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2話 宴と執事

 その日は灰色の雲が低く立ち込めていた。日の光が地上に全く届かず、昼過ぎだというのにどこか薄暗く、気温もそれほど高くない。


「「「カンパーイ!!!」」」


 それでもギルドはいつも通り、酒盛りをする冒険者たちであふれかえっている。その中の一つのテーブル。クエスト受注をするカウンターに最も近いテーブルを囲んだ四人の人物。

 一人はダークブラウンの髪が美しい、あどけない顔立ちの少女。一人は全身を濃紺の鎧で固め、頭をすっぽりと覆う兜をかぶった男。もう一人はどう見ても冒険者のいでたちではなく、ギルドの制服を着た若い女性。最後に白い板を膝に置き、無言で仲間と杯を交わす青年。この四人もまた、出来立ての料理を前にジョッキを高々と突き合わせていた。

 ギルドの制服を着た女性に、少女が話しかける。


「ホントにいいの、チーク? まだ昼なのに……」


 すでにジョッキを傾け、勢いよく鞠花酒(まりはなしゅ)――鞠花はホップのことで、それからつくられた酒。ビールみたいなもの――を飲み干した女性、チーク。この手のコマーシャルにオファーが来そうな飲みっぷりである。


「大丈夫だって言ったじゃない。もう仕事は片づけちゃったし。それに誘ってきたのはルナたちのほうじゃない」


 チークは鞠花酒のおかわりを注文し、目の前の料理を手際よく四人に分けていく。それを見た少女、ルナはやれやれと肩をすくめた。


「いや、まさか本当に打ち上げに参加するとはね……」


 ルナはつぶやくと、ジョッキに口をつける。ここ帝国では15の年から酒を飲むことを許しているらしい。ルナは16だからもちろん問題ない。ちなみに、チークは19だ。


「ま、人数は多いほうがいいじゃねぇか。にぎやかだし、それに俺たち男性陣からすると、きれいな女性が来てくれてありがたいねぇ。なぁヒロト?」


 食事の席だというのに、頭を覆い隠す兜を外すことなく、器用に兜の下から酒を飲んでいる男、ハインツが笑いながら隣の青年に話しかける。ヒロトと呼ばれた青年は一つ、首を縦に動かす。


「あらあら、ハインツはおだてるのがお上手ね?」


 ルナがジト目でハインツをにらむ。


「いやいや、別にルナが美人じゃないって言ってるわけじゃないぞ。二人に増えてくれてうれしいなってことだよ」


 そう言うと、ハインツは腰に下げた麻袋からカリアンの実を数粒取り出し、兜のスリットから放り込んだ。ぼりぼりと咀嚼すると、これまたうまそうに喉を鳴らして酒を流し込んだ。ハインツもかなりの酒好きらしい。ハインツの年齢は寛人と同じ20ということだ。


