空からの死体
英雄『案山子』ハセ・ナナセのお墓は郊外で、非常に控えめなものだった。
汚されていたり、壊されていたりということはなかった。
ただし、あまり誰かが手入れをしている様子もなかった。
野晒しという状態が最も近いだろう。
「ここ、なんだね」
「はい、そうですわね」
マクシムとナタリアが言いにくいことをシラが言う。
「寂しい」
そう、それはシラの言葉通り、寂しさが感じられるお墓だった。
一般的なサイズの、研磨された平らな石でできたお墓だが、名前が刻まれていなければ、それがハセ・ナナセのものとは思えなかっただろう。
ハセ・ナナセは偽名という話だったが、その仮の名前で葬られている。
普通の集合墓地との違いは、彼女のお墓がポツンと一つだけということ。
他の墓はなく、そもそも、郊外。ボール遊びができそうなほどの広い空き地。周辺には畑や家もあるが、どうしてこんなアクセスの悪い郊外にあるのか理解できなかった。
それと、野晒しという単語から想像される、雑草なども特に生えていない。
荒廃とは少しだけ違う。
ただ、寂れていた。
「不思議だね。雑草とかないのに、手入れされているようにも見えない」
「……除草剤などが撒かれたのでしょうか」
「かもね。とりあえず、ここに英雄が眠っていると言われてもピンとこないね」
マクシムたちはお墓とその周りを軽く掃除をした後、用意していた花を供える。
マクシムはそこでふと呟く。
「ハセ・ナナセってどういう埋葬のされ方だったんだろうね」
「ああ、獣人種だから特に変わったことはないと思いますよ」
「いや、この世界からは神がいなくなったでしょ」
「そうですわね。神様はこの世を去ってしまいましたわね」
「形式上の神はいるから一応宗教は残っていても、もうあんまり信仰心のある人っていないでしょ。埋葬も火葬した後だったり、そのまま土葬だったりさ」
「ディアマンテ市内は衛生上の問題で火葬限定のはずですわよ」
「ここ、場所的には微妙じゃない?」
「ええ、ですから土葬の可能性もありますが、英雄の遺体ですもの。研究目的だけではなく、魔術的な価値もありますから、まず間違いなく火葬されたと思いますわ」
「遺体を利用するなんて剣呑だね」
「『魔王危機』の際でしたら間違いなく利用されたと思います。その後は一応、平和な時代ですから、そういうこともなくなっているはずですわ」
「倫理観って危険な状況じゃ真っ先に投げ捨てられるもんだね……」
そんな会話をしながら、マクシムは少し考えていた。
もしかしたら、遺体は何らかの目的で回収されたのかもしれない。
つまり、このお墓には何も眠っていない可能性がある。
しかし、それはただの妄想で、別に何か根拠があるわけでもないし、墓を暴きたいわけでもない。
シラがボソッと言う。
「どっちにしろ、お墓は人間種の文化」
「シラもそっちの文化で教育を受けているわけでしょ」
「シラは獣人種の文化も通信教育で学んでいますわ」
「七歳児、凄い」
「茶化すなら怒る」
「ごめんごめん。獣人種にはお墓の文化がなかったんだ」
「うん。すごい昔は食べて弔っていた」
「え、食人ってこと?」
シラはマクシムが驚いた顔をしたら、不快そうな顔になった。
現代の価値観から認められない風習であることは理解していても、否定的なリアクションは怒るようだ。
「人間種と文化的に交わる前の話」
「いや、分かってはいるけど、へー」
「獣人種は肉食だから」
「確かに。雑食じゃないと、ある一定量の肉は確保するのも大変そうかも。少しも無駄にしていなかったのか」
「違う。尊厳の話」
マクシムは合理の話かと思ったら、倫理の話だったようだ。
食べて弔うことが尊厳に繋がる――ちょっと抵抗のある考え方だ。
ナタリアが補足する。
「食べることで子孫や友人たちの中に残るという価値観があったのですわ」
「あー、なるほど。ちょっと原始的に感じるのは僕が現代人だからだね」
