マクシムの庭
島に響き渡るサイレンの音が試験開始の合図だった。
──みんな、ようやく開始地点に着いたのかな。
結構開始地点で待たされたマクシムは監督官を見て「じゃあ、行きます」と告げる。
迷彩服を着た、年配の監督官は首肯した。
存在感の薄い人で、森に紛れてしまえば、どこにいるのか分からなくなるかもしれない。
今回の試験では、受験者の傍に監督官がつき、見えないところから監視するらしい。
監督官が不正に関与する可能性があるかどうかマクシムは少し考えたが──彼らも『士』の一員なのだから仲間に手を貸す可能性がある──どうしようもない話だ。
圧倒的に勝利することが目的だから、不正があったとしてもはねのければ良いだけ。
マクシムが歩き始めると、年輩の監督官は「がんばれ」と意外にも応援してくれた。
マクシムは森がすぐ近くにある廃村がスタート地点だった。
試験開始前に引いたくじの運が良かったのだ。
もっと海に近い場所なら苦労していただろうが、これならかなり勝負は楽になる。
マクシムはリュックの中身の確認は後回しにして、迷わず森の中に入っていく。
手入れされていない森だから道もないし、通常であればまともに歩くこともできないはずだった。
だが、マクシムは違う。
能力を使って植物を操作し、草を分けて道を作る。
彼は整備された歩道と変わらない速度で歩き続ける。
上空から見下ろした島の周囲は6キロメルほどで、森林面積はおおよそ四割程度だった。
主任監督官やナタリアたちが待機しているポイントを除いた敷地が試験会場で、たった六人でサバイバルするには広すぎる。
しかし、『士』の大尉たちにとってはこれだけの広さがあっても関係がないのだろう。
いや、それはマクシムも一緒だった。
むしろ、彼こそはこの広さを味方にできる最上の人間だった。
マクシムは少し前のことを思い出していた。
それは曾祖母の生家があった廃村へ赴いた時のことだ。そこでニルデ・サバトが竜と殴り合いをしていた。
あの時も廃村に行くまで森の中を歩いていたが、考えてみると道なき道であっても苦にしなかった。
いや、子どもの頃から草や木に足を取られた記憶はない。
当時から既に無自覚で能力を使用していたのだろう。
だが、今は違う。
意識的に『庭師』としての能力を使用し、森の中を歩いていた。
彼にとって密度の濃い森も、整備された道も変わりない。
それでも早足かつ、ゆるやかであっても坂を登る形だったので、マクシムは少しだけ息があがった。
スタートからそれほど時間をかけずに、島の中央近くまでマクシムは到着する。
──さて。
マクシムはリュックだけを地面に下ろした。
そのまま腰を下ろす前に、リュックの中身を確認する前に『庭師』の能力を全力で発動させる。
木がギシギシと音を立て始める。
周囲の木々を中心に、彼の庭が形成されていく。
マクシムを中心に植物操作の能力は伝播する。
これだけの広さの島だ。
体力と気力を絞り出して円状に広げていく。
世界の中にマクシムが浸透していく感覚。
手足が伸びていく奇妙な感覚。
マクシムの庭が島中に広がるまでそれほど時間はかからないはずだ。
先ほどの監督官も木々に吞み込まれたが──まぁ、別に死ぬわけではない。そのまま大人しく試験を見守ってもらおう。
マクシムは他の受験者に見つからないように、周囲の木々がカモフラージュになるように包まれた。
そこまでいってマクシムは嘆息した。
ようやく一息つける。
腰を下ろし、リュックの中身を確認する。
食料や水と一緒に入っていたのは、使用方法の説明書が付いた爆薬だった。
マクシムは見なかったことにしてそのまま片付ける。
──さて、勝負だ。
+++
『士』の中でも武の名家の娘──マーラ・モンタルド大尉は海が見える位置にある小屋がスタート地点だった。
他に建物はないので、たとえば、漁師などが使っていた小屋だろう。事実、釣り糸のクズみたいなものがあった。
マーラはそこでリュックの中身を探す。
最低限の水と食料以外には拳銃が入っていた。
二十発銃弾の込められた弾倉も二つ――確認すると非殺傷性のゴム弾だった。
おそらく武器としては当たりなのだろうが、彼女の戦闘スタイルからすると外れだった。
武器として強力だとは思うが、剣の方が良かった。
弾切れ後に使い道が少ないからだ。
マーラは武器術も魔法もこなせるオールラウンダーである。拳銃を使った格闘術もそれなりに使えるが、魔法を中心とした剣法の方が得手なのだ。
弱点らしい弱点はなく、あらゆる任務に耐えられるため重宝されている。
──適当に木剣でも作れば良いや。それより早くディアナと合流しないと。
危険はあるが、海沿いの道で合流する手はずだった。
この廃島の地理はもちろん知らない。
それでも、海沿いであれば合流できる可能性は高いと考えていた。
ちなみに、別に手を組むことは反則ではない。
監督官もマクシム・マルタンにしかついていないため──監督官はあくまでも素人である彼を見守るための存在である──それを咎める人もいないのだ。
通信手段がないため──持ち込みは身体検査で不可能。魔法も難しい──下手に動き回ると別の受験生と戦いが発生する可能性の方が高かった。
狼煙などの手段も考えたが、やはり好戦的な受験生に見つかる可能性を危惧して止めた。
そこでふと背後の森がマーラは気になった。
何が気になったのかは分からない。
だが、何かが先ほどと変化しているような気がした。
──気のせいかな?
マーラが歩き始めてから更なる違和感を覚える。
少しだけ足を取られる感覚。
──足元?
マーラが足元を見ると、先ほどまでは何もなかった、ただの道がわずかに隆起していた。
──何、これ?
少しだけ地面を掘って確認して気づく。
木の根だった。
マーラはそれに足を取られていたのだ。
「え!?」
そこでマーラは気づく。
おかしい。
どうして、こんな海に至る道に大きな根が張っているのか?
廃島であっても、いくらなんでもおかしい。
先ほどまではこんなことはなかったはずなのだ。
「……まさか?」
マーラは閃くものがあり、確かめてみて確信する。
──森そのものが大きくなっている?
森林面積はもちろん、島中央の森自体が大きく成長している気がした。密度と体積も増えているようだ。
それまで木が存在しなかったところにまで広がり、浸食を開始していた。
何が起きているのか分からない。
だが、何かが起きていることは間違いなかった。




