後ろに立つグリンセットを見ると、言葉を失い固まる。その顔はまるで意味が分からないという表情。


「な、んで、あなたが、ここに……」


「理由など必要のないことはお嬢様、あなたが一番ご理解のところでしょう」


 グリンセットの言葉に、ルナは唇をかむ。なんの話をしているのだろうかと、一人蚊帳の外の寛人に、グリンセットが向き直る。


「申し訳ございません。突然我々だけで話を進めることになってしまいまして」


 グリンセットは落ち着き払った笑みをたたえながら続ける。


「我々は今日この時まで、ルナお嬢様を探していたのです。お嬢様がいなくなられて早一年と数か月。なんの手掛かりもないまま時間だけが過ぎていく日々でしたが……」


 途中から妙に脈絡のない話。お嬢様、つまりルナは家出していたということなのだろうか。それも一年以上の長い間。


「そうですね……ちょうど二十日ほど前でしたでしょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ようやくこの町の近くにお嬢様がいらっしゃるということが判明したのです。今まではまるで反応がないスキル探知機に反応があったのですから、わたくしたちは最初機械が壊れたのではないかと、そう思いましたが――」


 スキル探知機なるものが存在するんだ……と感心した寛人は、心の中で首を振る。大事なことはそこではない。二十日ほど前にようやくスキルの反応を検知した。ということは、ルナは家出してからつい最近までスキルを使用していないということになる。思えば、ルナがスキルを使ったのはアーマーワイバーン戦で寛人を助けた時、それから吸血鬼と初遭遇した時、そして洞窟の中での三回のみ。そのあと行った大虎のクエストですらルナはスキルを使用しなかった。


 ――なるべく使うのを避けたいスキルなの。


 いつだったか、ルナが言った言葉だ。寛人の記憶が確かなら、この言葉はアーマーワイバーンのクエスト前の作戦会議でルナの口から出たセリフ。森の中で『爆炎魔法』を使うのは木に燃え移るから使いたくないというニュアンスも含まれての言葉だったのだろうが、今思えば別の意味のほうでスキルを使いたくなかったという意味で――


「――ということで、ようやくお嬢様に会えた、というわけです」


 寛人が考えを巡らせる間に、グリンセットは今までのいきさつをしゃべり続けていた。寛人の脳にはほとんど届いていなかったが。

 ルナは床を見つめたまま、何も言わないでいる。美しい顔に影が落ち、それがルナの今の心境を現しているのか。


「ゴホン」


 小さく咳払いをしたグリンセット。


「さて、我々の今までの活動をお聞きしたらお分かりかと思いますが、ルナお嬢様は本来、冒険者というご身分ではございません」


 グリンセットは胸元に手を入れると、そこから何やら丸い物体を取り出す。金の装飾が施されている、懐中時計。その蓋に、見覚えのある模様が。


「この模様はご存知かと思いますが、この町から南に進んだ街を治め、帝国軍南方方面軍将軍を代々輩出してきたソレイユ家の家紋です。ルナお嬢様はそのソレイユ家の現当主様のご息女なのです」


「……」


 沈黙。意味がさっぱり分からない寛人は何も言うことができない。話が自分の知らないところでどんどん進んで、結果だけを見せられているような、そんな気分だ。


「その表情を見るに、お嬢様は自分の身分を隠しておいででしたか……」


 ちらりと目線を向けたルナは、いまだに顔をあげていない。膝に乗せた小さな手がきつく握られている。


「へぇー、そんなにいいとこのお嬢さんだったのか、ルナは」


 沈黙を切り裂くバリトン。声の主、ハインツは首をゴキゴキとまわした。少し前から話を聞いていたようだ。倒れるように椅子に座り、首が大きく後ろに沿っていた姿勢を直しながら彼は続ける。


「そう言えば、俺たちが初めて会ったあの日、ちょうど帝国軍南方方面軍の話が出たよな。そん時俺はルナに将軍閣下の名前は何だっけって、ルナに聞いた。ルナは何か知ってそうなそぶりをしつつも、それを隠した。似合わねぇぎこちない笑顔まで浮かべてな」


