4話 去った仲間に
ギルドの入り口から外に出る。だが、もうそこに馬車はなかった。走り去る音が聞こえたから、きっとそれに乗ってルナは行ってしまったのだろう。ハインツもチークも、そして寛人も、それの音を聞いて追いかけることはできなかった。ルナの言葉に誰もが固まってしまった。最後の言葉は本当に簡潔なものだったが、それだけに力があった。
周りで崩れるように寝ていた冒険者たちも物音に気付いて起きだしていたが、特に何が起きたかは理解していないようだった。それにルナがあれだけ大きな声を出したのにまだ寝ているものもいる。
「ルナ……」
チークは椅子に小さくなって座っている。いつもの快活な様子は完全になりを潜めてしまっている。
ハインツは椅子に腰掛け、腕を組んだまま押し黙ってしまった。ハインツがこんなに静かなのも珍しいと寛人は思う。ハインツ自身もやはり何か思うことがあるのだろう。それは寛人も同じで。
こちらの世界に来て初めて出会ったのが、ルナだった。それはある種、運命的な出会いともいえるような出来事だった。ルナが走ってこなかったら、寛人が路地裏で考え込んでいなかったら、二人がぶつからなかったら、ルナがネックレスを落とさなかったら、ギルドで再会できなかったら、一緒にクエストに行かなかったら……。起こった出来事を深く考察すれば、どんなに些細なことにも、『~たら』をつけて偶然とか、運命とかで形容することができるだろう。それでも、寛人とルナの出会いはなにかが引き合っているかのような、目に見えず、科学的に証明できない何か、それを感じるのだ。それに――
「で、どうするよ?」
思考を遮られた寛人はハインツに向き直る。沈黙に耐えきれなくなったのだろうか。ハインツの次の言葉を待つことにする。
「どうするって……なにを?」
チークが聞き返す。
「もちろん、ルナのことだよ」
それはわかっているというように、チークは一つ首肯。そこには、聞きたいのはそれではないというニュアンスも孕んでのうなずきだろう。
「ルナのこと、追いかけるか?」
ハインツはいきなり核心をついた。
「あいつ、なにも俺たちに言わなかった。理由も、事情も、全てだ」
ギルドの外から酔った男たちの歌声が。音程やリズムのへったくれもないが、何とも愉快で、それは今のこの場にミスマッチもいいところだ。
「それによ……ルナの顔、二人も見たろ?」
「うん……」
「俺はこんなかじゃ一番ルナと付き合いは短いけどよ、あんな顔、俺は見たことがない――もしかしたら、ふいにあんな顔することあったかもしれない、俺がそれに気づかなかったってこともある。だがな――」
兜のスリットからハインツの銀の瞳がのぞいた。
「ルナにあの表情は、めっちゃくちゃ似合わねぇってことは、俺でもわかる」
何か無理をした笑顔だった。仲間に心配をかけさせまいと、どうってことないと、そう説得するように。――ルナ自身にも、言い聞かせるように。
「私も、納得できない」
チークは絞り出すように言う。
「――ルナのこともそうだけど、それより私のことも。なにも、聞いてあげられなかった。ルナが抱えていたこと、誰かに打ち明けたかっただろうに、私、その役にもなれてなかったんだって」
鼻をすすって、
「何かを隠し通すって、自分にも、周りにも嘘つき続けることだと思うの。ルナの性格じゃ、そんなこと本当につらかったと思う。――自己中心的だって、自分でもわかるけど、それでも、私はもう一回、ルナに会いたい」
「――ヒロト、お前は?」
「……」
人には人の、自分には自分の事情がある。寛人がしゃべったら傷を負うということを隠していると同じように、ルナも隠し続けていたことがあるのだ。それが今さっき、仲間の前でさらされそうになった。言い訳もできただろう。釈明すれば、それで済んだかもしれない。でもルナは、何も言わなかった。仲間に何か隠していると気づかれたとしても、なんでもないと、笑顔を作ろうとした。
――馬鹿野郎だ、ルナは。
