Ep.47 再戦
「出て行け」
至近距離での斬り合いに織り交ぜた銃撃。
銃剣で切り結んだヒミヤが一瞬、怯む。
狭い店内でこれ以上暴れられるわけにはいかないため、なんとか相手を蹴飛ばして店外へ押し出した。お互い視線を真っ直ぐ離さぬまま、店の前の大通りで体勢を立て直す。
「いつになく必死やん。嫌いじゃないで、そういうの」
数メートル先、男は気だるげにブレードを振る。
彼の全身からは絶えず紫の炎と煙が立ち上っていた。おそらくは、前回よりもアルケーの出力も高い。なんらかの手段で強化を施してきたと考えるのが妥当だろう。
……いや、それ以前に問うべきなのは。
「お前、【Stinger】使いのヒミヤだろ。なんでまだここにいる?」
目の前にいるのは、確かに俺の手でその罪を暴いた不正者。
こいつは本当なら今頃、運営側と裁判沙汰になっていてもおかしくはない。少なくとも、アンブレの世界にログインすることは罰則として禁止されているはずだ。だから今こうして、こいつのアカウントが変わらず存在していること自体がおかしいのである。
今までこんな事態はなかったのに、こいつに限って何故——。
「なんでって……そんなん決まってるやん。お前をこれからボコるためや」
期待はしてなかったが、やはり話にならない。
色々気になるところはあるが、ここでまた叩きのめしておくのが最善だろうか。こいつが野放しになっている件については、後で運営に問い合わせればいい。
「カナタ様!」
臨戦体勢をとっていた俺に、店の方から声がかかる。振り返ると、崩れかかった店内から、メイド服のコレットが顔を出していた。
「コレット! 店のみんなは無事か!?」
「ええ、なんとか……それよりカナタ様、店長がこちらをっ!」
「——!」
コレットが投げ渡したそれを、俺は受け止める。
真っ黒なそれは、果たして俺の愛用する狐の面だった。俺が店の中で外したままにしていたものだが、わざわざコレットに届けさせるあたり、姐さんなりの激励とみるべきだろう。
「ありがとう。店長にもよろしく伝えといてくれ」
「はい。カナタ様もお気をつけて」
祈るようなコレットの言葉を聞いて、俺は仮面を装着した。
これがあるとやはり、【Executor】として一段と気合いが入る。
二丁の《ベイオウルフ》を構え、仮面越しに敵を見据えた。
「そういや、おチビの相棒がおらんみたいやけどええんか?」
「お前程度の相手、俺一人で十分なんだよ。さっさとかかってこい。何度やっても結果は同じだ」
「ハッ、生意気なんは相変わらずやな。——ほな、遠慮せんといくで」
視界前方、ヒミヤが静かに前傾する。
すると奴は俺の想定よりもはるかに速く、トップスピードでこちらに突進してきた。流石はスピード特化のディスオーダー、移動速度だけならZainをも上回る。
一発銃弾を撃ち込み、銃剣で突撃を受けた。
しかし——
「受け切れるとでも——思ったんかァ!?」
銃弾はブレードに弾かれ、突撃を受け止めた俺はその衝撃に押され気味となる。やはりディスオーダーの性能が向上しているのか、加速装置の出力が前回よりも格段に上がっていた。
「認識が甘いねん、ボケがァ!!」
「——ッ!?」
鍔迫り合いからの逆袈裟斬りで、俺は大きく吹き飛ばされた。そのまま後ろのビルに激突するかと思ったのも束の間、奴は高速移動で俺の背後を取ってくる。振り向きざまにシールドを張ろうとしたが、間に合わない——
「散れや!!」
「くッ——」
凄まじい斬り上げに、銃剣もろとも右手の《ベイオウルフ》の銃身が破壊される。接近戦は不利と感じた俺は、左手の銃のワイヤーモジュールを起動し近くのビルへとアンカーを射出した。
高所へと飛び移りつつ、高周波ブレードを投げつける。
「この程度で……俺は撒けんでェ!!」
「しつこいんだよ……ッ!」
執拗に追ってくるヒミヤの斬撃を躱しつつ、間隙に一発二発と銃弾を撃ち込む。奴の移動速度からして間合いを保つのは難しいが、安易に距離を詰めるのはやはり得策ではない。
銃弾で足止めしつつ、どこかで形勢を逆転させるべきだ。