「本当に人間種も神様がいなくなって、自分たちで文化を作っている大昔のお話ですわよ。それと、食べて処理することは防疫の観点からも有益なケースがあったみたいですわね」
「ナタリアも詳しいんだね」
「ええ。ですが、疫病に侵された遺体の場合は病が蔓延するケースもあったみたいですが……」
「どっちにしろ、大昔のお話でしょ。それなら別に驚くことはないか。で、シラは何が言いたいのさ」
「食べていたかもしれない」
「えっと、『案山子』ハセ・ナナセの遺体が、弔うために食べられたってこと?」
「うん」
シラの言葉はマクシムの妄想をより具体的にしていた。
『案山子』の呪詛を蒐集する能力は何となく古代からの繋がりがありそうだ。
そう考えると、食べられるという処理の仕方をされた可能性は――とそこまで考えて、マクシムは言う。
「その食べて弔われるって本当の話?」
「嘘ではありませんわ」
ナタリアはクスッと笑っている。シラは真顔だが、彼女はあまり表情が変わらない。どうやら冗談だったようだ。
「あくまでもそういう文化があったかもしれないという学説はありますわ」
「シラは本当だったと思う」
あくまでも文化としての可能性としてなくはなかったということか。
「どちらにせよ『案山子』ハセ・ナナセが食べて弔われたってことはないと思いますわ」
「別に最初からそんな想像してないけどさ」
そんな雑談をしていると、背後で、グチャと何かが潰れるような音がした。
ん? とマクシムたちが振り返ると、そこには――。
「え?」「はい?」「?」
時間が停止したかのような唐突な出来事。
人が倒れていた。
そして、地面に染み込んでいる赤い、血。
明らかに出血していたし、その量はおびただしいほどだった。
男性のようだが、体を覆うような外套に身を包んでいるため体格は分からない。
マクシムは慌てて近寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
「いえ、マクシム。これは……」
ナタリアは顔を曇らせて言葉につまる。
シラが続きを引き取り、まとめる。
「死んでる」
マクシムは息を呑んで、死体からゆっくりと離れる。
触れることはできなかった。
別に遺体の保全とかそういうことを考えたわけではなく、恐怖と死という現象に対する嫌悪感が後退りとして表れていた。
男性が明らかに死亡していたのは、伏せた顔の付け根──首が明らかに折れていたからだ。
不自然な箇所から、直角に近い角度まで曲がっている。
落下の衝撃で折れたのか……いや、そもそも、おかしなことがあった。
マクシムは急いで上空を見上げるが、飛行機などは見えない。
周辺には高い建物は何もないし、そもそも、お墓の近くに建物がない。
生まれた疑問をボソッと漏らす。
「この人、どこから落ちたんだろう?」
「分かりませんわ。まるで空中から出現したようですわね」
「魔法?」
「疑似的な空間転移でしたら高位の魔法使いなら可能です。ただし、魔力の探知を行えば痕跡は明確に残りますわ。そもそも、可能な人は非常に少ないため犯人が限定されてしまいます」
「どうしてこんなことが起きているのさ……」
「ワタクシにも分かりませんわ。あ、それよりも、この人、もしかしてですが……」
そこでマクシムはナタリアが何を言いたいのか分かった。
外套に包まれていない頭頂部に、獣の耳が。つまり、彼は獣人種だ。
ディアマンテに来てから一人、マクシムたちは獣人種の男性を知っていた。
そんな偶然があるわけはない。まさか、と思いながら恐る恐る確認すると――。
マクシムは思わず手足から力が抜けるほど衝撃を受けていた。思わず、その名を呼ぶ。
「ユーゴー、さん……」
メイド天国従業員。『案山子』未満。呪詛蒐集能力者の唯一の男性が死体となって、マクシムたちの前に出現していた……。




