『士』の夢
マクシム・マルタンたちのホテルからの帰り道、『W・D』はイーサンに言った。
「どうするつもりだぜ?」
「どうにかするつもりだよ」
「しかし、ああやってごまかしても『竜騎士』たちならすぐに気づくだろうぜ」
「大丈夫。ただの時間稼ぎだ。それに、こちらの目的が済めば、彼らと手を組んでも構わない」
「……ナタリア・サバトとは幼なじみだよな、イーサン」
「それが?」
「あんまり悲しませてやるなよ」
「分かっている。そんなつもりはないよ」
「俺は、知っているぜ」
名探偵である『W・D』はイーサンの内心を正確に読み取っていた。
ごまかせる相手ではないので素直に認めた。
しかし、今すぐ伝えることもできなかった。
特にナタリア・サバトには。
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本来であれば、今回、イーサンは『魔女』カルメン・ピコット大佐を制圧するため、確実に勝利するために出動していた。
ただ『案山子』ハセ・ミコトが到着時にはほぼ無力化させていたので、大した労力は払わなかった。
カルメンの自殺を止めるために、聖剣を振るったくらいである。
イーサンの移動は基本的に小型のコンテナトレーラーを使っている。
特注品で聖剣を保管するために必要だったが、今はもう一つ理由があった。
コンテナの中は居住するためのスペースが作られており、イーサンは普段からそこで寝泊まりしている。
トレーラーは『士』や『与力』の基地の駐車場に留める場合が多いが、大型車用のコインパーキングに留めることもある。
防犯上の理由で、あまり一所には留まらないようにしている。
スペースで最も広く場所を取っているのは聖剣の保管する金庫。
これは厳重に保管するために何重にも鍵がかかる金庫だった。
そして、それ以外のスペースは最低限寝泊まりできるようにベッドなどが置かれている。
ただ、今そのベッドには一人の少女が寝かされている。
その少女は機械的にも魔法的にも最高級の生命維持装置で繋がれている。
一応生命活動は継続していたが、その少女は目を覚まさない。
装置を外してしまえば、すぐに亡くなってしまう弱弱しい存在だ。
少女はとても美しい顔立ちをしているのに、そうは見えないほど戦いの痕が刻まれている。
凄まじい鍛錬を行ったせいか、体はボロボロだ。
そして、その少女の片腕は喪失している。
少女の名前はニルデ・サバト。
ナタリア・サバトの姉であり、『竜騎士』であり、『二十七代目武道家』を継承した存在。
そして、自らの意志で死んだはずの少女だった。
イーサンは彼女の遺体を回収していた。
彼はナタリアたちに『遺体が消えた』と嘘を言っていた。
なぜならば、引き渡すことができなかったからだ。
ニルデの遺体は蘇生措置を行ったら、奇跡的に心拍を再開させていたのだ。
ナタリアたちに言えなかったのはニルデが意識を取り戻さなかったから。
彼女が意識を取り戻す可能性は非常に低い。
他にも理由はあるが、このまま死ぬしかないのであれば、二度も喪う経験はさせたくなかった。
これはイレギュラーな現象だった。
全てを継承させる『武道家』は、死ぬ際に塩塊となって滅びる。
だが、ニルデだけは遺体を残していた。
蘇生措置を行ったのも、あまりにも彼女を喪うのが惜しかったイーサンの独断で本当に蘇るはずがなかったのだ。
これはイレギュラーな現象だった。
当の『二十八代目』となった『武道家』も知らなかった。
捕縛された『武道家』は、あるはずがないと一笑した。
ニルデ・サバトの知識も経験も技能も完全に継承したのだから――と。
あるいは『竜騎士』の因子が奇跡を起こしたのかもしれない。
呪詛を蒐集し、死を司る『案山子』からならば何らかの見解が得られるかもしれない。
イーサンは本当にわずかな可能性を模索していた。
イーサンは分からない。
イーサンには何も分からない。
これはイレギュラーな現象だった。
現代最強の『士』イーサン・ガンドルフィは愛する少女を蘇らせるための方法を探していた……。
第三部 全てのヒトガタを呪う者『案山子』 了
第四部 己の身を捧げながら戦う者『士』に続く
お読みいただきありがとうございます。
第3部完となります。
起承転結なら承の部分で、この後、転が三回くらい続きます。
謎ばかりが生まれていろいろストレスが溜まった方もいるかもしれませんが、
追々解消されていくので、のんびりお待ちいただければと思います。
まだまだ物語は続きます。
ブックマークとか評価とか入れていただけるとすごく嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。




