第2話:転んだだけの使用人が暗殺者にされましたわ
最初の一人は、三秒で見抜きましたわ。
では――二人目はどうか。
当然、見抜けますわ。
むしろ、見抜けない理由がございませんもの。
翌日。
私は優雅に屋敷の廊下を歩いておりました。
ええ、いつも通りの観察ですわ。
婚約者候補の試験は、すでに始まっておりますもの。
屋敷の中にいないとも、限りませんわ。
でも、特別なことをする必要はございません。
人は、普段の行動にこそ本性が現れますから。
――完璧な試験ですわね。
そのとき。
前方で、使用人が一人。
書類を抱えて歩いておりました。
……少し、足元がおぼつかない。
危ないですわね。
ですが、そんな事で目くじらを立てる私ではありませんわ。
次の瞬間。
その使用人は、盛大に転びました。
バサッ!!
書類が宙を舞い、床に散らばる。
見事な転倒ですわね。
私は立ち止まりました。
そして、静かに目を細める。
「……なるほど」
見えましたわ。
駆け寄る。
当然ですわね。
これは事故に見せかけた“事件”ですもの。
「大丈夫ですか?」
私は優雅に声をかけました。
使用人は慌てて起き上がろうとします。
「も、申し訳ございません! 私が不注意で――」
「いいえ」
私は遮りました。
違いますわ。
そういうことではありませんの。
私は床に散らばった書類を一枚、拾い上げる。
そして――じっと見つめる。
……ふむ。
「やはり、そういうことですのね」
「え?」
使用人が固まる。
ですが、もう遅いですわ。
私は伝家の宝刀である扇子を開いた。
カツン。
静かな音が廊下に響く。
「この転倒――偶然ではございませんわね?」
「えっ」
驚きの声。
ええ、当然ですわ。
ですが、真実からは逃げられませんの。
「書類の束」
私は視線を落とす。
「量が多すぎますわ」
「は、はい……?」
「それに歩幅。わずかに不自然」
使用人の肩が跳ねる。
……分かりやすい方ですわね。
「つまり」
一歩、踏み出す。
「“狙った転倒”ですわ」
「ええっ!?」
廊下の空気が止まった。
ええ、当然ですわね。
今、真実が明らかになったのですから。
「目的は――接触」
私は静かに告げる。
「書類を散らばらせ、周囲の注意を引き、その隙に――」
言葉を区切る。
視線を、ゆっくりと使用人へ向ける。
「“暗殺”ですわね」
「ち、違います!!」
即答。
ですが。
それも想定内ですわ。
「否定が早すぎますわ」
私は頷いた。
「つまり、図星」
「違います!!」
必死ですわね。
ですが。
「もう遅いですわ」
ビシッ!!
扇子を突きつける。
「全て、お見通しですわ!」
廊下は静寂に包まれていた。
遠くで、誰かが小さく呟く。
「……いや、普通に転んだだけでは……」
聞こえませんわね。
使用人は半泣きになっていた。
「ほ、本当に違うんです……! ただ足を滑らせて……!」
……まあ。
そういうこともあるでしょう。
人間ですもの。
私は微笑んだ。
「安心なさい」
優しく。
慈悲深く。
「すでに“未遂”ですわ」
「未遂!?」
完璧ですわね。
結果として、何も起きていない。
つまり――被害はゼロ。
これは完全に未遂。
論理的ですわ。
私は満足げに頷いた。
「やはり、この屋敷……油断なりませんわね」
そして、踵を返す。
背後で、使用人が小さく呟いた。
「……あの、本当に違うんですけど……」
まあ。
そうおっしゃるでしょうね。
私は振り返らずに言いました。
「ご安心なさい」
優雅に堂々と、胸を張って。
「すべて、解決済みですわ」
颯爽と立ち去る私の後を侍女のエリスが付き従う。
「お嬢様、今回の推理も見事でした」
私は部屋に戻るまで、スキップを踏んでいた。