(朔夜の援護さえあれば、こんな奴……っ)
ないものねだりしてしまう自分が、嫌になる。
ソロでPvPデュエルに挑むのは久々だが、この間までの戦術はやはり朔夜の援護ありきだったのだと改めて痛感した。彼女の力をどう使うか、どう引き出すかばかりを考えて、肝心の俺自身が少しも強くなっていない。
「奥手やなぁ。今回もまたカウンター狙いかァ!? ええ!?」
「うるせぇなぁ、いちいち……」
とにかく、このまま攻められていては埒が明かない。
奴の動きを止めて、急所を確実に狩る——今思い浮かぶ戦術はそれしかないし、実行する他に選択肢もない。一旦至近距離にて切り結びつつ、空いた左手で真上にアンカーを射出した。
「——!」
奴の目線を奪った隙にブレードで腹を切り裂き、アンカーを掴んで右腕に巻きつける。この硬質ワイヤーは並の攻撃では断ち切れない。機動を制限するには十分だ。
「捕まえた……ッ!」
「ハッ、舐めとんのかカスが!」
ワイヤーはブレードでも断ち切れない。
しかし奴は強引に俺を突き放すと、逃げるように背を向けて加速を始めた。例の《スラスター》モジュールを使用しているのか、全身の加速装置から紫炎がたなびいている。
「オマエじゃ俺に追いつけんやろが!!」
奴と一本のワイヤーで繋がれた俺は、当然のことながら奴の機動に引き摺られる。それは空中でぶら下がるに留まらず、ビルの外壁や窓に俺の体は幾度となく衝突した。
銃を手放すことも考えた。だが——
(こいつだけは、もう逃さねぇ……!!)
近づいてきた廃ビルの壁に、右手で思い切りブレードを突き刺す。
四肢の力を使ってなんとか外壁に取りついた俺は、ワイヤーを巻き取りモードに切り替えた。奴の引力のせいで左腕が引きちぎれかけたが、こちらの巻き取りの方が力は強い。
「戻ってこい成金野郎……!」
「ッ——ほんっっま、イラつくわぁ!!」
空中で旋回して刺突の体勢をとるヒミヤ。
対する俺は胴体前面にシールドを展開し、迎撃の姿勢を取った。奴の言った通りカウンター狙いではあるが、衝撃を殺しきれれば俺にも勝機はある。最悪相討ちでも構わない。
そう、思っていたのだが。
「死ねやぁああああ——!!!」
「——ッ!!」
剣先がシールドを突き破り、俺の腹部に刺さる。
そこまでは想定内のダメージだった。しかし奴の推進力は凄まじく、押し込まれた俺は外壁もろともビルの中へと後ろ向きで突入することになる。
瓦礫の舞う中、俺は無我夢中でブレードを振った。
ダメージを負って姿勢を崩しつつも、ビル内を転がった俺はすぐさま敵の追撃に備える。見ると、同じくビル内に入ってきたヒミヤは片手で首を押さえて立っていた。
「はぁ、いったいなぁ……ってこれ、もしかしなくても前回と同じやん。なんかきっしょいわ〜」
「お前こそ、罵倒の語彙の少なさは前回と変わってねぇな」
「黙れやクソ狐。ええ加減そのダサい仮面外せや」
俺もいい加減、こいつの舐め腐った面を見るのは嫌になってきた。
とはいえ、腹部を貫かれたことによるアルケーの漏出もそれなりに大きい。相手にもダメージは入っているようだが、長期戦はやはりこちらが不利だ。勝負をつけるべく銃を構えようとした矢先、何かを思いついたようにヒミヤが口を開く。
「そういや、なんでまだ俺がここにおるんかって話……してへんかったな」
突然何を言い出すかと思えば、だいぶ今更なことで。
「……俺を倒すためじゃねぇのかよ」
「そんなんその場しのぎの嘘に決まってるやん。オマエも気になるやろ? 運営に通報されたはずのDプレイヤーが、なんでのうのうとまだこの世界に居れんのか——」
「…………」
正直、気になっていたところではある。
だが今それを知ったところで、俺のすべきことは変わらない。
いやむしろ、奴の思惑に嵌められるという可能性もある。
「ククッ……なーんも知らんオマエに、特別に教えたるわ」
聞くな。こいつの言葉なんて、どうせ出鱈目だ。
俺のやるべきことに、関係は……
「——共犯やで、ここの運営」
……グル?