寛人が、ハインツが、チークが、そんなんで、「はいそうですか」と納得する人間だと、ルナは本気で思っているのだろうか。そうだとしたら甘く見られたものだ。帝国の将軍一家? そこの娘? そんな事情でルナが俺たちの前から勝手に消えていい道理はない。ルナがそれで俺たちと本当にさようならだと、本気で思っているんだとしたら、俺たちが出向いてやるしかない。
《行こう》
ホワイトボードに映し出した文字は、それだけ。それを見て、ハインツがニヤリと、兜の下で笑った気がした。
「そう来なくちゃな! なぁ、チーク!」
「そうね、そう……うん、行こう!」
外から聞こえていた男たちの歌声は、遠くに去りつつあった。
◇
タキルス。帝国南部に位置する大都市。そこにルナの実家、ソレイユ家の屋敷があるらしい。
チークがカウンター奥から引っ張り出してきた帝国全土を克明に書き留めた地図を三人は囲んでいた。他の冒険者たちも続々と帰路につき始めていた。ほとんどがまだ酒が残っているようで、千鳥足で宿屋に向かっていく。酒が残っているのは寛人も、そして残る二人も同じだろう。だがそんなことを言っている暇はない。寛人はかすみがかった脳内をクリアにするために水を一飲みすると、地図を見つめた。
「タルキスは私たちがいる町、ここ、ダイオンから南南東に進んだ町よ。早馬の馬車で一日くらいの距離ね」
チークが地図の右に位置する町を指さす。そこが寛人たちが今いる町らしい。帝国中央部にある帝都からほとんど真東にあるのがここ、ダイオンらしい。といってもダイオンは帝都からそれほど遠い町というわけではないようである。ダイオンからもっと東に言ったところにはまだ大小さまざまな街があるようである。
地図には隣接する国々も記されており、『連邦』『共和国』などがこの世界にはあるらしい。
「ハインツはタルキス、行ったことある?」
「最近は行ってないけど、何回かはあるぜ。南部で一番大きい町だからな」
寛人たちと行動するまでのハインツは一人で帝国中を旅していたらしいから、大きな町はほとんど行ったことがあるのだろう。
「ここよりも全然大きい町だ。ギルドの、たしか第7支部があるだよな?」
聞かれたチークはうなずいて、
「第7支部は規模が大きなギルドよ。そこ専属の冒険者もいるくらいだし」
どうやらギルドがある周辺の町だけを仕事場とする冒険者が専属と言われるらしい。第4支部にはそう言う存在はおらず、ここを利用する冒険者は長くても一年くらいで拠点を変えるらしい。
「その第7支部があるタルキス、ここからはちょっとばかし遠いんだよな」
「?」
先ほどは早馬の馬車で一日ということではなかったか?
寛人の疑問をチークが補う。
「この町からタルキスまでの早馬はないの。だからいろんな町を経由しながらじゃないといけないの」
「最悪、帝都によってからのほうが早いかもしれねぇな」
ともかく、それは業者に聞くしかないらしい。この時間じゃもう馬車は終わっているらしいから、ともかく明日の朝一に集合することというのが、得られた結果だった。
「で、チークは仕事いいのか?」
「え?」
「ここまでの話の展開上、チークも一緒に行くことになってるじゃねぇか」
チークは少し、ほんの少しだけ考えると、
「ま、大丈夫よ!」
「ホントか? ――まぁ、チークがいいってんなら大丈夫なんだろうけど」
チークがよくても、勝手に休まれることで残された同僚たちがだいじょばないだろうなと寛人はカウンターを見やる。すでにそこに受付嬢はいないが、さっさと仕事を終わらせ宴会に参加したチークの背を同僚が恨めしそうに見ていたのを寛人は思い出す。
「ヒロト」
背後から言葉。
「いったん宿に帰るぞ」
ヒロトとハインツは同じ宿屋に泊まっているのだ。チークは近くに自宅があるらしい。送ろうかと言ったが、ギルドの裏手から出た正面の建物に自宅があるとのことなので、チークとはここで別れることにする。
「おやすみ」
チークと別れた寛人たちは正面玄関から外に出る。
今日の月は雲に隠れ、どこにあるかも把握できなかった。




