第3話:笑っただけで反逆罪にされましたわ
本日の観察対象は、三人のメイド。
いずれも問題はなさそうに見えました。
ええ、“表面上は”。
昼下がりの庭園。
穏やかな時間。
風は柔らかく、空気も静か。
……こういう時ほど、油断は禁物ですわ。
私は椅子に腰掛け、優雅に紅茶を口にしておりました。
視線は自然に。
あくまで、さりげなく。
観察とは、気づかれぬことが肝要ですもの。
そのとき。
少し離れた場所で。
三人の使用人が、小さく会話をしておりました。
「……それでさ」
「いや、それはさすがに――」
「ふふっ」
――今、ですわね。
私はティーカップを置いた。
静かに音を立てず。
「……なるほど」
見えましたわ。
立ち上がる。
一歩。
また一歩。
メイドたちとの距離を詰める。
「楽しそうですわね」
声をかける。
三人が同時に振り返る。
「お、お嬢様!?」
ええ、驚くのは当然ですわ。
「今の会話」
私は微笑んだ。
「続けてくださって構いませんわ」
「い、いえ、その……大した話では……」
「そうですの?」
首を傾げる。
ですが、もう遅いですわ。
「貴方たち、先ほど“笑いました”わね?」
「え?」
空気が止まる。
ええ、重要な点ですもの。
「つい今しがた」
私はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「“笑い”が発生いたしました」
「は、はい……?」
確認完了。
では、参りましょう。
私の華麗なる推理を。
「何が、おかしいのですか?」
三人の顔が固まる。
ええ、当然ですわね。
ですが、逃げ場はございません。
「いえ、あの……ちょっとした雑談で……」
「雑談」
繰り返す。
「雑談で、笑う」
頷く。
「つまり」
一歩、踏み込む。
「現状に“不満がない”ということですわね?」
「えっ?」
我ながら、鋭い指摘ですわ。
「この屋敷において」
私は伝家の宝刀である扇子を開いた。
カツン。
静かな音。
「完全に満たされた者のみが、無防備に笑うことができます」
「そ、そうなんですか……?」
当然ですわ。
論理的に。
「では逆に」
視線を細める。
「満たされていない者が笑った場合――」
言葉を区切る。
「それは“何か”を誤魔化していることになりますわ」
三人の顔色が変わる。
ええ、いい反応ですわね。
「つまり」
私は静かに告げる。
「貴方たちには“裏”がある」
「いえ!? ないです!!」
即答ですか……。
「否定が早いですわね」
頷く。
「つまり、隠している」
「違います!!」
必死ですわね。
ですが、もう遅いのです。
「さらに」
私は続ける。
「三人同時に笑った」
指を一本立てる。
「これは偶然ではありません」
「えっ」
「タイミングが一致しすぎております」
頷く。
「事前に共有された何か」
私は一人ずつ、視線を巡らせる。
「それは合図」
「違います!!」
「つまり」
結論ですわね。
「共謀」
沈黙。
風の音だけが響く。
三人のうち一人が、震えた声で言う。
「……ただ、パンが焦げたって話で……」
パン。
私は目を閉じた。
そして。
「なるほど」
見えましたわ。
「焦げたパン」
ゆっくりと頷く。
「それを“笑い話”にする」
「はい……?」
「通常であれば、失敗は報告対象」
扇子を閉じる。
「それを笑いに変換する」
一歩、近づく。
「つまり」
「隠蔽ですわね」
「違います!!」
強く否定。
ですが、私は彼女たちの逃げ場を塞ぐように続ける。
「さらに三人で共有」
視線を鋭くする。
「組織的ですわ」
「組織!?」
私は静かに息を吐いた。
「結論」
ビシッ!!
扇子を突きつける。
「“反逆”ですわね」
「なんでですか!?」
庭園に響く絶叫。
ですが。
「ご安心なさい」
私は微笑んだ。
「まだ“未遂”ですわ」
「また未遂!?」
完璧ですわね。
被害は出ていない。
つまり未遂。
私は満足げに頷く。
「やはり、この屋敷……一筋縄ではいきませんわね」
踵を返す。
背後で、小さな声。
「……ただ笑っただけなのに……」
まあ、そう思うでしょうね。
私は振り返らずに告げる。
「笑いとは」
一拍置く。
「最も油断した瞬間に現れるものですわ」
そして。
「ゆえに、最も危険ですの」
完璧ですわね。
侍女のエリスが日傘を差してくれる。
「この屋敷の平和はお嬢様の肩にかかってます」