「まぁまぁ、二人とも。せっかくのこんなに豪華なものが食べられるんだし、まずは目の前の料理に集中しなさい」


 取り分けた料理の皿を配りながらチークはなだめる。そこに注文していた二杯目のジョッキがやってくる。


「あ、俺ももう一杯頼むわ。ヒロトもだろ?」


 空になったジョッキを指さしながらハインツが尋ねる。この質問にも寛人は首を動かすことで肯定する。


「三人ともどんだけ飲むのが速いの……!」


 まだ半分も減っていない自分のジョッキを眺めるルナ。


「俺たちは飲みなれてるからな。ルナは焦んないでゆっくり飲めや。まだ子供なんだし」


 最後の「子供」という言葉にルナの眉がピクリと動く。その顔は心なしか、いや、すでに赤い。


「私は子供じゃないし。もう立派な、一人前の、大人の女性なんだから」


「……」


「何ヒロト、私の体を上から下まで眺めて。ヒロトは私の体つきがまだ大人っぽくないっていうわけ?」


《いや、ただ年相応って感じって言うか……落ち着いているって言うか……》


「それって、全然否定になってないじゃない!」


 そう叫ぶとルナは残っていた酒をごくごくと飲み干す。ぷはぁ、と息を吐いた顔はますます赤くなっている。


「お、そこの嬢ちゃん若いのにいい飲みっぷりじゃねぇの! それだけ飲めりゃあ一人前よ!!」


 となりのテーブルを囲んでいた冒険者の一人がルナをおだてる。その言葉に気をよくしたルナは、


「も~一杯!!!」


 ジョッキを高々と上げて叫んだ。周りで見ていた冒険者たちからも歓声が上がる。指笛が高く鳴り響き、笑い声が建物全体に響き渡った。


「……」


「楽しい場所でしょ?」


 もくもくと料理を食べながら辺りを見渡していた寛人にチークが声をかける。


「いっつもこうなの。みんなお天道様がまだ天高いところにいるうちから飲みまくって、日が沈んだころにはすでにつぶれちゃってる。起きたらいつの間にか宿のベッドの上で、頭は痛いし食欲もなくなってる。そんな状態じゃその日は仕事ができないって一日無意味につぶしちゃうのよ。でも、それでもみんな戦場をくぐりぬけた仲間と、その場で知り合った新たな友人と、こうやって杯を酌み交わす。この時のために生きているんだって言うようにね」


 寛人とハインツがと飲んでいた酒が届く。それを受け取ったハインツが、


「その通り!! 俺たちはこうして無事に帰ってきてこれた喜び、感謝、興奮、それから……あぁー、もういっぱいだな!! いっぱいの感情をここにいるやつらと感じ合うために飲むのさ!!」


 ちょっと酔っているのだろう。気が大きくなったハインツが声高に言う。


「じゃ、そのいっぱいの感情とやら、私も感じさせてもらおうかしら!」


 チークは片手に持ったジョッキを構える。それを見た寛人とハインツも同じようにジョッキを構えた。


「それじゃあ、何度目かの――」


 チークがの合図とともに、三人は杯をかち合わせた。


「「カンパイ!!」」


 ◇


「……」


 暗幕が下りていた視界が徐々に開けていく。まず感じたのは空気に漂うアルコールのにおい。いびきとうめき声がところどころから聞こえる。

 顔をあげた寛人は目をこする。どうやら飲みすぎていつのまにか寝てしまったらしい。照明に火がともっており、すでに外が暗くなっている、つまり夜になったことを簡単に示している。

 目の前には空になったジョッキや料理皿が置かれていたはずだが、いつの間にかきれいさっぱり無くなっていた。店の人が片付けてくれたのだろう。

 仲間たちも一様に寛人と同じく寝ているようだ。チークは椅子に深くもたれ、腕を組んで寝息を立て、ハインツは首を大きく後ろにそらした状態のままピクリとも動かず、ルナはテーブルに突っ伏していた。

 しばらくぼぉっとしていた寛人だったが、不意に尿意を感じ席を立つ。自分の記憶があるうちでは確かジョッキを四つは空けたはずだ。もしかするともっと飲んだかもしれない。チークとハインツも同じくらいは飲んだはずだ。ルナは二杯目でダウンしていたが。


 酔いが抜けきっていない状態でよろよろとトイレに赴き、用を足した寛人はあくびを噛み殺しながらホールに戻る。トイレがある通路から出て、ホールの一番隅にある自分たちの席を見ると、何やら数人の人影。

 みな同じ鎧を身に着け、その手には大きな槍を携えている。いや、一人だけ様子が全く異なる人物が。その人物は周りが若い男なのに対し、髪が銀に退色した老いた男性だ。前いた世界にあったスーツとよく似た衣装を身にまとい、腰には細い剣を携行している。その人物はよく見るとルナの肩をやさしく揺らしている。ルナの知り合いだろうか……? 寛人はゆっくりと席に戻った。


「お嬢様。お嬢様」


 老人は何とも渋く低い声でルナに呼び掛けている。あまり大きな声を出していないのは周りへの配慮だろう。老人は寛人が近づいてくるのに気づき、顔を向けた。


「――あなた様は?」


 寛人は席に置きっぱなしにしていたホワイトボードを手に取り、


《この人たちの仲間です》


 と答えた。


「ルナお嬢様のお仲間の方ですか」


 寛人は目の前の老人がおかしなことを言っていることに気づく。「ルナ、()()()」?


「おっと、失礼しました。お名前をうかがっていませんでしたね」


《ヒロトと言います》


 ホワイトボードを見た老人はもとよりピンと伸びていた姿勢をさらによくし、よく通るバスを響かせた。


「わたくしはグリンセット=ブロー。ルナ=ソレイユお嬢様、もとよりソレイユ家につかえる執事を務めております」


 グリンセットは簡潔に、そして丁寧に自己紹介した。

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