Ep.48 共闘
「あらら、これじゃオレの出番なさそうですね〜」
一番通りのビルの屋上、黒髪の青年ヨモギが飄々と言った。
その視線の先には武装を展開した速水がおり、高速移動するヒミヤと死闘を繰り広げている。無数の銃による攻撃に押され気味のヒミヤは、次第に逃走するような進路をとりビルの上を移動していった。
「オレの実践デビューはまだ先かぁ〜」
「そう残念そうにしなさんな。ていうかお前さんの《EXIA》、あのヒミヤって奴とは相性悪いだろう?」
座りこむヨモギの隣、煙草を咥えた男が言った。
長めの髪はハーフアップでまとめられており、丸いサングラスで目元を隠したその姿はどこか胡散臭くも、アンニュイな大人の色気を醸し出している。
「まあそうですけど……速水さん一人に任せるとか、流石に脳筋プレイが過ぎません? どーせキバクラさんが指揮すんの面倒なだけでしょ?」
「馬鹿言え。あいつが有能なのが悪ぃんだ」
キバクラと呼ばれた男は、ばつが悪そうに煙を吐く。
胡散臭そうな彼はこれでも、二人の所属する部隊の指揮を任されている人物であった。といっても、ごく小さな任務を背負わされた現在、彼自身のやる気は無いに等しいのだが。
「まあともかく、メインターゲットとの接触はできそうだ。あとはついでにあの金髪を捕まえて……もしヤバそうだったら適当にお前を差し込む。とりあえず作戦はこんなとこだな」
「くっそアバウトじゃないですか」
怠そうな指揮官に、ヨモギはケラケラと笑いながら苦言を呈する。しかしそれでいてしっかりと臨戦態勢をとっている彼は、出撃の命令を今か今かと待ち構えていた。
◇◇◇
「『Arsenal』——モード【集中砲火】。一斉展開」
速水がそう唱えると、浮遊する銃たちが陣形を組んだ。
彼の構える拳銃に合わせて照準を合わせ、銃たちは豪雨のごとく弾幕を張る。ヒミヤはそれから逃れるように、空中での細かな機動を余儀なくされていた。
「クソっ——なんっ、やねん……オマエはぁ!?」
近接戦闘はおろかヒットアンドアウェイすら封じられたヒミヤは、過剰なまでの火力を前に逃げ回ることしかできない。高速機動を得意とする奴相手には、これが最適解だった。——他人事のようにそう思いながら、カナタは呆然と速水の背中越しに観戦する。
「俺の弾幕から……逃げ切れると思うな」
速水の声に応じるように、一際大きな長銃二つが十字にビーム砲を放つ。
弾幕で逃げ場を失ったヒミヤはなす術もなく、半身を削られる。一介のDプレイヤーを速水の武装はいとも簡単に圧倒し、一方的に蹂躙していった。
彼の操っているそれは、明らかに通常の〈武装〉の性能を超えている。しかし、挙動からしてディスオーダーのそれでもない——。疑問と困惑を残しつつ立ちすくんでいたカナタは、それでも行動を起こした。
(わけわかんねぇけど、とりあえず今は……!)
絡まる思考を放棄して、《ベイオウルフ》を構える。
想定外の助太刀、それにより好転した戦況。この機を逃すまいと、カナタは逃げ回るヒミヤに対して正鵠に照準を合わせた。さすがの消耗で敵の機動が鈍り始めた今ならば、彼は外さない。
と、引き金を引いた矢先。
「っ——助けに来んかい! “ミナモ”!!」
ヒミヤの叫びに応じるように、人影が割り込んだ。
黒いポンチョを着込む水色の髪をした少女は、青いシールドを展開してカナタの銃弾を弾く。速水らが予期せぬ援軍に驚くのも束の間、少女は浮遊したまま小さく呟いた。
「しょうがないなぁ、もう……」
その直後、巨影が地面を割る。
「——おいで、《オーレリア》」
地下から現れたのは、機械的なフォルムをした巨大生物だった。
コードに似た触手を何本もうねらせるその姿は、見る者に海に浮かぶクラゲを連想させる。一見幻想的だが確かな凶暴性をもったそれは、街を破壊しながらゆらゆらと浮かんでいた。
「援軍だと……? ッ、逃がすか……!!」
巨大なクラゲはヒミヤと少女を抱きかかえ、逃走を図るべく動き出す。速水に続きカナタも銃で攻撃を加えたが、うねる触手にことごとく阻まれてしまう。二人が揃って苦い表情を浮かべたその時、新たに緑の閃光が流星のごとく走った。
「あれ、女の子に助けてもらっちゃうの? ダサくない??」
颯爽と駆けつけたヨモギは、双剣を手に振り返る。
彼の煽るような態度に、ヒミヤは忌々しげな目を向けつつも舌打ちで怒りを留めた。代わりにミナモがクラゲの巨体を操り、割り込んできたヨモギと応戦させる。
「邪魔しないで」
「嫌だね。EXIA『THEIF』、【武装解放】——」
空中で唱えるヨモギに、背後から触手が這い寄る。
「今だけは、逃げるが勝ちだよ。お兄さん」
触手による強烈な殴打で、ヨモギは弾き飛ばされた。
受け身を取りつつも、ヨモギは勢いよくビルに衝突し戦場からフェードアウトする。その隙を見て、《オーレリア》は二人のDプレイヤーを抱えて空へと飛び立った。
「——っ、待て!!」
カナタが今一度銃を構えたが、時既に遅く。
空を泳ぐように飛翔した《オーレリア》によって、二人は彼方へと飛び去ってしまった。カナタは茫然と銃を下ろす中、その前に立つ速水は腕に取り付けた機器を見つめる。
[EXIA活動時間終了。武装をロックします]
機器が活動限界を告げ、速水の周囲にあった銃たちがデータの海へと還っていく。拳銃以外の武装を解除した速水は、長い溜め息をついてカナタの方へ振り返った。
「協力感謝する、【Executor】。しかし……奴を取り逃して待ったともなると、こちらとしても申し訳が立たないな。力になれなくてすまなかった」
「……いえ、俺は別に——」
謝罪を述べる速水を前に、カナタはたじろぐ。
ヒミヤを取り逃がしてしまったことは損失だったが、疑問の渦に飲まれた今のカナタにとっては些細なことだった。それよりも今は、助太刀に入った彼らについての興味が勝っている。
「あの、あなた達は一体——」
「——速水さぁ〜ん、なんかオレ吹っ飛ばされたんですけどー」
カナタの問いを遮るように、ヨモギが言葉を重ねる。
ビルに激突し負傷していた彼は、出撃命令を出した直属の上司——キバクラに首根っこを掴まれていた。軽口を叩くヨモギを床に落とすと、キバクラはカナタの姿を認め、ゆっくりと歩み寄る。
「よう、お前さんが元祖【Executor】か。俺は木庭袋、こいつらの指揮を任されてるモンだ。お前さんとは少し話がしたくてな」
「話……? っていうか、あんたらは何者なんですか?」
「ん? なんだ、まだ言ってなかったのか」
怪訝な目をするカナタに、「キバクラ」は彼の警戒心を解くように煙草を灰皿で揉み消して、薄い笑みを浮かべた。吹き付ける風に上着がはためき、縫い付けられた《NERVE》のエンブレムがあらわになる。
「俺たちは〈モディファイズ〉——。
Dプレイヤーと戦うために作られた、特設部隊ってやつだ」
今だけは
逃げるが勝ちだよ
お兄さん
ミナモ




