容疑
マクシムたちは『士』のカルメン大佐たちに連絡を取った。
周囲の民家の電話を借りることも少しだけ考えたが――この状況はあまり広めたくないし、民家に高価な電話機があるとは限らない――スピードを重視し、ナタリアが竜を駆って移動した。
ディアマンテに竜がやって来るという大事態だったが、上手く魔法を使い擬態することで騒ぎにはならなかった。
戻って来たナタリアと一緒に、竜の足につけられた籠で現場に来たのはベニート大尉だった。
カルメン大佐ではないのか、とマクシムは少し思ったが、その疑問を予想したのか、ナタリアが答える。
「カルメン大佐はいろいろ準備して来られるようですわ」
「大佐は疑似空間転移が可能なんで、僕は先遣隊ってやつです」とベニート大尉が補足してくれた。
「カルメン大佐、本当に凄い魔法使いなんですね」
「あの人よりもこの国で上位の魔法使いは『大魔法つかい』以外には思いつかないレベルですから。その『大魔法つかい』も伝聞だから、現代の魔法使いと比べてどれほどのものか分かりませんけどね」
彼はすぐにユーゴーの遺体を調べ始めた。
と言っても、彼は触れようとせずに検分から始める。
マクシムたちでは分からない情報も彼の目からは明らかなのだろう。
厳めしい外見が、更に厳しいものになる。
「ナタリアさん、この死体には触れましたか?」
「いいえ。ワタクシたちは触れていませんわ。ね? ワタクシがリトルで移動している間も触れてませんわよね」
「触れてないよ」
マクシムたちはユーゴーの遺体に触れなかった。
正確には触れられなかった。
本当に少しだけ会話をしたことがある他人――いや、一応知人ではあるが、変死体という状況にぶっちゃけマクシムはかなりビビっていた。
意味不明な死。
首が折れた死体は生きている者にとっては根源的に忌避される存在だった。
ベニート大尉がいろいろな角度でユーゴーの遺体を検分しながら言う。
「では、倒れた時には息があった可能性も?」
「ありませんわ。首が折れていましたし、既に出血も止まっておりましたもの」
「そうですか。ところで、殺された死体って気持ち悪いと思いません?」
ベニート大尉の口調は軽いものだった。
雑談にしては重い内容に、マクシムもわずかに顔をしかめる。
ただし、それは内容を認めていた部分もあった。あくまでも倫理観による反発。
「えっと、それは――」
「それは失礼だと思いますわ」と真っすぐにナタリアは批判した。
「礼儀の話じゃなくて現実の話ですね。死んだらもう害なんてないんですよ。でも、普通の人は怖がる。それは気持ち悪いからなんです」
「でも、気持ち悪いって……」
「マクシムさんもナタリアさんも良い人ですね。とても『竜騎士』とは思えない」
良い人と言いながらも、彼の言葉の温度感に褒めている熱量はない。
ベニート大尉はもしかしたら説教をしているのかもしれない。マクシムはそう思い、言葉を促す。
「すみません。何が伝えたいんですか?」
「こういう状況に慣れるためには悪くなる必要があります。ハッキリ言うと、もう少し悪く汚れる必要があると思います」
「それは、僕は、別に潔癖じゃありませんし」
頭の中にあったのはナタリアの姉――武道家になった少女の顔だった。
マクシムが間接的に殺した少女。
ナタリアも「ワタクシだって」と言う。
「別に良い人ではありませんわ」
「じゃあ、甘い人なんでしょうね。人が死んでいる状況で、まず考えるべきは自分たちの安全です」
ベニート大尉の一言に、マクシムたちは顔色を変える。
「え、つまり、何か僕らが狙われているって意味ですか?」
「分かりません。でも、わざわざ、あなたたちの前に死体を作ったのは警告か脅迫、あるいは……」
「あるいは?」
「いえ、呪術的なマーキングの可能性も考えましたが、門外漢の僕じゃ分かりませんね。長生きするために警戒してくださいってことです」
「そうですね」
「疑って、自分たちの利益を確保することを第一に。結局、それがあなたたちを救うことになると思います」
「そう、ですね。理解しました」
マクシムは、ありがとうございます、とベニート大尉にお礼を言う。
確かに、わざわざ死体を見せつけるようにして作ったのだ。
何らかの意味があることを考え、もっと警戒すべきだった。
と言っても、その気になれば『案山子』は絶対的に有利な立場なのだ。考えただけで殺せる能力。警戒して意味があるとは思えないのも本音だった。
ベニート大尉はようやく強面を笑顔にした。
分かってくれて嬉しい、と少しだけ気配も柔らかくなる。