「は?」
待て、訳がわからない。
こいつの言うことがもし本当なら、運営は今まで俺の通報してきた違法行為をすべて黙認してきたということか? いや、それは違う、俺のせいで確かに裁判沙汰になったDプレイヤーは数多くいた。ならばこいつだけ運営に許されたのか? 多額の賄賂でも渡されて、運営はこいつの違反を見逃したっていうのか?
疑問符が脳内で連鎖するように浮かび上がり、消えていく。
やはり敵の言葉なんて聞くんじゃなかった。すべては俺の動揺を誘うための策略で……
(……でも、辻褄は合う)
こいつがここにいる理由は、確かに共犯で説明がつく。
「オマエらは正義の味方面して頑張ってるみたいやけど……運営は対応自体いちいち大変やし、俺らみたいなんは適当に金払えばかる〜く見逃してくれんねん。知らんかったやろ?」
賄賂。
ペナルティとして罰金が課されることはあるが、その以後にチート使用者がゲームにログインできてしまうのはやはりおかしい。運営が見逃している、というのは本当なのか。
じゃあ、俺の今までやってきたことは?
「ほぼ無駄やで、お前のやってること。チートほったらかしてる運営の仕事増やしてるだけや。独り善がりのヒーローなんて迷惑やから辞めてまえ」
独り善がり? 俺が?
俺の行動は、運営にとって目障りでしかなかったのか?
「さっさと消えろや。偽善者」
ヒミヤが剣を振る。俺の頸を狙っている。
でも俺は避けられない。避けるだけの気力がない。
(俺が、偽善者……)
無駄だったんだ、全部。
俺は一人で、わけもなく戦い続けて。
英雄を気取って。
(何だよそれ、馬鹿みてぇ……)
斬撃が迫る。
俺にはもう、避けられない。
ああ、俺は負けるのか。
偽善者の俺は、死ぬべきなのか。
「EXIA『Arsenal』——【武装解放】」
上から人影が降ってくると同時に、そんな声がした。
攻撃を仕掛けていたヒミヤは、間に割って入ったその人影から飛び退いて、咄嗟に距離をとる。背の高い男の姿をしたそのアバターは、白衣のような上着を風にはためかせて佇んでいた。
眼鏡の奥に隠れた瞳は、よく見えなかった。
「……君が、【Execuor】のカナタだな?」
眼鏡の男は、こちらに背を向けたまま言った。左手に取り付けた機器の文字盤が、何かの数字を表示している。俺は事態を飲み込めないまま、空返事をしてしまう。
「そう、ですけど……」
「そうか、なら話は早い。俺は《NERVE》の研究員の速水という者だ。とある任務のため君を助けに来た」
有無を言わさぬ口調で、男は機械的に言葉を連ねる。
そして彼が拳銃のスライドを引いた途端、それは起こった。
「すまないが時間がない。少し協力してくれ」
男が起動——いや、「召喚」したのは、無数の銃。
無骨な銃身を備えたそれらは、ドローンのように浮遊して男の周囲に群がる。
男が拳銃をヒミヤに向けると、翼のごとく展開した銃たちも一斉に彼に照準を合わせた。
「——3分以内に、こいつを倒すぞ」




