Ep.49 助言
〈お詫び〉
先週はプライベートの用事が重なっていたため、更新をお休みさせていただきました。予告なしの休載となってしまい申し訳ありません。
本作品は基本的に、毎週水曜更新を目指していく所存です。
ヒミヤの逃亡の後、俺は「キバクラ」と名乗る男とともに喫茶店に戻っていた。
店内は奴の斬撃で荒らされて酷い有様だったようだが、コレットたちの素早い原状復帰により何とか店としての体裁を保っているようだ。彼女らが片付けをしている中、キバクラもドアを開けて店内に入る。
「少年、あんたのお客さんかい?」
カウンターに立っていたジャンヌさんが訊ねる。
一瞬だけ迷ったが、俺は頷いておくことにした。キバクラは一歩前に出て、自ら事情を説明する。
「俺はキバクラ、一応《NERVE》の方で雇われてる者です。カナタ君と少しお話をしたいと思って参りましてね。その場所をお借りできればと」
「へぇ……なるほど、《NERVE》の回し者ってわけかい」
ジャンヌさんが訝しむのも、無理はない。
朔夜と《NERVE》の関係については、一度ジャンヌさんたちにも相談のため話を通している。朔夜やミデンを生み出し、使い捨てるつもりの悪い奴ら——なんてイメージがついていることだろう。
現時点では、俺も同じだが。
「……歓迎はされてないみたいですねぇ」
険悪になりゆく雰囲気を察したのか、キバクラが言った。しかしジャンヌさんは近くにいたユーガとモニカに指示を出すと、転がっていた一対の椅子とテーブルを用意させた。
「場所は貸してやる。ただし、アタシらもここで聞かせてもらうよ。それでいいね?」
「ええ。構いやせんよ」
ご協力感謝します、と言ってキバクラは椅子を引いた。
俺もひとまずその前の椅子に座って、キバクラと向かい合う。席についた俺たちのもとに、コレットがそれぞれ一杯のコーヒーを差し出した。キバクラはおもむろにミルクと砂糖を入れ、かき混ぜながら口をひらく。
「さて、お互い自己紹介は済んだわけだ。何から話すかねぇ……」
「——その前に、俺から一つ聞いていいですか」
コーヒーには手をつけず、俺は先走って訊ねる。
キバクラはカップを回しながら、黙って俺に質問を促した。
「ヒミヤ——さっき俺たちが戦っていた相手は、俺が過去に一度、運営に不正行為を通告したDプレイヤーでした。戦闘中、彼が何故まだここにいるのかについての俺の質問に、彼は答えたわけなんですが……」
「運営は、ディスオーダー使いと共犯なんですか?」
キバクラは表情を変えず、コーヒーを啜った。
俺が固唾を飲んで待っていると、意外にも早く返答が返ってくる。
「いや、違うね」
意外にもきっぱりと、キバクラは言い切った。
「おおかた、賄賂かなんかで見逃してもらってるとでも言われたんだろうが……それだけは違うと言い切れる。〈ディスオーダー〉の存在は、《NERVE》にとって間違いなくゲーム運営上の障害でしかない。見逃す道理なんざありゃしねぇさ」
「じゃあ、どうして奴はまだ……」
「すまんが、それはわからんな。俺たちも奴のアカウントを捕捉したのはつい最近のことだ。奴が『例外』になった原因については、現在調査中ってとこだなぁ……」
「……」
正直、彼の言葉が本当であるいう確証はない。
だが少なくとも、俺への揺さぶりのために嘘をつきそうなヒミヤの言葉よりは信頼できる。言われてみれば、《NERVE》にとっても障害になるDプレイヤーを放置しておくメリットはないわけだ。キバクラの方が道理は通っているだろう。
「“ヒミヤ”のことについては、これくらいでいいか?」
「……はい。ありがとうございます」
「それじゃ、そろそろこっちの用件についても話すとするかな」
キバクラはカップを置くと、テーブルの上で両手を組んだ。あらたまった表情で、いかにも何か大切なことを言うぞというような顔つきだ。
もっとも、彼の言う「用件」とやらには俺も大体見当がついているのだが。
「お前さんのところに、ミデンって名前の銀髪の女が来ただろう? そいつから何か話は聞いたか?」
「……《NERVE》が俺たちに協力を求めている、と」
「ほう、聞いてるなら話は早い。……いや、ミデンのやつがいきなり音信不通になっちまってな。このバカみたいに広い世界を捜すよりも、お前さんに直接答えを聞いた方が早ぇと思ったわけなんだ」
「そうですか……」
どうやら、ミデンが《NERVE》の使者というのは本当だったらしい。となればやはり、ミデンは自分と自分の「妹」のために《NERVE》を裏切ったことになるが……彼らはまだそれに気づいていないのだろうか。
「今すぐ『はい』と言えなんて無理強いはしねぇ。……でも、わかるだろ? 俺たちの利害は一致してるんだ、お前さんとヒル——“朔夜”が力を貸してくれさえすれば、〈ディスオーダー〉の撲滅って目標の達成も一気に現実的になる。その暁には、お前さんにも相応の礼をすると約束するさ」
現実的に考えれば、全くもってこの男の言う通りだ。
俺一人の力を持ってしても敵わない状況は、この先も数え切れないほどあるはずだ。ゲームの運営という後ろ盾は心強い他ないし、先ほど見た〈モディファイズ〉なる部隊も味方につけば、Dプレイヤーとの戦闘でも不安要素は少なくなる。
正直、協力しておくメリットの方が大きいだろう。
