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幕間1

 男は空高く飛びあがる。振り上げた太刀は太陽光で鈍く輝き、全身を覆う濃い群青の鎧が青空に映える。狙いを定めると、男は叫んだ。


「必殺!! 『天空大鷲落とし』!!!」


 直下に落下していく男。狙いは大きな虎。その首筋に、一閃の一撃が叩きこまれる。

 虎は鈍い声をあげ、地面に倒れたのを最後に、ピクリともしなくなった。


「いよっし、これで終わりだな」


 背中の鞘に太刀を収めながら、男は倒れた大虎を見上げた。体長五メートルはあろうかという巨大な虎。体毛は固く、剣すらはじくと言われているが男が放った一撃には耐えきれなかったようだ。


「ハインツ! そっちも終わった?」


 駆けてくる一人の少女。その後ろからは冒険者には見えない、どこか弱そうな青年がひょこひょこと追いかけている。ハインツは仲間の声に振り返る。


「たりめぇだ。これくらい朝飯前だぜ」


 ハインツは得意そうに胸を張った。


 ここは帝国ギルド第4支部から東に数キロほどの荒野。三人の今日の仕事場だ。ギルドに届けられた情報によるとここら一帯に突然大虎数頭が現れたとのことだった。大虎は普段人里には下りてこないのだが、えさを求めてかは定かではないが人が住む地域に来てしまったらしい。今のところ人に危害はないが家畜がやられたとの情報もあり、討伐クエストがギルドに入った次第だ。

 その情報を聞いたルナがまたしても強引にクエストを受注してきたわけだ。といっても、チークには寛人とハインツも一緒に連れて行くとことわったそうだから、それほど反対はされなかったのだろう。帝国五本指の冒険者が一緒なら安心というわけだ。

 クエスト内容を聞き、寛人とハインツは二つ返事で承諾した。その日のうちに出発し、近くの村で宿泊。次の日、こうして大虎と遭遇し、今討伐したというわけだ。


 大虎が完全に絶命していることを確認すると、今朝までいた村に一時帰るため、三人は荒野を歩く。のんびり歩いても一時間と少々といったところだろう。


「ねぇ、ハインツ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「なんだよ」


「その、ハインツがいつも言っているけど、『必殺』とか、『瞬殺』とかって、どういう意味なの?」


 ハインツは意外そうな顔をし――兜で顔は全く見えないけど――、そして小さく噴き出した。


「なんだ、そんなことか」


「いや、だって毎回叫ぶじゃない。いくらなんでも気になるわ。ヒロトもそうでしょ?」


《まぁ、少しは》


 ホワイトボードを胸の前に構えた寛人の言葉。それを見たハインツは頭をかく。


「つっても、特別意味はないぞ。ただ気合を入れるためっていうか……」


「そうなの? でもバリエーションがありそうじゃない。『必殺』『瞬殺』、それから『抹殺』と『滅殺』もあったわね。それ以外にもあるんでしょ?」


「それを使うのは俺の気分と周りの雰囲気、あと一番重視しているのは『〇殺』がその技のイメージにあっているかどうかだからな」


《じゃあ、他の技もハインツは使えるってこと?》


 寛人は今まで見てきたハインツの技を思い出しながら言葉を浮かび上がらせる。空高く飛びあがってすさまじい力で切り落とす『天空大鷲落とし』、目にもとまらぬ速さで敵の後ろを取り攻撃する『月光烏魔討ち』。今まで見たハインツの技は二つだ。


「まぁ、俺の頭の中にはいくつか新しい技の構想と、それにつける名前の候補もあるんだが、まだ俺の技量が追い付いてなくて成功してないんだよな」


「成功してないって、ハインツの技もスキルでうっているんじゃないの? スキルを使うなら声に出せばいつでも使えるじゃない」


 ルナが当たり前のことを言う。この世のスキルは名前と技名を声を出せば、勝手に発動する。ハインツも技名を叫んでいるし、それに該当しているはずとルナは考えたのだ。


「いや、俺の技はMP、詳しくはマジックポイントを使わない。つまりスキルでうっているわけじゃねぇんだ」


「てことは、ハインツは身体能力だけであの技を!?」


 ハインツは地上数十メートルの高さに飛びあがるのも、一瞬で背後を取ることもすべて自分の運動神経だけで行っているらしい。確かに帝国指折りと言われるだけあると寛人とルナは納得する。


