「マクシムの子どもが欲しいですわ!」
ナタリアはその晩、強行に主張した。
「マクシムも一緒の部屋で眠りましょう」
「いや、それはちょっと……」とマクシムが難色を示すと、
「三人一緒の方が安心ですわ。シラもいるから大丈夫です」と全然大丈夫じゃない保証をした。
「いや、シラも嫌がるでしょ」
「そんなことありませんわよ、ね? シラ?」
シラは死ぬほど嫌そうな顔をしながら頷いた。
「問題ない」
「シラがそんなに表情を変えるのは珍しいね」
「も、問題ないと言っていますわ!」
問題ないと言っているだけだった。
『士』たちに「問題ない」と保証されてもナタリアは不安なようだ。
そもそも、竜に守られているのだから、少し部屋を隔てるくらいなら大差ない気もした。
そこでマクシムは勘違いに気づく。
ナタリアは『見える距離にいる』という心理的な安心感を欲しているだけなのだ。
理屈ではない。
だからこそ説得は少し難しいかもしれない。
マクシムは少し話を逸らすことにした。
「とりあえず、これからどうするかは重要だと思うんだよね」
「そうですわね。いろいろ振り出しに戻りましたわ。何の手がかりもありませんもの」
「いや、手がかりはあるんじゃないかな」
「? 何かありましたか?」
「多分だけど『士』たちは嘘をついているよ」
と、マクシムは思っていたことを伝える。
ナタリアは不思議そうに小首を傾げた。
「嘘? あのイーサンたちの説明にどこか矛盾でもありましたか?」
「矛盾ってほどでもないけどね。カルメン大佐が犯人だったと思うし、その辺りに異論はない。でも、『案山子』はいるんじゃないかな」
「その根拠はありますか?」
「ヒトトセ・リョウについての説明がなかった」
「それは……たとえば、ヒトトセ・リョウもカルメン大佐の手先だったのではないでしょうか」
「いや、僕らが街についてからヒトトセ・リョウに先に会っているだろ。さすがにそれはおかしい」
順番の問題である。
本当に全てをカルメン大佐が画策していたとしたら、最初にヒトトセ・リョウとこちらを接触させるのはおかしい。
そもそも、カルメン大佐に会いに行ったのはマクシムたちの意志だ。
コントロールできるものではない。
会ったことで上手くこちらを誘導しようとしただけではないのだろうか。
カルメン大佐が犯人だった件と『案山子』の存在の有無は別の事象だと考えた方がスッキリする。
ナタリアは少し納得できていないようだった。
「イーサンが嘘を……。あの真っ直ぐな人が? それはやはり危険が大きいからでしょうか」
「ナタリアは必要な嘘かもしれないって見解か。それもあるかもね。あとは、『士』側が主導権を握りたい理由があるのかもしれない。そもそも、今回の一連の事件は『士』の一員だったカルメン大佐が起こしている。僕らが騒ぎ立てたら『士』の大ダメージになるから動きを制限したいんだと思う」
「それはあり得そうですわね」
「厄介なのは『士』が『案山子』を確保している場合。隠されたら、もうコンタクト取りようがないかも。『士』の本部ってやっぱり首都?」
「ええ。ズメラルドですわ」
このままディアマンテにいて『案山子』の手がかりを探すのが良いのか、それとも、ズメラルドに行って『士』の内情を探るのが良いのか。
マクシムは次の一手を考えて黙考した。
頑張っているつもりだが、なかなか思う通りに事態が進まず、マクシムは少し焦りを覚えていた。
正直、無力感があった。
「マクシム?」
「……いや、あまり上手くいってないなって。なんか上手くできたこと全然ない気もするけどさ。今回は本当に何が起きたのかさえ分からないよ」
「そうですか? 『案山子』が存在しているとしても、ワタクシたちは被害に遭っていません。それだけでも上出来ですわ」
「でも、結局『案山子』の正体も不明だし、ヒトトセ・リョウも何だったのか分からない。メイド天国の人たちは助けられなかったし……。それに、多分、僕も殺されかけていたよね」
「それは、そうですわね……本当にギリギリでしたわ」
「ギリギリなのに結果が出ていない。今の状況ってかなり綱渡りの感触があるよ」