しかし——それでも俺は割り切れない。
「その『礼』っていうのは……朔夜にもあるんですか?」
俺がここで「はい」と言えば、自動的に朔夜も呼び戻され協力させられることになる。そしてミデンが言うには、目標達成の暁に朔夜たちは——
「礼? ああ、お前さんが言うなら勿論……」
「それ、嘘ですよね」
「……!」
やはりそうだ、彼らはミデンが「自分という存在」についてどこまで理解しているのかわかっていない。「あのこと」を俺に告げ口したなんてことも知らないのだろう。
「朔夜とミデン——『PMC』は存在自体がこの世界のバグのようなもので、目標達成後に消去される——素直にそう教えてくれたらどうなんですか?」
吐き出した自分の言葉が、ほんのり怒りを帯びている。
俺はやはり、まだ納得していないのだ。
自分と共に戦う朔夜のたどる結末が、「消滅」と決まっていることに。また、その「消滅」という結末を知った上で、あいつは自らの命を削るように戦っていくということに。
彼らのやり方は、俺は気に食わない。
「はぁ……ミデンのやつ、そこまで話してたのか」
浅く息を吐いて、キバクラはカップの底を見つめる。
そこには裏切り者に対する恨みというより、諦めの感情がうかがえた。そのため息はもはや、俺とミデンの疑いに対する回答と見ていいだろう。どうやらもう、あらかたの事情を俺に隠す気はないらしい。
「否定はしないんですね」
「……したところで、だろ。ここで嘘つく必要もねぇからな。流石にそこまで知られてちゃ、こっちにもお前さんを説得するだけの手札は残っちゃいない。お手上げだ」
意外にも潔く、キバクラは交渉を放棄した。
もっと巧みな語り口で丸め込まれると思っていたが、流石に分が悪いと判断したのだろうか。ともかく、それならこちらも話が早くて助かった。
「……相棒の将来が不安か?」
コーヒーを一口啜り、キバクラが言う。
「って言っても、その口ぶりじゃ本人も事情は聞かされてるみたいだからなぁ……さすがに消えるために戦いたくはねぇか」
「いえ、朔夜本人は……どちらでもいいと言ってました」
「ほう、どちらでも?」
「すべての判断は俺に任せる、と」
興味深そうに、キバクラは片眉を上げた。
脳裏に浮かぶのは、曖昧な答えを返す朔夜の顔。「主であるお主の命令に従う」などとどっちつかずな言葉で、朔夜は自分の意思を隠そうとしてきた。
いや——もしかすると、はじめから彼女に「意思」などなかったのかもしれないが。
「でも俺は……あいつをこれ以上、俺の事情に巻き込みたくありません。これじゃあ俺は、あいつの命を利用してるようなものじゃないですか。そんな残酷なこと、俺には……」
「残酷、ねぇ……それは、戦うために生み出された『命』でもか?」
「当たり前です。俺はあいつを、命令に従うだけの戦闘兵器にはしたくない……」
口に出して気づいたが、俺の理屈はただの感情論だろう。
合理的に考えれば、俺は朔夜と《NERVE》双方の協力を得るのが最善なのは間違いない。それを俺は今、「朔夜を戦わせたくない」という我儘で拒否している。
自分の幼稚さを突きつけられている気分だ。
「……そうか。お前さんの気持ちは、よくわかったよ」
しばらく間を置いて、キバクラは小さく頷いた。
それはまるで、子供の我儘に折れた親のように。
「要するにお前さんは、『役目』を終えた朔夜がこの世界から消されるって結末が気に食わんわけだ。そいつはまあ、相棒として当然の感情だろうな」
コーヒーを飲み干し、キバクラはナプキンで口を拭う。そして懐から神とペンを取り出すと、素早く何かを書き記した。
「だが——こっちにとってもお前さんは、最高のビジネスパートナーだ。そんなお前さんがそこまで粘るなら、こっちも融通が効かせられんわけでもない」
「……! じゃあ、朔夜のことは……!」
「まあ、俺もやるだけやってみるつもりだ。ビジネスパートナーがここまで言うんだ、上も動かんわけにはいかないだろうさ」
うちの連絡先、とキバクラは手書きのメモを渡してきた。彼は椅子から立ってコートの埃を払うと、俺に向き直って言う。
「その代わり、お前さんに一つ『宿題』を課す」
「……宿題、ですか?」
「ああ。宿題っつーか、大人からのアドバイスだな」
少し砕けた口調で、キバクラは言葉を接ぐ。
「朔夜——お前さんの相棒と、今後のことについてもう一度よく話し合ってみろ。いくらPMCだろうと、全く意思がないってわけじゃないはずだ。聞き出してこい、“秘めたる想い”ってやつをな」
「はぁ……」
意外ともっともなことを言う、と思った。
たしかに、俺と朔夜の間にはまだまだ意思疎通が足りない。彼の言う通り今一度、あいつの意思とやらを問い直してみるべきだろうか。
「お邪魔しましたね、店長さん」
席を立ったキバクラは、去り際カウンターにAXIAコインを置いた。無言で皿を拭いていたジャンヌさんが、そこで手を止める。
「コーヒー代かい? いらないよ、サービスだ」
「んじゃあ、場所代ってことで」
飄々と手を振るキバクラは、店のドアに手をかけた。
そして俺に振り返ると、意味ありげな笑みを浮かべ、
「いい返事を期待してるぜ、【執行人】」
キバクラが立ち去り、バタンと店の扉が閉まる。
軽快なドアチャイムの音色が、長く耳に残っていた。