「じゃあ、私とか寛人にかけてくれた回復魔法は?」


「あれはちゃんとしたスキルさ。さすがに人の傷は気合でどうこうできるものじゃないしな。簡単に言えば、俺は攻撃のスキルは使わない。回復やそのほかのスキルは普通に使うけどな」


 顔をすっぽりと覆った鎧の下、隠れた口からすらすらと言葉を紡ぎだすハインツ。きっと今まで会ってきた冒険者にも同じ説明をしてきたんだろう。


《さすが帝国指折りの冒険者だな》


「でもな、他の五本指はもっとすごいぜ。パンチ一発で地面をえぐるやつとか、建物を野菜を切るみたいにスパッと切るやつもいる。まだ俺は五本指と言われるようになって一年ちょっとだからな。五本指の一番新参者だ。他のやつらがすごいのは当たり前なんだけどな」


「他の五本指と会ったことあるんだ」


「まぁ、帝国中を旅してればばったり知り合うこともあるってことだな。俺以外の五本指も帝国中を旅しているしな」


 ハインツはそれから今までであってきた強者たちや凶悪なモンスターを面白おかしく寛人やルナに披露した。口が達者なのだろう。ハインツの話は緩急がついていて聞いていて飽きなかった。


「――とはいえ、二週間前が今までで一番死にそうになった瞬間でもあったな」


 ハインツは締めくくるようにつぶやいた。寛人やルナも思い出す。たった二週間前なのだ。


 寛人が目覚めたのはどこかのベッドの上だった。木の木目が美しい天井をぼんやりと見つめた寛人。その横には涙をためながら笑顔を見せるルナと兜だけつけたハインツがいた。ルナからあれから丸二日経っていたことを知った。

 寛人を助けたのはあの吸血鬼だった。吸血鬼、ブルートは残り僅かな魔力と自分の命を使って寛人を死のふちから引っ張り上げた。吸血鬼は寛人を回復させると、砂の城が崩れるように灰となって消えたという。今頃、家族とともに幸せに過ごしているのだろう。


「でも、ヒロトが助けに戻ってきてくれたから、私とハインツが生きてるのよね!」


 しんみりした雰囲気を吹き飛ばすようにルナが言った。


「まさかあんな技を隠していたなんてな」


 ハインツの銀の瞳が寛人を覗き込む。


《それほどでも》


 寛人が一番驚いたことを二人は知らないだろう。そしてあの大技を放つためにはスキルを使う、つまり言葉を発しなければならない。その行為が寛人にとっては命に係わるなんてことも。


「――ん? そういや寛人、あの時はめっちゃしゃべってたよな。いまは何でそれ使ってんの?」


 ハインツはホワイトボードを指さす。ぎくりと、寛人は肩を震わせる。


《それには深い訳がありまして……》


「しゃべることに訳なんているのか?」


《それはですね……》


 おどおどする寛人を不思議そうに見つめるハインツ。


「ま、ヒロトが言いたくないならいいじゃない。いつか話してくれると思うし」


 ルナが両者の間に割って入る。


「……それもそうか」


 ハインツは納得したようにうなずく。寛人は一安心と息を吐いた。


 ふと、ルナが足を止める。見上げた視線の先には翼を広げた鳥が、気持ちよさそうに空に浮かんでいる。


「どうしたルナ? 鳥なんか見つめて」


 足を止めたルナにハインツが声をかける。


「いや、ちょっとね」


 ルナは適当にあしらったのち、


「私も鳥みたいに、どこまでも飛んでいきたいなって……」


 そう、聞こえないようにつぶやいた。自分の胸の内にやさしくしまい込むように。寛人はその横顔をそっと見つめる。いつだか、ルナがこんな表情をしていた。寛人たちには言えない、ルナの悩みがあるのだろう。ハインツはルナの表情に首を傾げ、寛人に「俺まずいこと聞いたか?」とささやいた。寛人はその返事として、一つ首を横に振った。


「――さ、もう帰らないとね! 村のみんなが心配しているだろうし」


 次の瞬間にはルナの顔に憂いの面影はなかった。溌剌とした笑みに、寛人もハインツもうなずくことしかできなかった。意気揚々と歩き出したルナの後ろを二人の男は小走りに追いかける。


 空は快晴。荒野を行く三人の冒険者に、今日もいい風が吹いていた。

次から二章に突入です。

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