ナタリアが困ったように言葉に迷う。
そこでシラがあっさりと言う。
「まだまだ途中」
「だから、気にするなってこと?」
「気にしても仕方ない」
「一理あるけどさぁ」
「じゃあ、お前は何を望む?」
望むも何もさ、とマクシムはため息をつく。
アダム・ザッカーバードの殺された理由が知りたいだけなんだけどね、と。
なかなか望みを叶えるのは難しかった。
その時、ナタリアが挙手する。
「あ、ワタクシ、望みがありますわ」
「へぇ、何?」
「もう止めませんか?」
マクシムはナタリアの言葉の意味が理解できなかった。
「止めるって、何を?」
「危険すぎますもの! ワタクシはもうマクシムが傷つく姿は見たくありません」
「あ、この件全てからってこと」
ナタリアは感情が高ぶっているせいか、少しだけ涙目になっている。
それだけ心配させていたと考えると申し訳ない気もしたが、こんな中途半端で止めることはできなかった。
彼女の姉──ニルデ・サバトを死なせてしまったマクシムには、止めることなんて考えられない。
「でも……僕は気になっているから」
「嫌ですわ。もう帰りましょうよ」
「じゃあ、僕だけもう少し続けるよ」
「嫌です。マクシムと離れたくありません!」
ナタリアはだだっ子になっていた。
普段にない様子だ。
それだけ彼女にとって、マクシムが殺されかけたことはトラウマになっているらしい。
マクシムはそこで譲歩案を思いつく。
「じゃあさ、何かそちらの願いを叶えるから、それで僕の手伝いをもう少しだけ続けてよ。何かない?」
ナタリアは少し考えた後、思いついたとばかりに顔を綻ばせる。
「そうですわ。ワタクシ、マクシムの子どもが欲しいですわ!」
ナタリアはとんでもないことを言い出した。
マクシムは絶句する。
シラを見ると彼女も固まっていた。
「子どもって――」
「サバト家はもうワタクシとシラだけですもの。ワタクシ、家族が欲しいのですわ! ですから、マクシムとの子どもが欲しいです!」
「えーっと、それ、どういうことするか知っているの?」
「もちろんですわ! セックスですわね」
ナタリアは自信満々に言い放った。
マクシムは恋人の顔を見て理解する。
多分、絶対に分かっていない。
シラの方を見ると彼女は動揺している。
見た目は大人だが、七歳児の前で何を言っているのか。
いや、案外ナタリアも七歳児並みなのか。それ以下なのか。
「……ちなみに、どういう行為か知っているの?」
「ええ。妊娠するための行為ですわ。マクシムの精子とワタクシの卵子が受精すれば良いのですわよね」
そこでナタリアはわずかに困惑する。
「ただ、どちらも体内にあるでしょ? それをどうするか詳細は知りません。ただ、セックスという名前だけは知っていますわ」
「ナタリアお姉ちゃん……黙った方が……」
「シラ、ワタクシはとても大事なことを話しているのです」
「大事を言ってる……」
ナタリアはかなり頭が良いとマクシムは思っている。
だが、彼女は竜たちの守る山で暮らすお姫様である。
人里と隔てられた環境のせいか、たまに知識が欠如していることがあった。
マクシムは後で怒られるだろうなぁ、と思いながらも自分の立場に泣きそうになる。
何故、恋人の性教育をしなければならないのか?
どんな罪業を重ねたのだろうか?
マクシムはナタリアに性教育を行った。
もちろん、実演ではない。
さすがに未経験な自分では無理難題すぎた。
このお姫様にできる最大限の配慮をして伝えた。
マクシムが教えた後、ナタリアは真っ赤になったまま動かなくなった。
耳どころか、頭皮まで赤くなっている。
ハグとキス以上の行為の存在が彼女の想定外だったようだ。
シラも声をかけられない。
血の繋がらない姉を気の毒そうに見守ることしかできなくなっている。
世界最強の一角『竜姫』ナタリア・サバトは死にそうな声で言う。
「い、今すぐは無理ですわ……。少し考えさせてください……」
それからナタリアは丸二日間部屋から一歩も出なかった。
ホテルの自分の部屋に戻ったマクシムは見守ることしかできなかった。
唯一出入りしていたシラ曰く「枕に顔を埋めて悶えている」らしかった。




