昇任試験開始直前
「結構大きな島だね」
「少し広すぎませんか? いえ、戦闘にならないのであればこちらとしても好都合だと思いますが……」
「そう都合が良く進むことは期待できないだろうね」
『庭師』マクシム・マルタンは『竜姫』ナタリア・サバトと共に『竜』に乗って、士『《さむらい》』少佐昇任試験会場まで来ていた。
試験会場となる島は内海に位置している。
群島となっているが、周囲の島とは少しだけ距離がある。
上空から島内を確認すると、森林が七割を占めている。
海沿いと山の中心部に使われていない家屋が残されているが、人の住んでいない典型的な廃島のようだった。
島の中心部にいくほど高くなっているが、丘と呼べるくらいの高低差しかなさそうだ。
マクシムは空からその地理を目に焼き付けながら言う。
「森も思った以上に広いね」
「マクシムにとってはすごく有利な状況ですね」
「戦闘職にある『士』の人たちとは根本的に戦力と経験が違うからそう楽観もできないかな」
「負けないと思いますけどね」
「当然。そのために備えたんだから……反則かもしれないけどね」
「ワタクシたちは共犯ですわよ?」
「うん。分かっているよ。僕らは勝たないとダメだから」
「ケガだけはしないでくださいね」
「安心して。本当に無理だと思ったらすぐ棄権するから」
「それでも無理する人だと、ワタクシは知っているから不安なのですわ」
マクシムはナタリアを撫でて安心させる。
ナタリアが目を閉じたので、マクシムは優しくキスをする。
ナタリアはとても嬉しそうに笑った。
頬を軽く上気させ、マクシムに肩を寄せる。
空から見下ろす海と島。
素晴らしい景色。
そよ風にのった潮の匂い。
言葉は必要ない。
通じ合っている実感だけがあった。
しばらく空を旋回した後、時間がせまってきたので集合場所まで移動を開始する。
ナタリアはマクシムに体重を預けたまま言う。
「ワタクシは予定通り監督官たちのテントで見守っていますから」
「了解。でも、予定よりも森が濃いから上手く立ち回るよ」
「頑張ってくださいね」
空から徐々に地面が近づくと、集合場所には既に人が集まっていた。
リトルが着地すると、その場にいた監督官と受験者たちは驚きの眼差しで出迎えてくれた。
世界最強の魔獣を使役する英雄の血族が『竜騎士』だ。
畏怖と驚愕は当たり前かもしれない。
マクシム自身は『竜騎士』ではないし、伴侶としての資格も有していないが、竜の威を借りて、その動揺を利用することにした。
マクシムはあえて腰を低くしてにこやかに告げる。
「よろしくお願いします」
狙い通り余裕が最も周囲を威圧できた。
+++
試験参加者はマクシムを含めて六人。
本当はもう一人いたようだが、試験開始直前に体調不良で辞退したらしい。
少佐昇任試験の内容は非常にシンプルだ。
まず、自分の監督官に誘導されて、それぞれのクジに沿った地点から開始。移動は天馬や大鷲などを使って目隠しをすることで情報を制限。他の人間の場所も知らされない。
そこからは基本的に自由。最後までリタイアしなかった者が昇任できる。
それだけである。
試験期間は無制限だが、実際には割と積極的に敵を排除する動きに出るのが一般的。
そこまで長期間の試験は誰も希望していないからだ。
今までの試験は、最長で二十一日間続いたケースから、最短で三時間足らずで終わったケースもある。
試験会場と参加人数の関係でどちらかに転びやすい。
ちなみに、突出した実力者がいれば、長期化しやすくなっている。
その人物を警戒して動きが鈍くなり、また、その実力者も徹底マークされることで動きにくくなるからだ。
他にもルールはいくつかあるが、サバイバル力、戦闘能力、知力をまとめた総合力が試される過酷な試験だ。
死人は基本的には出ないが、怪我人は出ること前提で医者と治療術師は常駐している。
少佐試験の内容がサバイバルである理由は明確だった。
『士』の佐官は暗黒大陸へ派遣されることがあり、それに適応できるだけの能力が求められていたからだ。
マクシムにとってこのシチュエーションはかなり有利であった。
+++
マクシムは試験の注意事項を聞きながら、周囲からの視線を感じている。
いや、視線は向けられていないのだが、感覚的にこちらを探られているのは分かる。
もしかしたら、探知魔法などを向けられている可能性もあったが、そちらはマクシムには分からない。
注意事項は既に文書で受け取っていたものと同じだったので聞き流しながら、マクシムは周囲の人間を観察する。
活発な少年のような女性がマーラ・モンタルド。
深窓の令嬢のような女性がディアナ・フェルミ。
陰気な背筋の曲がった男性がウーゴ・ウベルティ。
大雑把そうな大きな手をした男性がリオッネロ・アルジェント。
それと、線の細いすごい美少年がジャンマルコ・ブレッサ。
この人たちが『士』の大尉かぁ、とマクシムはむしろジロジロと無遠慮に見ながら思った。
四人は自然と視線を逸らしたが、一人だけ――美少年はこちらを見て微笑んだ。
天使のような美しさだった。
マクシムの自称婚約者ルチア・ゾフに匹敵するほどの無垢な輝きを放っている。
とても戦闘職にあるとは思えないが、片田舎の農家の少年であるマクシムも場違いさでは大差ないのかもしれない。
マクシムは笑い返す。
すると美少年は嬉しそうにしている。なんとなく良いことをした気分になっていると説明が終わった。
そして、リュックを一つ手渡され──重い手触りだった──そして、主任監督官は言う。
「それでは各自移動開始!」
自分の監督官に誘われて、マクシムたちは一斉に移動し始める。
試験開始だった。