 寛人もその時の情景を思い出す。確かに、あの時のルナは何か言いかけた。そしてそれを隠したのだ。


「あの時は特別変には思わなかったけど、なるほどな。その将軍閣下がルナの親父だったわけか。家出状態のルナが隠したがるのも無理ねぇか」


 寛人はさらに思い出す。


《その家紋、ルナが落としたネックレスについてた、あの……》


 ルナと寛人を引き合わせたあのネックレス。赤い宝石が美しく輝いていたあの模様。チークが見たことあると言っていた。あの模様はルナの家の家紋だったのだ。将軍家の家紋なのだからチークが見覚えがあると言ったのもうなずける。


「――隠していて、ごめんね……」


 消え入りそうな声。ルナはこちらを見ることもなく、一言それだけつぶやいた。


「なに、人には一つや二つ、大なり小なり隠し事くらいある。ルナ自身が言いたくないから言わなかっただけのことだろ」


 チークの小さなうめき声。うるさくしてしまったから起こしてしまったようだ。


「で、そこのおっさんはルナをどーするって?」


 ハインツが寛人を一瞥し言う。答えたのは寛人ではなく、おっさん呼ばわりされた本人で。


「どうするも何も、ルナお嬢様は屋敷におかえりいただくのです。お嬢様はこの国を将来背負って立たねばならないお方なのですから」


「なんだそれ? ルナの気持ちはどうなるんだよ」


「――どうしたの、うるさいな……」


 ピリピリしだした空気に、チークののんきな声が解けてていく。焦点が定まっていない目をキョロキョロとさまよわせる。


 不意にルナが立ち上がる。必然とルナに視線が集まる。下を向いているためにルナの表情は確認できない。


「ハインツ……あの時ハインツが来てくれなかったら、私は今ここに立ってない。あなたは私の命の恩人」


 顔も上げずに、唐突にしゃべりだすルナ。


「チーク……私が冒険者になって初めて友達になったあなたを、私、絶対忘れないから」


「――ルナ?」


 チークの起きがけの頭では、何を言われているのか、どういう状況なのか理解できないだろう。


「ヒロト……」


 ルナが顔をあげた。


「ありがとう」


 見ていられない。あまりにも痛々しい、その笑顔。何もかも諦めて、吹っ切れてしまったような。すべて捨ててしまうような。必死に作り上げた笑みは、本当にへたくそで、怒りがわいてくるほどだ。


「お嬢様、さぁ、参りましょう。表に馬車をご用意しております」


「わかったわ」


 何事も無いようにグリンセットに返事を返したルナは、三人に背を向ける。先頭を切って歩き始めたルナを見、ハインツが椅子をけって立ち上がった。


「おいルナ!」


 飛び出したハインツの胸に、数本の槍が突き付けられる。


「そこどけ、てめえら……!」


 槍をつかんだハインツ。ミシミシと音を立て始めた槍。だが兵士たちはその槍を一つも動かすことがない。

 ハインツに注目が集まっている中、寛人はルナに走り寄る。だが、


「お待ちください」


 目の前に立ちふさがるグリンセット。老人とは思えない覇気をまとって寛人の前に立ちふさがる。


「……」


 目の前のグリンセットを振り切らない限り、ルナには追い付けない。一瞬の思考の後、寛人は腰に下げたナイトソードに手を伸ばした。


「三人とも!!!」


 突然大きな声がギルド中に響いた。鈴のような声は、叫んでも変わらない。ルナは一拍おいた。


「さよなら」


 きっぱりと、ルナは言い切る。未練を断ち切るように、一言だけ言って、再び歩き出した。

 ハインツも、寛人も動けない。チークは突然の出来事にまだ理解が追い付いていないようだったが、ルナの言葉を聞き、何かを感じ取ったようだ。


「さよならって……ルナ、どこ行く気なの!! 何か言ってよ、ルナ!!」


 チークの叫びに応えることなく、ルナはグリンセットと数人の兵士を伴ってギルドの入り口から夜の街に消えていった。

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