しばらくベニート大尉は何か気づいたポイントをメモしていた。内容は気になったが、さすがに質問はできなかった。
そしていると、カルメン大佐が空間を捻じ曲げてできた空間から出現した。
割れ目のような、不思議な隙間からの疑似空間転移。
超高位の魔法使いにだけ可能な技だ。
カルメン大佐は大技を決めたに似つかわしくない、軽い口調で言う。
「待たせたねい」
「準備はできましたか?」
「もちろん。ナタリアたちも災難だったね」
「ええ。カルメン大佐たちも、こんな急な状況にもご対応いただき、誠に感謝しますわ」
「なぁに、仕事だからねい」
カルメン大佐はすぐに魔法を使って何らかの探知をし始めた。
魔法を使っているように見えるが、攻撃魔法などと違い派手さは見られない。
だから、魔法に理解のないマクシムは何をやっているかサッパリ分からなかった。コソッとナタリアに訊ねる。
「何やっているか、分かる?」
「ええ。ワタクシも正規の魔法使いではないので詳しいことは分かりませんが、痕跡を辿っているようですわ」
「痕跡? えっと、ユーゴーさんの動向ってこと?」
「それもあるかもしれませんが、基本的には魔力の痕跡ですわ」
「魔法使いらしいアプローチなんだね。でも、魔力の痕跡がなかったら意味がないんじゃ……」
「その場合は、魔法と関係がないということが分かりますわ」
「あー、なるほど」
「おそらく『案山子』に関連しているとすれば、呪詛の痕跡も辿るのかもしれませんが、その手段があるかどうかは分かりません」
「そっちはメイド天国の人の手を借りるのかな。そのための準備をしていたのかもね」
「その可能性は高そうですわね」
ちなみに、ナタリアは『竜姫』となったことで、一流の魔法使い以上の魔力を操ることも可能になっている。
ただし、それは竜が近くにいるという限定された状況のみの話で、ベニート大尉と一緒に移動してから幼竜のリトルが傍で待機していたから可能だった。
更に言えば、彼女は竜由来の膨大な魔力を操れるだけでまともな訓練は受けていないため精細な扱いはできないので魔法使いとは言い難い。
カルメン大佐は魔法を行使したまま言う。
「あたいは魔法使いだ」
「はい」
「だから、魔法的な見地から言うと、殺害に魔法が使われた痕跡はなさそうだね」
「じゃあ、呪詛? やっぱり、『案山子』が?」
カルメン大佐はマクシムの質問を無視して説明を続ける。
「首の骨が折れているが、直接的な死因ではない。周囲の状況から考えても、高所からの墜落死だね。ただ、呪いにより首は先に折られていたようだ」
「首の骨が折られていたのに死因じゃないんですね」
「ああ、抵抗させないために先に折ったんじゃないかな。だが、その状態でもこの男はまだ生きていた。多分、放置しても死亡していたと思うが、トドメを刺すために地面に叩きつけたんだろうね」
首は先に折ったが、その後に地面に叩きつけて殺した。
残酷な手口だとマクシムは感じた。
いや、放置してなぶり殺すのとどちらが残酷なのかは判断できなかった。
カルメン大佐は独り言のように言う。
「この状況に魔法は使われていないし、そもそも、『案山子』は魔法が使えない可能性が高い」
「その根拠は?」
「ない。ただ、飛行魔法の難易度を考えると、呪詛蒐集能力と並行して身に着けるのはかなり難しい。あたいの呪詛蒐集能力はメイド天国の三人よりもかなり劣っていただろう? 両立は不可能ではないかもしれないが、非現実的だ」
根拠はないと言ったが、達人の言葉として一定の説得力があった。
カルメン大佐は続けて言う。
「そもそも、魔力の痕跡はなかったんだ。『案山子』の能力は殺すことに特化しているからね。墜落死させるため、別に協力者がいたんだろうねい」
「なるほど」
「で、あたいはナタリアから聞いた話で、落下時刻、この近辺を飛行していた物体の記録がないかあらかじめ調べておいた。で、一件だけあったよ」
マクシムは「おおーっ」と思わず唸った。
ナタリアに振り返りながら「ヒントになるかもね」と言ったが、彼女の表情は曇っていた。懸念がある表情。
「ナタリア?」
「……その飛行していた物体は何でしょうか?」
カルメン大佐は言う。
「竜だね。それ以外に、その時間帯、この空域を飛行する物体はなかった」
マクシムは「え」と言葉を失う。
カルメン大佐は鋭い視線でナタリアを見据えていた。
ナタリアはそれを真っ向から受け止めている。
「この現場で魔法は使用されてなかった。墜落死させたとしたら、竜を使用した可能性が高いってあたいは考えているよ。何か抗弁はあるかい? 『竜騎士』さま」




