01 『皇太子は庶民を希望する』
見慣れない綺麗な部屋の中で目を覚ました。見慣れない白いベッドの上だ。このベッドは一人分とは思えないくらい大きい。豪華といえば豪華といえるだろうが、だがギリギリ素朴ともいえるようなベッドだった。
どこか胸の内が気持ちが悪い感覚に襲われながら、右手で眠い目を擦る。そしてゆっくり身体を起こした。頭がハッキリしない寝起きで周りを見る。
ベッドに似合う広い部屋だった。どこかの貴族が住んでいそうな綺麗な部屋だ。埃一つも見当たらない。見渡す限り窓がなかった。そのため夜か朝かもわからないが、夜目にならないくらいには明るい。
目立つのはドアの近くにある全身鏡とベッドから前方にあるクローゼットくらいだろう。大きい部屋の割には物が少ないというのが印象的で、散らかっている様子もない。
「…………?」
綺麗すぎるこの部屋を不思議に思って目を擦るとまた、周りを見渡した。微睡からようやく覚めてようやく胸を撫で下ろす。
やはりそこは何度見ても変わらない。
――見覚えはあれど、見慣れない部屋だった。
前世――というのだろうか。
死んだ覚えどころか元の名前すら思い出せないが、アルフェウヌには確かにそれがあった。
前世で毎日過ごしていた家は狭い部屋で、見ているだけで意欲がなくなってしまうほどに散らかっているはずなのだ。対してここは自分にとってミニマリストと言われても差し支えない物の少なさ。
「……まぁ、そうだよな。俺はアルフェウヌだ」
動揺しつつも声を出してみた。その声は一番聞き慣れている自分の声ではなかった。今の声は自分の喉から発されているはずなのに、まだ違和感を覚えるほど――このかた八年も聞きなれていない。
――可愛らしいとも思える、少年の声だった。
どうにも聞き慣れないその声を聞いて、意識と記憶がようやくハッキリしてきた。そうだ、自分の今の名前はアルフィウヌ・リウ・アウリム。アウリム帝国の皇太子殿下、という立場にいる皇族だ。
転生――したのだ。前世で死んだ覚えは微塵たりともないが、気がついたら赤子だったのだ。アルフィウという名前を与えられて、今日で八年目になる。
「…………元庶民に皇族らしく振る舞え、なんて難しいことをやらせやがって」
前世、いわゆる過去は割愛させてもらうが、今世は皇太子という責任重大な立場であり、それは八年も背負っている重いものだ。その上で礼儀作法の基礎やこの国と世界の常識、言語や皇族としての立ち振る舞い方が段々と定着しつつあった。
しかもこの世界、魔王を含む魔物や、それに対抗する魔法というものが存在しているらしい。しかも色んな種族がいるとか――それだけでもまぁまぁ面白い。
「あるんだなぁ、転生って」
感慨深く呟くと、座っているベッドから降りて、アルフェウヌはドアの近くにある全身鏡へと歩いた。とてつとなく広い部屋の中で、その鏡はベッドから正反対の位置にある。そのためその前に立つだけでも時間がかかった。
全身鏡の前に立ったとき、そこには絶世の美貌をもつ少年が映り込んだ。ストレートの長い髪の色は花紺青──とはいっても、髪先と瞳の色は藍鼠だ。
全体的に髪や瞳が暗い青寄りの落ち着いた色をしているこの美しい少年、これが今となっては自分の、アルフェウヌの見た目なのだ。美しい容姿をしているが、眉を顰めると自分の得意な強面に近くなれる。
強面顔はこの少年のものというより、転生する前の世界で頃の自分が得意としていた己の顔である。そしてそれが多くの人から避けられてきた一番の原因だと自負していた。
身につけている白い寝巻きは貴族らしい綺麗なもの。
長い髪は肩下まであって、これも前世から受け継がれているものの一つだ。前世では確か髪を切る時間と金が勿体無くて一つのお団子に結んでいた。
自分には必要最低限にしか使っていない。お金と時間は全て妹と弟に費やしている。その弊害で短い髪が違和感しかなくて、今も髪は同じくらい伸ばしていた。
――八歳にしては大きい百五十センチほどの高身長というものが一番特徴的だろう。ここら辺、見た目からして無駄に大人びているのだ。
そんなアルフェウヌの皇太子として生きる目的は、何も立派な皇帝になることではない。そんなもの荷が重いし、皇帝の側室制度は苦手だ。アルフェウヌとして生まれる前にいた世界から自分の中の道理を持って、生涯愛する女は一人だと決めている。
それに自分が皇帝になるとか、〈クソ喰らえ〉だとアルフェウヌは考えている。いくら礼儀作法が身についてきたとはいえ、大国の皇帝の立ち振る舞いなんて元庶民に出来ると思うか? きっと胃が痛くなるに違いない。きっと弟たちの方が適任だ。いずれはアルフェウヌとしての弟たちに任せたいと思っている。
故に一人で生きていける歳――二十歳くらいになったら皇位継承権を破棄するつもりでいる。そしてこの国の中で、貴族にもならずに平民として密かに暮らすのだ。
それに向けてアルフェウヌは今日も今日とて、誰がみようと立派な皇太子を演じる。
そして何より今日は弟――皇位継承権、第二位――ライスピアの七歳の誕生日なのだ。ライスピアは腹違いの弟で、一つだけアルフェウヌの方が年上なのである。弟の誕生日を祝うことは兄として当たり前だ。そして祝ったついでにライスピアに皇帝になる意欲を高めさせることができたら尚よし。
弟の誕生日を前にして、アルフェウヌは少し悪い顔をして微笑んだ。笑いが込み上げてきたのだ。
「ふはははハっ! 待ってろライスピア! 誰からも祝われないその誕生日を私が祝ってやる! そして必ずなってやるぞ! 再び! 必ず! 庶民に!」
(※後の皇帝である)
そう高らかに笑いながら、手を腰に当てて、喜ぶ弟の姿を頭に浮かべた。
弟というのはいつの時代も可愛いものだ。中身の年齢が三十超えているのに? と言われてもアルフェウヌとして生まれる前のあの世界でも妹の誕生日は毎年祝っていたし、クリスマスプレゼントだって渡していた。
こう見えてイベントごとも大の好きなのだ。
それに自分の弟ならば前の年よりも喜ばせたい、とアルフェウヌは意気込んでいた。
◆◇◆◇◆
そんな高らかな笑い声を、部屋のドアのすぐ外から聞いていた者が一人いた。
アルフェウヌの専属執事だ。朝故にアルフェウヌを起こそうとドアノブを掴んだら、こんな悪そうな笑い声が聞こえてきたのだ。鏡はドアの近くであり、アルフェウヌの笑い声も大きかったため、地獄耳ではない執事の耳にも鮮明に聞こえていた。
正直、怖かった。時々アルフェウヌは奇行に走ることが多々あり、それらは全て頭に入っているのだが、それを踏まえてもやはり怖い。何一人で笑ってるんですか、アルフェウヌ様――と執事は心の中で若干引いていた。
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